畏怖
やがて、メグがジュースを飲み終える。「プハッ」と、ジュースから口をはなすメグの様子は、まるでビールの旨さを満喫したオヤジのようだ。
それを見た団司が、思いきり笑う。
「うわははは、美味しかったかい?」
メグは、笑いながら話しかけてくる団司にコクンとうなずくと、空になったジュースの缶を「受けとれ」とばかりに差し出した。
団司は笑顔のまま、その空き缶を右手で受けとる。それは他人から見れば、まるで自分の娘のいうことなら、なんでもきいてあげる父親を思わせる。
ボディーガードの男たちは、ここまでの団司と少女たちのやりとりを、なにもせずに黙って見ていた……と、傍目から見れば、そのように映ったにちがいない。
だが、少女たちを守る立場にある彼らは、見ず知らずの男に少女たちと話をさせたり、また、ジュースを手渡しで与えることなど絶対にゆるさない。
ビニール袋からジュースをとり出した団司に対して、ボディーガードたちが敵意を抱いた瞬間に、思わぬことが彼らの身に起こった。
彼らが団司にぶつけた敵意は、何倍にもなって跳ね返されるがごとく、凄絶な威圧感となって彼らに襲いかかる。
ボディーガードたちは、まるで金縛りにかかったように全身が硬直した状態で、その威圧感と戦っていたのだ。
少女たちを護衛する二人は、ふだんは裏社会での仕事がメインであり、彼らは銃弾が飛び交うなかで、何度も自分のボスをガードしてきた実績がある。
鍛え上げた身体に、強靭な精神をあわせもつ彼らは、表社会のいかなる武道家にも気後れすることはないと自負している。
そんな彼らは、自分より三才から五才ほど若く見える、武道とはまったく縁がなさそうなヒョロい団司に、全身が金縛りになるほど気圧されている事実に愕然となる。
彼らの頭脳は、それを現実として認めることを全力で拒否する。だが、肌で感じる感覚が、彼ら自身に必死で訴えてくる。
──この男に関わるな!
──この男には絶対に逆らうな!
頭で思うことと、肌で感じることが合致しない。それが己の中で、わけのわからない不安を生み出す。
ボディーガードたちが目に見えない力に圧迫されて苦しんでいる最中に、団司が手にもっていたジュースが、まったく知らない間にメグに手渡される。
それを知ったとき、血の気を失うほどのショックが彼らの全身を貫いた。
もし、団司の目的が少女たちを葬り去ることであったならば、団司はボディーガードの男たちを前にしながら、いとも簡単に少女たちの命を奪っていたであろう。
ボディーガードの彼らは、団司から放たれる威圧感に苦しみながらも、決して団司から目をはなさずに警戒していたはずだった。
──こ、この男はっ
──いったい何者なんだ!
胸に渦巻く不安が、得体の知れない恐怖に変わる。彼らは、自分の身になにが起きているのか、よく理解できないまま、さらなる変事に引きずりこまれる予感がぬぐえない。
全身からイヤな汗が流れる。団司がただ者ではないことは確かだが、ボディーガードたちはそんな団司に対して、不意に気がついたことがあった。
──この男に、敵意は感じない
見えない力で自分たちを圧倒してくる団司だが、シスターたちに危害を加える意思は、毛ほども感じられないのだ。
──この男は、敵ではない……
ボディーガードたちがそう思った瞬間に、彼らを襲う威圧感が若干やわらいでくるのを、彼ら自身が感じとる。
二人は「もしや」と思い、団司に抱いていた敵意を捨てさり、団司に対する過大な警戒心を必要最低限のところまで落ち着かせる。
すると、あれほど自分たちを苦しめていた威圧感が、まるで潮がひくようにスーッと薄れてゆくのだった。
現実的にはとても理解しがたいが、団司に向けられた敵意や警戒心は、威圧感となって跳ね返ってくるらしい。それはまるで、団司を守護する目には見えない存在が、団司を守るべく警告を発しているように思えた。
オカルトというものを信じないボディーガードたちだが、いま自分たちが味わった現実を思うと、 そんなこともあり得るのではないかと考えてしまう。
──表社会の人間に、こんなヤツがいたのか?
やっと身体を動かせるようになった彼らだが、まだ冷や汗が止まらない。
一方、メグと団司の様子を呆然と見ていたシスター・マヤは、自分たちが修道院に帰る途中だったことを思い出し、ハッと我にかえる。
「私たちは、修道院に帰らなければなりませんので」
「ああ、そうだね」
団司はうなずきながら、メグから受けとった空き缶を左手にもちかえると、あいた右手を振ってシスターたちに別れを告げる。
「またね~」
そういう団司を背に、シスター・マヤとメグの二人は修道院に向かうため、アーケードに足を進めるのだった。
しばらく歩いてふり向くと、団司はまだ手を振っていた。
──不思議な人……
団司を見てそう思うシスター・マヤは、アーケードを通る人々の流れのなかに、その身をあずけて行く。
少女たちの姿が見えなくなるまで、その背中を見とどけていた団司は、自分と少女たちの運命の歯車が、ガッチリと噛み合ったことを確信する。
──やっぱり、あの子たちが『ユリアナ教団の美少女』だったか
ようやく、あの子たちに会えた……と、団司はそう思った。
ほぼ毎日、このアーケードの通りを何度も行き来している団司であるが、それなのに、お使いの用事に出向くシスターに一度も会ったことがないのは、奇妙といえば奇妙である。
また、ボディーガードたちはシスターたちの四方八方を警戒して、少女たちのそばをぐるぐると回りながら警護している。
そういう警備状態で、シスター・マヤと団司がぶつかるのは、運命が二人を引きあわせない限りあり得ないことだといえるだろう。
──可愛いシスターに、おちびのシスター「オチビータ」ってか
そんなことを考える団司はクスッと笑うと、少女たちとは逆の方向へ足を向け、歩を進める。
「次は、いつ会えるかな」
団司は、可愛いシスターたちにふたたび会えることを信じながら、彼もまた人混みのなかに消えて行くのだった。




