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使者の黙示録  作者: 左門正利
第三章 使者
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黙示録

 予期せぬ団司の言葉に、修道院のマザーはもちろん、マザー・アミコでさえも驚きを隠せない心情をあらわにする。


 ──な、なにをバカな!


 まさかの団司の返事に、マザー・アミコの思考が停止する。

 そして団司は、語りはじめる。


「余が創りし人間たちよ 

 そなたたちが どこまでも 

 己の自由を貫くというのならば 

 余は その自由に対し 

 いっさい関知しない自由を貫こう 」


 団司の言葉に込められる畏れるべき神の威厳が、それを聞く者の心に重く、また深く突き刺さる。

 団司は、さらに言葉を続ける。


「困ったときのみ 余を頼る人間たちよ 

 余は そなたたち人間にとって 

 都合のよいだけの存在ではない 」


 その場にいるみんなは、呆然となりながら立ちつくす。修道院のマザーとて、神という存在をそこまで考えたことはなかった。

 誰にも教えられたことのないこの確たる真実は、絶対に忘れてはならないのだと感じるほどに、彼女たちの心に刻まれる。

 団司の話は、聞く者にとってそれほどまでに強い衝撃を与えてゆく。


 団司が次に語ることは、謎めいた言葉が散りばめられ、真実をベールでおおうがごとく理解しがたく聞こえる。


「『破滅の刻』が訪れしとき 

 目覚めるは破壊の王

 恐怖の旋律は 方向性をもたず 

 巨大な力をもつ兵士たちは 

 皆 王の意思に従う

 築き上げた黄金の城は 砂に変わり果て 

 やがて すべてが崩れ去るであろう 」


 この話は、団司がまだ誰にも伝えていない神の言葉だ。占い師のルゼが驚嘆し、また恐れた神言である。

 いま、ここで団司がはじめて口にする、神から授けられた黙示録だ。


 シスター・マヤは、黙示録を語る団司を羨望のまなざしで見つめていた。


 ──やはり、この人は神様とお話ができるのだ


 シスター・マヤは、団司をうらやましく思いつつも、尊敬の念をいだく。


 一方、マザーたちは驚きの表情のまま、言葉を失っている。

 つい先ほど団司が話したことは、いったいなにを意味するのか、彼女たちにはわからない。ただ、それを聞くかぎり、ある種の警告を発しているように思える。


 団司の話は、まだ終わっていない。


「マザー」


 マザー・アミコにかけられた団司の声に、彼女はビクッと体をふるわす。にこやかな笑みを浮かべる団司の顔は、マザー・アミコには不気味に感じられる。

 団司は涼しげな口調で、マザー・アミコを相手に語り出す。


「一般の人たちは、なにも知らなくても」


 その言葉に、マザー・アミコの警戒心が蘇る。


「神様は、すべてを」


 団司の目が、ギンッと鋭く光る。


「ご存知ですよ」


 刹那、団司からマザー・アミコに向かって、目には見えない凄まじい圧力が襲いかかる。

 威圧感といってよいそれは、ヤクザや暴力団の組長が漂わせるものとは、質も桁もまったくちがう。まるで、一国の王の前では、いかなる者も地にひれ伏すような絶大なる威厳を感じさせる圧力が、マザー・アミコの全身を締めあげる。


 ──うっ!


 団司から放たれる威圧感は、マザー・アミコの身体に物理的な作用を引きおこす。身体中がビリビリとしびれて、指一本うごかせない。

 さらに、全身が鋼鉄の壁で押し潰されるような感覚が加わってくる。


 ──くっ……ハッ


 まともに呼吸ができない。


 常識では考えられないことが、わが身に起きているマザー・アミコは、ふだんであれば冷静に働く頭脳がパニックを起こす。

 身体は動かせない、声も出せない、息をすることすらかなわない彼女は、全身から冷や汗を流し続ける以外に、なすすべがなかった。


 団司からの目には見えない圧力に、なんの抵抗もできずに翻弄されるマザー・アミコの胸中に、不安と恐怖とがないまぜになった想いがぐるぐると渦を巻きはじめる。それは、あっという間に巨大に膨れ上がってゆく。

 ただの威圧感とはちがう団司の圧力は、マザー・アミコの生命そのものを、どこまでも締めあげるようだ。


 ──こ、このままではっ


 マザー・アミコの全身の細胞が、彼女に教える。


 ──死んでしまう!


 彼女は、生まれてはじめて直に味わう死の恐怖にかつてないほど戦慄し、吹きでる冷や汗が止まらない。


 そのときだった。メグが、修道院のマザーに訴えるように声を出した。


「のどが渇いたよう」


 その声を聞いた団司が、メグの方に顔を向けていった。


「シスターのために一生懸命走って、いっぱい泣いたからなあ」


 団司の意識がマザー・アミコからはなれたとたんに、彼女を苦しめていた強烈な圧力が、スーッと影をひそめてゆく。

 死を覚悟するほどの苦しみから解放されたマザー・アミコは、まるで悪夢でも見ていたかのような錯覚をおこす。

 しかし、それは決して夢ではないことは、全身がびっしょりになるほどの彼女自身の汗が証明していた。


「マザー・アミコ、どうかなさいましたか?」


 修道院のマザーの呼びかけに、しばし放心状態になっていたマザー・アミコは、ハッと我にかえる。


「マザー・アミコ、顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」


 心配している彼女に、マザー・アミコは答えた。


「ええ、大丈夫です。ちょっと、あの方のお話に驚いただけです」


 そういって平静をとりつくろう彼女の心臓は、早鐘を打つように胸に鳴りひびいている。地獄を思わせる苦しみは消え失せたものの、心に刻まれた死の恐怖は、おいそれと彼女の心臓を平常に落ち着かせることをゆるさない。


 それでもマザー・アミコの頭脳は、いくぶん冷静さをとりもどしていた。彼女はその頭脳で、自分が味わった苦しみを分析する。


 ──あれは催眠術のようなものだ。そうにちがいない


 マザー・アミコは、自分が苦しめられた力がはるかに人間ばなれしたものであっても、神という存在を絶対に信じない。

 それよりも気になるのは、目の前にいる団司の存在だ。


 ──この男、私たち教団の正体を知っている!


 彼女にとって、それは疑いようのない事実である。ならば、団司をこのままで済ますわけにはいかない。


 ──教団の脅威となる者は、絶対に排除せねば


 今後、団司が教団に対してどういう行動に出るかわからないが、団司が単独で動いてくるとは思えない。


 ──この男の背後に、ある組織が控えていると考える方が自然だ


 マザー・アミコの思考は、そこに帰結する。誰が、この男のバックについているのか? 

 団司を葬るには、その組織ごと叩き潰さなければならないと彼女は考える。


 ──仕掛けられるまえに、こちらから仕掛けてやる!


 マザー・アミコがそういう想いを顔に出すことのないまま、団司はみんなに別れを告げて、その場を去って行くのだった。



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