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使者の黙示録  作者: 左門正利
第三章 使者
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祈り

 団司は、抱きあげたメグの案内にしたがい、足早にシスター・マヤのところへ急ぐ。

 アーケードから路地に入り、シスター・マヤのいる場所に到着してみれば、彼女は身体を右側に崩すように倒れていた。


「シスター!」


 団司の呼びかけに、彼女は答えない。すでに意識を失っているシスター・マヤは、苦しみにあえぐような呼吸で、死が目前に迫っていることを知らせているようだ。

 団司は、シスター・マヤの右手をとる。異様に熱いその手からは、非常に危険な状態であることが感じとれる。


 団司がシスター・マヤから手をはなそうとしたときだった。


「ん?」


 シスター・マヤの右手のひらに紫斑が浮き出ているのを、団司の目が逃すことなくとらえる。

 ふたたび彼女の手をとった団司は、その袖をまくる。シスター・マヤの腕を見れば、血管にそって湿疹が連なっている。


「これは……」


 団司は彼女の足元に移動すると、「ごめんよ」といいながら裾をめくった。足にも手と同じように、小さな湿疹が血管にそって赤い線をつくっている。


「………」


 ラドレア病である。いま、シスター・マヤは発病した状態にあるのだった。


「シスター・マヤ……ぐすっ」


 泣きべそをかいているメグに、団司は笑顔で安心させる。


「オチビータ、大丈夫だ。シスターは助かるよ」

「本当?」

「うん。神様が、シスターを助けてくれるよ」


 団司は、右手の親指を自分の胸に向ける。


「いま、神様がこの胸の中にきているんだ。シスターを治すといってるよ」

「本当に?」

「ああ、本当だよ。だから、オチビータもシスターが治るように、神様に祈ってくれ。な?」

「うん!」


 メグは元気に返事をすると、胸の前で両手を組んで目を閉じる。団司は「いい子だ」といいながら、メグの頭をなでた。

 団司はシスター・マヤの方へふり返り、彼女の前で片膝をつくと、彼女の胸から十センチほどはなれたところで右手の掌をかざす。

 その状態で静かに目を閉じた団司の姿を、不意に目をあけたメグが、じっと見つめる。


 三人しかいない路地は、華やかに賑わうアーケードとは逆に、とても寂しげである。そんな場所に漂う暗い雰囲気が、メグの不安をかり立てる。

 死病に侵されたシスター・マヤと、彼女を救おうとする団司の二人を、メグが心配そうに見守るなかで、まず団司の状態に変化があらわれる。


 シスター・マヤの身体の前で、ただ右手の掌をかざしているだけにしか見えない団司であるが、しばらくすると額から大量の汗がドッと吹き出てくる。

 団司がメグに話したことは、嘘ではない。団司は己のうちに神を迎えいれると、その神に祈る。すると、ラドレア病を治癒するための目には見えない神の光が、団司の右手の掌からシスター・マヤに向けて放射される。


 身体に力を入れている様子は、まったくない。しかし、その集中力は極限に達しているかのように半端ではなく、メグの目はそんな団司の姿に吸いこまれるように釘付けとなる。


 神と交流する人間──世界の国々では「シャーマン」と呼ばれ、日本では行者ならびに祈祷師がそれにあたる。

 しかし、団司はそういう道を歩んできた人間ではない。だが、神と直接に関わりをもって以降、己のうちに神を呼び、その神の力を発揮する方法を身につけている。


 古代の人々は、神の実在を心から信じて神に祈ることにより、実際に様々な難をのがれたり、数多の病気を治していたのかもしれない。


 団司がシスター・マヤを助けようとして五分が過ぎたころ、ほどなく苦しみにあえぐシスター・マヤの呼吸が、だんだんと落ちついてくる。

 一方、シスター・マヤは、意識がまどろむ眠りの世界のなかで、心にひびく何者かの声を聞いていた。


『神よ……光を……』

「だれ?」


 シスター・マヤは、その声に心の耳をかたむける。


『神よ、どうかシスターを救うためのあなたの力を、あなたの光を、このシスターに……』

「私を、救う?」


 聞いたことのある声が、シスター・マヤのために神に祈っている。眠れる意識の世界にあるシスター・マヤは、いまの自分の身体がどういう状態にあるのか、わかってはいない。

 彼女は、彼女のために祈りをささげる声に、ただただ惹かれてゆく。その声は、死の淵をさまよっているシスター・マヤを救おうと、自分の命をかけるというほどに必死になって神に救いを求めていた。


『シスターを助けるために、おまえの命が必要だというのなら、それでもかまわない』

「!」

『神よ、シスターの病を治すためのあなたの光を、ぜひにもシスターに……』


 胸が熱くなるような祈りである。それは、シスター・マヤの心に涙をあふれさせるのだった。


 不意に、彼女の心のなかに、一点の光がきらめく。それは、あっという間に太陽の輝きのごとくどこまでも広がり、シスター・マヤを優しく包んでいった。


「温かい……」


 光に抱かれたシスター・マヤは、愛に満たされた優しい温もりに、なんともいえない懐かしさを感じる。その光は、シスター・マヤが生まれたときからずっと彼女を見守ってくれていることを、彼女の命が知っている。

 消え入りそうだったシスター・マヤの命に注がれる神の光が、彼女の生命力をあふれんばかりに蘇らせる。


 死線をのりこえ、深い眠りの底から浮上するシスター・マヤの意識が、己の身体を目覚めさせる。

 そっと瞼を開いた彼女の前には、汗だくになりながら目を閉じて、彼女の体に右手の掌をかざしている団司の姿があった。



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