最後の図書委員の選択
「では失礼します」
業者が頭を下げて、本を乗せたトラックが校門から出てゆく。
それを私と先生の二人は姿が見えなくなるまで見ていた。
「行っちゃいましたね」
「ああ」
既に元図書室の中は別の業者が作業をしていて、パソコンと机の並んだ自習室を作っている最中である。
先生が私の制服に何かを押し付ける。
それはプレートで少し古ぼけた文字で『図書室』と書かれている。
「作業のご褒美。
君に上げるよ」
「いいんですか?」
私がプレートを受け取ると、先生は寂しそうに笑った。
その顔を先生は知らないのに、私の前で強がる。
「どうせゴミ箱に行くのならば、最後の図書委員にあげた方がそのプレートも喜ぶだろう」
なんとなく気づいてしまう。
図書目録にあった手紙を書いたのは先生だったのではないかと。
最後の司書になれなかった先生は、この瞬間をどう思っているのだろう?
それを問う事もできずに、私は先生が出した仕事の結末だけを告げることにした。
コンピューター>>ローカルディスク(C:)>>ユーザー>>ライブラリー>>管理>>ゴミ箱>>秘密の花園>>リードミー
ようこそ。
この隠しフォルダへ。
この隠しフォルダは、知っている者が居たら簡単に見つかるようになっています。
ゴミ箱のフォルダの中に作られた隠しフォルダですが、設置時に学校の許可は取っているのでご安心を。
……それが継続されるかどうかはまた別ですが。
まずは説明から。
この自習室を使う皆様はこの部屋がかつて図書室だった事はご存知でしょうか?
今は電子書籍化によってすべての本がデータ化されましたが、ここには多くの本が読まれるために長い間佇んでいたのです。
それらの本は自治体図書館に移され、また貴重と判断されないものは廃棄される事になりました。
そんな中、いくつかの本から宛先・差出人不明の手紙が発見されたのです。
彼らはこの本を思い出として封印し、懺悔室として己の罪を告白し、情報としてそれを追加したのです。
図書室が自習室になろうとした時、この手紙の処遇をめぐって当時の図書委員は迷いました。
廃棄するべきか?それとも残すべきか?
結局、図書委員の出した結論はこうでした。
手紙は全て廃棄する。
ただし、将来にもこのような手紙が出ることを考えて、そのような仕組みとしてこのフォルダを用意する。
その図書委員は見つけられた手紙を読み、こう思ったのです。
一通だけなら悪戯でいい。
二通もあるなら、偶然とは思えない。
三通以上ならば、きっと誰かは知り続けそれを伝えていたのだろうと。
この学校には、読まれない本を選んで未来のもしくは過去の誰かに向けて手紙を出すという伝統が存在していたのです。
気づいた人しか知らず、そしてそれを静かに育んだ秘密の花園の花たち。
それがこの手紙たちの正体なのでしょう。
図書室は無くなり、本も姿を消しました。
秘密の花園はその存在基盤を失いましたが、最後の図書委員はこの伝統を消すのは惜しいと思いました。
図書委員の思いは実を結び、こうして新たな秘密の花園を用意する事に成功したのです。
そして、図書委員もまたこの秘密の花園に花を植えることになったのです。
そう。
このリードミーです。
これを読んでいるあなたへ。
この花園は使われていますか?
荒れていますか?
秘密の花が咲き誇っていますか?
あなたはこれを見て、何を思いましたか?
あなたはこの花園にどんな花の種を植えたいと思っていますか?
この伝統が長く続くことを、この学校に居た先達として祈っております。
最後の図書委員兼最初の花園の管理人より未来の花園の利用者達へ