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使者の黙示録  作者: 左門正利
第三章 使者
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忍びよる死線

 そして、時は静かに流れて十月になる。秋の季節まっただなかではあるが、日中はまだ温かくて過ごしやすい。


 シスターたちは礼拝堂での祈りが終わり、修道院へ帰っているところだ。

 その修道院では、マザー・アミコがシスター・マヤとメグを待ってる。静かに待ちながら、次なる取引相手たちの間で進めるべく話を、その黒い腹のなかであれこれと考えていた。


 やがてシスターたちが帰ってくると、マザー・アミコはハンドバッグを片手に、シスター・マヤとメグの二人を呼んだ。


 だが、近くまできたシスター・マヤの顔色が、あまり良くない。


「シスター・マヤ、どこか具合が悪いのですか?」

「いえ、別に」


 マザー・アミコにそう答えるシスター・マヤだが、実は数日前から体調が思わしくない。それほどひどいということはないのだが、気分がすぐれず身体が重い。


 マザー・アミコは、シスター・マヤの様子が少し気にかかっていたが、本人が大丈夫というのであれば大丈夫だろうと思い、さして気にも止めなかった。

 そうした少女のちょっとした異変を軽く考えていたマザー・アミコは、このとき、まさかシスター・マヤが死線に飲み込まれそうな状況にあるとは、夢にも思っていなかった。


 マザー・アミコと二人のシスターは、修道院の建物を出てエレガントゲートまで歩く。

 そして、彼女たちを待っていた白いセダンにみんなが乗りこんだとき、マザー・アミコのスマートフォンが、呼び出し音を車内にひびかせる。彼女のよく知っている関係者の名前が、その携帯電話の画面に表示される。


「もしもし」


 電話の相手は、シスター・マヤたちのボディーガードを手配する裏社会の人間だ。


「マザー、これから重要人物の護衛のために、ガードを固めなければならなくなった」

「と、いうと?」

「今回は、そちらにボディーガードを送ることができない」

「…………」


 予期せぬ事態が訪れる。


「急ですまない。こっちも予定外なんだ」

「……わかりました」


 電話を切ったマザー・アミコは、どうするか一瞬だけ考えを巡らす。ボディーガードがいないと心細いのは確かだが、これまでアーケードでシスター二人が危険な状況にさらされたことは、一度もない。


 ──今回も大丈夫だろう


 彼女はそう考えて、いつもどおりに車を走らせるのだった。


 この日のマザー・アミコは、珍しく慎重さに欠けていた。シスター・マヤに歩みよる死線は、少女のまわりの状態をも狂わせる。

 救いの手が、シスター・マヤから遠ざかってゆく。


 車が目的地に到着して、二人のシスターは郵便局へ向かって足を進める。

 アーケードを通り、郵便局で用事を済ませてふたたびアーケードへもどる少女たち。


 ここまでは、いつもどおりだった。だが、今回はここから様子がちがってくる。

 中央公園のある広場に出るまでに、アーケードの左側の横に抜ける道に、シスター・マヤは入りこむ。

 いつものルートとちがう。そのことに気づいたメグは、シスター・マヤに声をかける。


「シスター・マヤ?」


 その声は、シスター・マヤにはまったく聞こえていないかのように、彼女はひと言も返事をかえさない。

 メグは、自分の手を引っ張っているシスター・マヤに再度呼びかける。だが彼女はなにもいわずに、さらに次の角を左へ折れて、人けのない路地に入るのだった。

 彼女たちが足をふみ入れた細い路地には、誰もいない。突然、シスター・マヤがガクッと足元から崩れる。


「シスター・マヤ!」


 メグが思わず叫ぶ。


「ごめんなさい、シスター・メグ。ちょっと……休ませて……」


 その場に座り込むシスター・マヤの顔色は、出かけるまえよりもさらにひどい。

 苦しそうな呼吸をしている彼女を見て、どう考えてもふつうではないことを、幼いメグは子供ながらに感じとる。


「誰か呼んでくる!」


 メグはシスター・マヤにそういうと、その小さい体をアーケードの通りに向けて走らせるのだった。


 路地を通りぬけ、アーケードにたどり着いたメグであるが、誰かを呼ぼうにもいったい誰に声をかければいいのか、わからない。

 メグのよく知るマザーやシスターたちがいれば良いのだが、彼女たちはよほどのことがない限り外出することはない。


 しかしメグは、必死で自分の知っている人間を探そうと、自分のまわりをキョロキョロと見わたす。

 道行く人たちが優しそうな微笑みを投げかけてくれるのだが、呼ぶべき人は彼らではないことを、メグの幼い心が判断する。

 メグは、その足を中央公園に出る広場の方へ進めて行く。


 急がねばならない。子供心にそういう危機感を感じるメグは、中央公園に続く広場に出ると、ふたたび辺りを見まわした。

 だが、人通りがいくぶん緩やかになり、確認しやすくなったとはいえ、はたしてメグの知っている人間がおいそれと見つかるかどうか。


「いた!」


 メグは見つけた。メグが知っているその人物は、パチンコで負けたせいか、がっくりと肩を落としながら歩いている。そのヨレヨレの服は、負け犬の様を呈しているいまの状態に、実にぴったりである。

 そして、死んだような顔をしながら、ゆっくりとメグの方へ近づいてくる。


 ──やっちまったよ


 アーケードの通りを歩く団司は、空を見上げる。


 ──まさか、一度も大当たりせずにストレートで負けるとは……


 さっきまでパチンコをしていた団司は、結局四万円の負けとなり、生きた屍になった気分に浸っていた。


 ──俺って、馬鹿だよね


 いま、ここにシスターがいれば、彼女は「そうですね」と微笑みながらいうだろうか。団司はそんなことを考えながら、トボトボと歩いて行く。

 すると突然、ドンッと右足になにかがぶつかってくる。


「うおっ」


 いきなりの不意打ちに、団司はひどくショックを受ける。驚きながら自分の足になにがぶつかってきたのかと、すかさず足元を見る団司は、思わず口に出す。


「オチビータ?」


 メグのことを「オチビータ」と呼ぶ団司は、自分にぶつかってきたのがメグであることに、さらに驚いた。


 ──なんで、オチビータが?


 団司がそう思う間にも、メグは団司を見上げながら必死に叫ぶ。


「シスター・マヤが、シスター・マヤが!」


 一瞬、唖然となる。


 ──シスター・マヤ?


 誰のことかと思ったが、以前に会ったときにメグといっしょにいたシスターがいない。シスター・マヤとは彼女のことだと、団司はすぐに理解する。

 団司の足にしがみついているメグは、体全身で叫ぶ。


「シスター・マヤが、シスター……ぐすっ」


 泣きそうになるのを必死にこらえながら、団司に訴えていたメグはとうとう我慢できなくなり、ポロポロと涙をこぼす。

 それを見た団司は、シスター・マヤがただならぬ事態に陥っていることを悟るのに、時間はかからなかった。


 団司はメグを抱きあげる。


「オチビータ、案内してくれっ」


 頼れる男の顔が、そこにあった。


「シスターのところへ!」



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