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使者の黙示録  作者: 左門正利
第一章 ユリアナ教団
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ユリアナ教団の美少女

「二人とも、こちらへいらっしゃい」


 女性にしてはかなり低い声が、部屋にひびく。二人のシスターに呼びかける彼女は、みんなと同じ白い修道服を着た教団のマザーだ。

 教団のマザーではあるのだが、彼女は修道院でシスターたちと生活をともにするマザーではない。


 マザー・アミコと呼ばれる、四十歳を過ぎたその女性は、教団の設立に直接かかわる五人のうちの一人である。


 十八歳のシスター・マヤが六歳のメグの手をとり、マザー・アミコのもとへ向かう。その様子を、他のシスターたちが、おしゃべりをやめて見ている。


 マザー・アミコが、自分のそばまできた二人のシスターに告げる。


「今日も、いつものようにお使いに行ってもらいます。いいですね」

「はい、マザー・アミコ」


 シスター・マヤが素直に返事をする。


 ──いい子だ


 マザー・アミコの、目鼻立ちの整った美しい顔に、ニヤリと黒い笑みが浮かんだ。


 同じマザーでも、修道院のマザーと彼女では雰囲気がまったく異なる。

 物腰がやわらかく、慈愛に満ちた修道院のマザーに対して、立ち振舞いが凛としてエネルギッシュなマザー・アミコから感じるのは、他人をねじ伏せるような「強さ」である。


 徹底した自己管理を、厳しいまでに己に課しているマザー・アミコは、年齢からくる体のラインの崩れをほとんど感じさせない。

 彼女は自分に妥協することを絶対にゆるさない。積極的、行動的な性格が前面にあらわれる彼女は、実際の年齢よりも十才以上若く見られるのがふつうである。


 頭の回転がはやく、天才的な頭脳をもつ彼女は「非の打ちどころがない」という言葉が似合う女性だ。しかし、その一方で、彼女は優しさというものが感じられない雰囲気を常にたずさえていた。

 ややキツイと思うその目には、彼女の冷酷な本性がたたえられている。


 他のシスターたちが、じっとマザー・アミコたちを見ている。

 マザー・アミコが、そんな少女たちの方をふり向いていった。


「みなさん、しっかり勉強するのですよ」


 慣れない作り笑顔で、少女たちにそういうマザー・アミコだが、彼女の身体から放たれる無言の威圧感が、少女たちを怯ませる。

 少女たちがマザー・アミコに感じる印象は、「恐い」のひと言だった。


 修道院の外に出るマザー・アミコに、シスター・マヤとメグがあとを追う。

 マザー・アミコは月に数回、修道院に足をよせるのだが 、そのときは決まってこの二人の少女に「お使い」の用事をいいわたす。もっとも、それがマザー・アミコが修道院を訪れる理由である。


 エレガントゲートを出ると、礼拝堂とは反対の方向に白い車が止まっている。

 教団の信者が手配したその車は、マザーたちの姿を確認すると、彼女たちの方へ徐々に近づいてくる。


 ほどなく、白いセダンがマザーたちの前で停止する。 車のドアを開けて乗りこもうとする彼女たちに、新車の香りが広がってくる。腰をおろすシートは、とても座り心地がよい。

 助手席に座るマザー・アミコの低い声が、車内にひびく。


「いつもの場所に、お願いします」

「わかりました」


 馴れたように返事をする運転手。その会話は、後部座席に座るシスターたちには合言葉のように聞こえる。

 サングラスをかけた運転手のがっちりとした体格は、格闘技に通ずる者の匂いを漂わせている。そんな彼はゆっくりとアクセルをふみ、目的地に向かって車を走らせるのだった。



 修道院から車で五分ほど走れば、街並みがガラリと変わってくる。

 所々に大きな建物が見えたかと思えば、あっという間にビルの密集地帯が目前に迫ってくる。車の流れは徐々に滞り、道行く人々も増えてくる。


 車が修道院を出発して十五分ほど経過すると、運転手は左側のウインカーを点滅させ、車を路肩に停車させる。

 そこには、黒いスーツに身をつつむ体格のよい二人の男が立っていた。


 マザー・アミコが、運転手に声をかける。


「ご苦労様でした」


 彼女はそういうと、シスターたちとともに、車外に降りた。街なかではあるのだが、彼女たちが降り立つ歩道は、それほど人通りは多くない。


 ここでマザー・アミコは、シスター・マヤに手紙が入った茶色のハンドバッグをわたす。


「では、いつものように頼みますよ」

「はい、マザー・アミコ」


 ハンドバッグを受けとったシスター・マヤはメグの手をにぎると、与えられた用事のために歩き出す。彼女たちを待っていた二人の男は、シスターを守るように少女たちの前後に分かれる。


 マザー・アミコからいいつけられた用事とは、ハンドバッグの中にある手紙を郵便局まで持って行くという「お使い」だ。それを書留郵便として送るのである。

 その手紙は、見たところ教団の寄付に対する信者へのお礼状であり、特に難しいことを押しつけられているわけではない。

 だが、マザー・アミコは、必ず決められたルートを通って郵便局へ向かうよう、少女たちに徹底させている。


 いま、シスターたちが歩くその道を、角を左に曲がって進んで行けば、マザー・アミコが立っている道路と平行してアーケードが開けている。

 道幅のあるアーケードは、多くの人々がわたり歩いている。少女たちを見送るマザー・アミコが立っているこの歩道で、人通りが少ないのは、そのためだ。


 二人のシスターは、アーケードの通りに向かっている。ただでさえ目立つ白い修道服をまとう少女たちは、やはり注目の的になる。

 そんなシスター・マヤとメグは、いまやこの辺りでは「ユリアナ教団の美少女」として有名であった。


 すなわち、マザー・アミコから与えられた用事を遂行するシスター・マヤとメグの二人は、世間に教団の名をアピールする、生きた広告塔なのである。


 だが、教団の目的は、決して有名になることではない。それほど有名になりたいのであれば、二人のシスターといわず、修道院で暮らすシスター全員で人目につく場所を行進すればよい。

 しかし、あまり有名になりすぎても、教団にとっては具合が悪いのだ。


 それはなぜかというと、教団が一般社会の裏で行なっている活動を、関係者以外の誰にも知られるわけには、いかないからである。

 孤児を養育するという慈善活動を表の顔として前面に押しだす教団は、一般庶民が知ることのない、闇の世界での裏の顔をもっているのだった。



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