ある女学生の手紙
世界がネットワークで繋がったのは何時だっただろう?
大規模なデータ運用が携帯端末でできるようになり、本というものがどんどんその規模を縮小していった現在、学園にある図書室は利用者がほとんど居なくなってしまった。
その為、ついに学園は書籍をデータ化して図書室そのものを無くす事を決める。
貴重な書籍は自治体図書館に移され、貴重でないと判断された本は廃棄処分となる。
そして、この学園から図書室は消えて、パソコン完備の自習室として生まれ変わることになる。
私は図書委員だ。
正確には図書委員だった。
本が好きで、ずっと本を読んでいた私は当たり前のように図書委員に立候補した。
もちろんデータ化された電子書籍も好きだ。
この二つの共存ができなかった事を悲しく感じながら、淡々と本の分類を進めている。
この作業を私はあえて志願した。
この図書室の最後を看取るのは私しか居ないだろうし、生徒も先生も古いデータとなった本という記憶媒体に興味を失っていたというのもある。
私は携帯端末を動かす。
大雑把な分類はほぼ終わっており、貴重品かどうか迷うものが私の手に委ねられる。
それでも数百冊はあり、数日はかかる仕事になるだろう。
判断は君の好きにして良いという言質は既に先生から頂いているので、私は適当に一冊の本を手に取る。
おそらくは自費出版で卒業生が置いたのだろう郷土史の本。
裏の図書カートを見ると見事に真っ白で、この数十年間誰も手に取っていないのだう。
ぱらり。
そんな事を思っていたら、一枚の古ぼけた紙がその本から出てきた。
古くなった便箋で、開くと達筆な文字でこんな事が書かれていた。
親愛なる誰かへ
これを見ているのは何年後でしょうか?
何十年後でしょうか?
何百年後だったら少しうれしいですね。
この本は誰も手に取らないだろうと思い、誰かが手に取るかもと思い、そんな迷いから私の思いを封印するのにもってこいだったので、こんな手紙を書いています。
未来の誰かさんには少し時間をいただけると嬉しいのですが。
私は恋をしました。
相手は一年上の先輩で、文武両道で学園の女子の憧れの人です。
多くの女子達があの方に告白し、恋文を書き、一人を除いて玉砕して枕を涙に濡らしたものです。
その一人が、私の姉でした。
先輩と同級生で同じく文武両道で、幼馴染。
勝てる相手ではありませんでした。
けど、この思いだけは負けないと思っています。
そんな先輩と姉が卒業と同時に婚約しました。
時局が良くなく、早く身を固めろとの事だそうです。
私は失恋しました。
傷を癒やす事もできず、先輩と姉の仲睦まじい姿を見なければならない事がどれほど苦痛だったか。
それを笑顔の仮面をかぶり祝福する私の姿がどれほど滑稽だったか。
二人には幸せになって欲しいのです。
けど、私のこの思いの行き場所が無く、私はこの恋の後始末に身も心も壊れそうになってしまいました。
だから、この手紙を書いています。
『王様の耳はロバの耳』という童話を知っていますか?
秘密だからこそ、誰かに言いたくなり、誰かに言えば自分はおちつくというあれです。
私の思いを、先輩が好きだった思いと二人を祝福する思いをこの手紙に封印して、私は次の恋を探したいと思います。
だから読んでいる誰かへ。
私の告白を聞いてください。
先輩。大好きでした。
姉よりも先輩を愛しています。
何時読まれるのでしょう?
もしかしたら読まれないかもしれません。
それでも構わないですが、もし読んだ人がいたら一つだけお願いがあります。
どうかこの手紙を処分していただけないでしょうか?
だって手紙は読まれるために存在しており、読まれたらその意味はなくなるものですから。
最後に読んでくれた誰かに感謝を。
そして、貴方の未来に祝福を。
名前はなかった。
読み終わった私はその手紙を折りたたんで考える。
読まれない本にこういう使い方があったのか。
一つだけ、この作業に当たって先生から条件をつけられていた。
「君がこれは残すべきだというものは残したまえ。
その為にスキャナーも貸してあげよう」
先生はこの手紙のことを知っていたのだろうか?
そして、もしかしたらこの手紙以外にこんな手紙が眠っているのかもしれない。
そんな事を考えていると、私の目の前にある本達が宝の山に見えてくる。
もし、こんな手紙が他にもあるとしたら?
もし、そんな手紙達が読まれずに処分されるとしたら?
私は興奮を押さえながら、本を慎重に調べてゆく事にした。