遭遇
先ほどまで、シスター・マヤたちの後方がなにかと騒がしく、彼女たちを護衛する二人のボディーガードはそちらの方に気をとられていた。
慌てた彼らは、シスター・マヤと接触した団司に鋭く目を光らせる。
団司は、彼らが少女たちのボディーガードであることに気づいたが、そんなことはまったく意に介さない。
「あ、そうだ」
団司は思いついたように、左手に持っているビニール袋の中に右手を突っこんだ。団司より体格のよいボディーガードたちが、少女たちを守るべく団司の前に立ちふさがる。
団司がビニール袋から取り出したのは、一本のジュースだった。
「慌てるなよ、ただのジュースだ」
団司はボディーガードの男たちにそういうと、手にとったジュースをシスター・マヤに「はい」といって差し出した。
だが、彼女は他人からむやみに金品を頂いてはならないと、修道院で厳しく教えられている。
「いえ、私たちは……」
シスター・マヤが断ろうとすると、団司はニコニコしながら彼女の言葉に割りこんでくる。
「遠慮しなくていいよ。これ、パチンコの景品だから」
──パチンコ?
その言葉を聞いたとたんに、シスター・マヤは表情を曇らせる。
わが子を車内にのこした親がパチンコに夢中になるあまり、まだ幼い子どもは車の中で短い命を終えたという事件を、彼女は知っている。
パチンコで遊ぶ金ほしさのために、犯罪に走る愚かな人間もいる。生活保護として支給されているお金で、パチンコをする輩もいるらしい。
それらの情報は、おもに修道院に配達される新聞から得たのだが、パチンコに関わる者にはろくな人間がいないように思えた。
シスター・マヤは、いま目の前にいるジュースを差し出す男に対して、嫌悪感を顔いっぱいに浮かべながら「結構です」と、突き放すようにいうのだった。
すると、団司の表情が一瞬で変わる。団司の顔から、にこやかな笑みが一気に影をひそめた。
シスター・マヤのひと言に大きなショックを受けて愕然となった様子が、彼の全身にあらわれる。
その変わり様に、シスター・マヤはビクッとおののいた。
団司が、絶望的であるかのような声をしぼり出す。
「シ、シスターは、下劣な人間である私のほどこしなど、受けられないというのですか?」
ものすごく悲しそうな目をして話す団司に、シスター・マヤは慌てて言葉をかえす。
「い、いえ、私たちは人様からむやみに金品を頂いてはならないと、きつくいわれているのです」
団司の思わぬ反応に、彼女も少し動揺する。
シスター・マヤのいうことに、団司はガックリとうなだれると
「そうですか……」
と、残念そうにつぶやくのだった。
シスター・マヤは、団司の以外そうに思える一面に、少なからず驚いた。
──悪い人ではなさそうだ
彼は、嫌悪感を覚えるほどの悪人ではないように思う。しかし、これ以上この男といっしょにいると、ややこしいことになりそうな気がする。
とにかく、早く修道院に帰ろうと思った彼女は、団司に「では、失礼します」と告げて別れようとした。
しかし、彼の方が先に、シスター・マヤに向かって口をひらく。
「でも、あなたの隣にいるオチビちゃんは、美味しそうにジュースを飲んでますよ」
「え?」
団司の言葉に、頭の中が真っ白になりかけたシスター・マヤは、すかさずメグの方をふり向いた。するとメグは、先ほど団司が自分に手渡そうとしたジュースを、ゴクゴクと飲んでいるではないか。
──い、いつの間に?
声も出ないほど驚いた。いったいどういう手品を使ったのか、団司が右手にもっていたジュースは、メグがしっかりと手にしている。というか、遠慮なく飲んでいる。
シスター・マヤ以上に驚いたのは、ボディーガードの男たちだ。
彼らは団司から目をはなさず、警戒をゆるめることはなかったはずだった。団司が、いつメグにジュースを手渡したのか、まったくわからなかった。
彼ら二人に戦慄が走る。
「シスター・メグ!」
シスター・マヤの叫ぶような声にびっくりしたメグは、思わずジュースから口をはなし、シスター・マヤの顔をじっと見る。
メグは「なにかあったのか?」という視線を、シスター・マヤに送る。
そのキョトンとしたあどけない顔が、なんとも可愛い。シスター・マヤは、修道院の教えに外れることをしているメグを叱ろうとする。
ところが、彼女たちの間に団司が口をはさんでくる。
「シスター、その子を怒ってはいけません」
穏やかな口調で話す団司のやわらかな笑顔からは、彼の優しさが伝わってくるようだ。
「でも、これは私たちの問題ですから」
団司に向かって、そういい返すシスター・マヤ。その怒った顔もまた可愛いと、団司は思う。
笑顔を崩さない彼は、ふたたびジュースを飲みだしたメグの方に手を向ける。
「シスター、その子をよく見てごらん」
いわれたとおりに、シスター・マヤが再度メグの方へ目を移す。メグは、もうジュースを飲むことしか頭にないと思うほど、必死でジュースを飲んでいる。
「その子は、一生懸命に飲んでるでしょう。その子の体が、自然に水分を求めているんだ」
「でも」
「それは、人間が生きるために備わっている本能だよ」
「…………」
団司は、見た目にまったく説得力のない風体をしていながら、彼の話は逆に説得力にあふれている。
「シスター、君の信じる神様は『人間が生きるための本能までも否定せよ』というのかな?」
シスター・マヤは、なんの言葉も返すことができなかった。




