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使者の黙示録  作者: 左門正利
第三章 使者
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邂逅

 ──遅い


 修道院の事務室では、マザー・アミコをはじめとするマザーたちが、お使いに行かせたシスター・マヤとメグがなかなか帰ってこないのを気にかけていた。


 お使いから少女たちが帰ってきたときは、毎回エレガントゲートの横にあるインターホンから、帰ってきた旨の連絡を受け、少女たちを迎え入れる。

 しかし、今回はいつも帰ってくる時間よりすでに二○分が過ぎようとしているにも関わらず、まだその連絡が入ってこない。


 少女たちに異変あれば、ボディーガードたちから連絡がくる手はずになっているのだが、この日はそのボディーガードがいないまま、少女たちをお使いに行かせている。


 ──こんなときに限って


 マザー・アミコは万全の体制が整っていない状態で、なぜ少女たちをお使いに行かせたのか、自分でもよくわからない。


「様子を見に行ってきます」


 マザー・アミコは修道院のマザーたちにそういうと、座っていたソファーから立ち上がる。


 ──あの子たちに、なにがあったのだろう?


 ふだんは冷静なマザー・アミコが、珍しく焦っている。

 めったに見ることのないマザー・アミコの余裕を失った固い表情が、彼女のまわりの空気をピリピリと張りつめたものにするとともに、修道院のマザーたちを緊張させる。


 マザー・アミコは、まだ帰ってこない少女たちが心配ではあるのだが、それ以上に気がかりなことがある。

 通常であれば起こるはずのないことが起きてしまい、これをもとにズルズルと悪い流れのなかに引きずり込まれるという事態を、彼女はもっとも恐れている。そうなると、やる事なす事のすべてが上手くいかなくなってしまいかねない。


 彼女は、予測できないイレギュラーを非常にきらう。


 マザー・アミコは自分の判断ミスにより、こういう事態を招いてしまったと思っている。

 しかし実際は、シスター・マヤに襲いかかる死線が、今回の事態に陥った直接の原因といえるのだ。だが、そんな事実を理解できる人間は、まずいない。


 事務室を出て修道院の出入口に向かうマザー・アミコを、他の二人のマザーが見送ろうと、彼女の後を追いかける。


 マザー・アミコは、お使いに行くまえのシスター・マヤの顔色が良くなかったことを、いまさらのように思い出す。


 ──体の具合が悪くなり、病院へ運ばれたのだろうか? しかしそれなら、病院から修道院に連絡が……


 出入口の扉からエレガントゲートまで、ちょっとした庭のようになっている。乗用車二台分が縦にならぶほどのその距離を、マザー・アミコはシスター・マヤのことを思案しながら歩を進ませて行く。

 どうしようもない怒りが、彼女自身に向けられる。


 修道院の建物から出たマザー・アミコが、エレガントゲートまであと少しという所まできたときだった。

 彼女の後ろにいた修道院のマザーが、不意に声をあげる。


「あら?」


 シスター・マヤのことを考え、前を見ているようで見ていなかったマザー・アミコが、その声にハッとして前方を見すえる。

 すると、いま帰ってきたばかりのシスター・マヤとメグの姿が、エレガントゲートごしに彼女の目に飛びこんでくる。


 一瞬、マザー・アミコの表情が固くなる。少女たちのそばに、まったく面識のない痩せた男がいっしょにいるのだ。


 ──誰?


 マザー・アミコは、その男を見るなり警戒心を抱いた。

 シスター・マヤが、いっしょにきてくれた団司に向かって礼をいう。


「今日は、本当にありがとうございました」

「うん、元気になって良かったね。オチビータ、またな」


 団司がそういってメグに手をふると、メグも同じように団司に手をふって応える。

 その間に、マザーたちがエレガントゲートまでやってくると、修道院のマザーの一人が内側から門のロックを解除する。


 シスター・マヤとメグが、開かれた門から修道院の敷地内にはいると、修道院のマザーたちはホッとしたように安堵の胸をなでおろすのだった。


「帰ってくるのが遅いので、とても心配していたのですよ」

「シスター・マヤ、いったいなにがあったのですか?」


 マザーたちがどれほど自分たちのことを心配していたか、そういうことを気にもとめていなかったシスター・マヤは、マザーたちの声を聞いて、はじめて彼女たちの心情を察する。


「すみません、気分が悪くて気を失っていたところを、この方に助けていただいたのです」


 シスター・マヤは、団司の方に手を向けて話す。


「神様のお力で、私を治してくれたのです」


 シスター・マヤの言葉に、マザーたちは唖然となる。


 みんなが団司に目を移すと、髪はボサボサ、服はヨレヨレで妙に締まりがなく、痩せた身体は見るからに不健康そうだ。

 そんな団司は「神」という言葉とは、かなりかけはなれているように思える。おそらく、団司を見る誰もが同じように思うにちがいない。


 マザー・アミコが、ポツリとつぶやく。


「そう……ですか……」


 神の存在をまったく信じない彼女は、団司を警戒しながら詮索にかかる。


 ──この男、私の大事な運命の申し子にどんな目的で近づき、なにを吹きこんだのだ?


 無意識に装う平静な顔が、彼女の「ただでは済まさない!」という想いをおおい隠そうとする。

 マザー・アミコの団司に対する警戒心と憤りが頂点に達しようとするが、熱くなってゆく想いとは逆に、彼女の頭脳は冷静さを求めようとする。

 それが、マザー・アミコに笑顔の表情をつくらせる。


「神様のお力がいただけるなんて、うらやましい限りですわ」


 団司に向かって笑顔で話すマザー・アミコだが、その目は微笑んではいない。


「神様が私たち人間に対して、どうお考えなのか聞いてみたいですわね」


 彼女は、団司を言葉でねじ伏せようとする。


 ──ふん、なにもいえまい


 マザー・アミコの勝ち誇った想いが、彼女の全身から滲みでる。


 ──この男が、まともに言葉を返せずに立ち去ったあとは、いったい何者なのかを調べたのちに、しかるべき処置を……


 マザー・アミコは素早く頭脳を回転させて、思考を巡らせる。


 ──邪魔者は、排除しなければ


 ここで、沈黙していた団司がマザー・アミコに対して、修道院のマザーでさえ予想がつかない反応を示す。


 団司の口の両端が上にあがり、にこやかな笑みがその顔に浮かぶ。そして、まるでわくわくする子供のように、団司はいうのだった。


「聞きたい?」



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