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使者の黙示録  作者: 左門正利
第四章 身辺調査
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探偵

 その夜、時計の針が九時をまわるころ、あるマンションの一室で、ひとりの男がスマートフォンを片手にメモをとっていた。


「わかりました。調べてみましょう」


 男はそういって通話を切ると、こんどは自分の部下に連絡を入れる。


「仕事が入った。詳しいことは、あした事務所で説明する」


 連絡を終えた男は、デスクの上に置いてあったタバコを一本とり出す。自分がメモした紙を手にとると、くわえたタバコに火をつける。


「ユリアナ教団からの依頼か……」


 メモには「ユリアナ教団、マザー・アミコ」という文字と、教団の連絡先が記されている。

 メモの続きには、これから調べようとする人物の特徴が書かれている。


「身長一七五センチぐらい、やせ形の体型で髪はボサボサ、しまりのないヨレヨレの服装、か」


 パチンコが趣味らしい。男は頭の中で、その人物の輪郭を思い描く。もっとも、修道院の監視カメラが問題の人物をとらえているようで、のちほどその映像を送るとの話である。


 タバコを吸いながら依頼対象者をイメージするその男は、梨田悠介(なしだゆうすけ)という、裏社会では名の通った人物である。


 表向きはソーシャルゲームの会社経営者であるが、本業は裏社会での様々な調査を行う、闇の世界の探偵である。

 四二歳の彼は、それほど体が大きいというわけではなく、中肉中背のサラリーマンといった印象を受ける。


 裏社会とはまったく縁がなさそうに見えるのだが、梨田が顧客に提供する情報はとても正確であることが、その方面では知れわたっている。彼は、裏社会の人間から絶大なる信用をかち得ていた。


 マザー・アミコは団司のことを知るために、梨田に調査を依頼したのである。


「明日から、また忙しくなりそうだ」


 梨田は、吸い終わったタバコを灰皿の上でもみ消すと、パソコンの前で明日以降の段取りを考えるのだった。



 一方、梨田に団司の調査を依頼をしたマザー・アミコは、自宅のマンションのソファに座り、ブランデーグラスを片手に団司のことを考えていた。


 ──以前、子供たちのボディーガードが、変な男と接触したといっていたが……


 マザー・アミコの顔つきが厳しいものとなる。


 ──あの男のことだったのか


 ボディーガードたちの前にあらわれた男は、やはり常人には考えられない威圧感を発し、彼らはその見えない力に圧倒されたという。


 シスター・マヤは、問題の男に会ったのはこれで二度目だというので驚いたマザー・アミコだが、話を聞いた限りでは、団司との最初の接触は偶然であるらしい。


「とにかく」


 マザー・アミコは、ブランデーグラスに注がれたレミーマルタンを口にする。


「あの男の素性がわかるまで、慎重に事を進めなければ」


 マザー・アミコはそう思いながら、体内にまわるブランデーの香りとアルコールでもって、いまいましい死の恐怖の記憶を消し去ろうとするのだった。



 そして五日が経過する。教団の事務所に、一通の速達がとどく。

 差出人は梨田である。梨田からの速達は、団司に関する資料だった。どうやら、中間報告として教団に送られてきたらしい。


 マザー・アミコは真剣な表情で、その資料に目をとおす。そこには団司の氏名と、彼の住まいである古びたマンションの名称と住所が書かれ、そして団司が以前に勤めていた会社、さらに団司の入院歴が記されていた。


「入院?」


 意外だった。団司は三年前に過労死寸前になるまで働き、命の危機に瀕した彼は、予断をゆるさない状態で入院生活を送っていた。

 団司の身体が痩せているのは、おそらくそれが原因だろう。

 いまの団司は無職の状態であり、毎日のようにパチンコに通っているようだ。


 梨田は、団司が出払っているときに彼の部屋を調べた。ずいぶんと殺風景な部屋で、テレビもパソコンもなく、主な情報収集はスマートフォンだと推測される。

 ベッド以外に目立つものといえば、山と積まれたパチンコ雑誌と、買い置きのカップめんぐらいなものだ。

 団司のバックに控えているであろう組織に結びつく物は、なにも見つかっていない。


 その他、資料の全容に目をとおしたマザー・アミコは、梨田の予想以上の働きに大きな期待をよせるのだった。


 ところが、梨田の方は決して順調とはいえない状況にあった。

 団司について深いところまで突っこみ、探ってはいるのだが、裏社会とのつながりが、どうしてもつかめない。


 団司の人間関係を洗ってみたところ、両親はすでに他界しており、マンションの保証人は以前に勤めていた会社の上司となっている。

 その上司の親戚という男がマンションの管理者なのだが、彼と団司は親密なつき合いがあるわけではない。

 なにより、その男は、裏社会とは無縁の一般人だ。


 団司の銀行口座も調べたが、裏社会に通じる会社や人物からの振り込みは、いっさい確認されていない。


 団司の過去に犯罪歴はない。犯罪歴のない人間が闇の世界に手を染めるとすれば、莫大な借金を背負っているパターンがある。

 だが、借金がまったくない団司には、そのパターンは当てはまらない。


 自分の部下とともに、ふたたび団司の部屋にピッキングで入りこんでいる梨田は、なにか見当ちがいのことをやっている気がしてくる。

 殺風景な部屋の様子は、やるべきことを成し終えたあとは、すぐに引き払うようにするためだと考えらないこともない。しかし、悪に走る人間が放つドス黒く危険な匂いを、この部屋からはこれっぽっちも感じない梨田である。


 マザー・アミコからの依頼のひとつに「あの男のバックに立つ組織を洗い出してほしい」とあるのだが、はたしてそういう組織が存在するのかどうか。

 調べれば調べるほど、団司は裏社会とは無関係のように思える梨田である。


 ──しかし、妙だな


 ここまで調べてきた梨田は、引っかかることがある。


 ──調査の最初の段階でボディーガードたちに会ったときに、彼らは……


 梨田が困惑している最中に、彼のスマートフォンの着信バイブが起動する。団司を尾行している、自分の右腕といえる部下から連絡が入ったのだ。

 この連絡が、梨田の疑念を吹き飛ばす。


 梨田が、連絡してきた部下に応答する。


「俺だ。どうした」

「すみません、ヤツを見失いました」

「おまえが?」


 まがりなりにも、裏社会に生きる危険な人物や組織を調査する人間が、それも梨田の片腕といえるほどの部下が、裏社会を知らない一般人に尾行をまかれるなど考えられない。

 梨田にすれば、あり得ないことだ。


 ──やはり、ただ者ではないということか


 梨田はその部下に引き上げるように指示をだすと、自分たちも家捜しの痕跡をのこさないようにして、団司の部屋からすぐに立ち去る。


 ──かくなる上は……


 梨田は、団司を尾行するのは自分でなければならないことを悟るのだった。



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