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使者の黙示録  作者: 左門正利
第二章 噛み合う歯車
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悲しき真実

 占い師に「使者」と呼ばれた団司は、その顔に戸惑う心情をあらわにする。


「俺、まだ生きてるんだけど……死んでるように見える?」

「その死者じゃないっ」


 占い師の眉間に、シワが刻まれる。妙に鬱陶しくて、やりにくい男だ。

 彼女は気をとりなおして話を進める。


「使者であるあなたは、神から強力な加護をうけているね」


 占い師である彼女には、その事実がわかる。


「この文字は、一般の人には見えないんだよ」


 そのことについて他人に説明するのは、これがはじめてだ。


「私の一族でなければ、この青い文字は見ることも読むこともできないはずなんだ」


 彼女が自分の一族について語る。その昔、目には見えない神の存在を感じた彼女の先祖は、人の、あるいは世の中の未来を知ることができるという特殊な能力を、神から授かったらしい。


「私の一族は、その能力を占いという仕事に使い、代々ひき継いでいるんだ」


 彼女の話に、団司はおとぎ話でも聞くかのような顔をして楽しんでいる。


「私の一族とは関係のないあなたが、この文字を見ることができるのは」


 彼女は、団司の顔をじっと見すえて断言する。


「あなたが、神と直接に関わりをもつからだ」


 話を聞く団司は、笑顔のままで黙っている。というより、固まっている。

 神と直接に関わりがある。それは、彼女の一族の先祖と団司との共通点でもある。


「だからこそ、ふつうの人には見えないこの文字が、あなたには見えるのだ」


 占い師は、さらなる疑問を解き明かす。


「この文字が見えるのに、読めないというのは」


 彼女は自信をもって、いい切った。


「あなたのやるべきことは占いではなく、他にあるということだ」


 団司の笑顔が引きつっている。占いに携わることのない団司は、他にやるべきことを神から与えられていると、彼女は確信する。


 団司がその女性に尋ねる。


「君は、いったい何者なんだい?」


 団司の問いに、彼女は答える。


「私は、ただのしがない占い師だよ」


 団司の求める答えは、それではない。


「いや、それほどの能力をもつ者が、こんな所でなにを企んでいるのかと」

「なにも企んではいないよ」

「俺を呼んだのは偶然か?」

「神が導いた運命だろうね」


 この先、団司とふたたび会うことを確信する彼女は、自分の名を団司に告げる。


「私の名は、ルゼフィーヌ。覚えにくいだろうから、ルゼと呼んでくれ」


 団司の困惑する想いが、またもやその顔にあらわれる。団司は、彼女とはもう会うことはあるまいと考えているのだ。


 ──いや、名前を教えられても……


 そう思う団司をよそに、ルゼは彼の右手が置かれている白い布きれに、再度視線を移した。

 ルゼは布きれに示される文字を見ながら、団司に語りはじめる。


「あなたは、いい歳をして仕事もせずに、ブラブラしているようだが」

「不景気だからね」


 当然だというように、もっともらしい返事をかえす団司。だが、いまの時代であれば、団司の年齢なら仕事を探せば見つからないことはないはずだ。

 ルゼは団司の本心を見抜いている。


「それが本当の理由じゃないよね?」


 布きれに置いてある団司の右手が、ピクッと動く。


「あなたが仕事に就かないのは」


 まったく別な理由であることが、ルゼにはわかる。


「事が起きた際に、仕事にしばられて自由に動けなくなると困るからだ」


 彼女に嘘は通じない。


「あなたはフリーでなければ、自分の成すべきことができなくなる」


 ルゼの話に、団司は否定も肯定もせずに黙っている。


「使者であるあなたは、神から直接、とても重要な言葉を授かっているね」


 団司は、ずっと下を向いたままのルゼを見つめるばかりである。


「おそらく、あなたのやるべきことは、その神言を……!」


 文字を読んでいたルゼが絶句する。そして、血の気が引いたような顔で団司を見上げた。

 お互いになにもいわないまま、数秒の時間が流れる。


 ──本当なのか? このままでは……


 ルゼが見上げる団司の顔は、ひどく冷静な様を呈している。


 ──彼は、この運命を受け入れるというのか?


 あまりにも過酷な未来を予言する神の言葉を知ったルゼは、団司の顔を見ながらそう思う。

 神の言葉に間違いはありえない。


 沈黙が漂う空間のなか、先に口をひらいたのは団司だった。


「そのとおりだよ」

「!」


 団司に自分の心を読まれたと思ったルゼは、ギクッとして額から汗を滴らせる。


「使者よ、そのとおりだというのであれば」


 最悪の状態だけは避けてほしいと思っている彼女に、団司のひと言が追い打ちをかける。


「人類は絶滅する」


 ルゼの体中の血が凍りつく。彼女の悲痛なまなざしが団司に向けられる。


「それは、避けられないことなのか?」


 望みを託した彼女の問いに、団司が返したのは絶望だった。


「人類は……もう、どうしようもないところまで行ってしまったんだ」


 ルゼの顔が、苦痛を与えられたかのようにゆがむ。


 ──なんてことだ!


 この地球上に人類が誕生して以降、ひたすら繰り返される命の奪いあい。自分以外のあらゆるものを犠牲にしながら、己の正義をおし進めてきた人類。

 己の自由を、欲望をなによりも優先させる人類は、神が望む人間の姿から遠くはなれたまま、本当に神に見捨てられてしまうのか。


 ──まてよ?


 ルゼは、不意にあることに気づく。


 ──それにしては、妙だ


 彼女に、ひとつの疑問が浮かび上がる。


「人類が絶滅するというのなら、なぜ使者であるあなたの存在があるのだ」


 どうにも引っかかる。


「あなたが人類を救うのではないのか?」

「俺に人類を救うほどの力はないよ」

「じゃあ、あなたのやるべきことは、なんだ?」

「君、それを調べてたんじゃなかったの?」


 団司に問われたルゼは、その顔に悔しさを滲ませる。


「残念ながら、私にはわからなかったよ」


 彼女にしては珍しいことだ。だがそれは、はっきりと断言できる未来が、まだ決定されていないことを意味している。

 ルゼは、いちるの望みにしがみつくような想いを、言葉にして団司に投げた。


「あなたが、やるべきことを成せるかどうかで、人類の未来は変わると思うのだが?」


 団司は、なにもいわない。


「あなたは、この神言を誰にも話していないのか?」

「うん」

「なぜだ!」


 団司の返事に、ルゼは憤る。


「人類の絶滅を予言する神言を、なぜあなたは誰にも伝えないっ」


 彼女は、怒りのこもった想いを団司にぶつけずにはいられなかった。


「あなたは、この神の言葉を、自分だけの黙示録にするつもりなのか!」


 団司はなにも語らず、右手を布きれからゆっくりとはなしてゆく。

 しばらく黙っていた団司だが、やがて重そうに口をひらき、ルゼに真実を告げるのだった。


「誰に話したところで」


 深い悲しみが、その目にあふれている。


「誰も信じないさ」


 ルゼは絶句する。確かに、なにも知らない人たちに人類の絶滅を必死になって叫んだところで、いったい誰が信じるというのか。


 キチガイ扱いされるのが、ふつうだろう。それが紛れもない事実だと悟ったルゼは、団司に返す言葉を見つけることができなかった。


 話が終わり、団司がその場を立ち去ろうとしたときだった。大事なことを思い出したルゼは、団司を引きとめようと彼に声をかける。


「使者よ、あなたに話しておきたいことがある」


 団司はやれやれと思いながら、呆れた顔を彼女に向ける。


「さっきもいったが、俺には人類を救うほどの力は……」

「いや、そのことではない」


 ルゼは、団司の目をのぞき込むようにして語った。


「あなたは、白い修道服を着た高校生ぐらいのシスターを知っているだろう」


 それを聞いた団司の表情が、満面の笑顔にきりかわる。その急激な顔つきの変化に、ルゼはビクッとおののいた。


「あのシスター、可愛いよね!」


 そういう団司の声は、うれしそうに弾んでいる。


 ──こ、この男はっ


 先ほどまで、シリアスに自分と言葉を交わしていた団司の、その変わりように「ふざけた野郎だ!」と叫びそうになったルゼである。

 しかし、彼女は即座に気をとりなおす。これから話すことは、いいかげんな話ではないのだ。


「そのシスターのことだが」

「あの子が、どうかしたの?」


 ルゼの顔に、暗い陰が落ちる。


「彼女には、死線が迫っている」


 刹那、団司の顔から笑みが消える。



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