保安隊海へ行く 7
「貴様はそれしか言う事ないのか?」
カウラは要の胸を見ながらそう言った。要自身は『遺伝子レベルで成長する予定だった』胸のラインは薄着で誇張されているとは言え、カウラを黙らせるには十分だった。要と良く事情が飲み込めていないで笑っているシャム以外は口を挟めない雰囲気。まもなく菱川重工豊川工場の巨大な敷地を出ると言うところまで、ただ耐え難い沈黙が続いていた。
「まあ良いや。それよりシャム。遼南のレンジャー訓練、今年は行かなくていいのか?」
上機嫌な要がシャムに話を振る。誠や島田、そしてサラがようやく空気が変わって安心したようにため息をついた。それと同時にリラックスして初めて大型車らしい強力なエアコンで空気が涼しくなってくるのを感じて自然に笑みを浮かべる誠。
工場の入り口のゲートを見つめていたシャムが要を振り返る。
「今年からちゃんとアタシの弟子が付いてくれてるから大丈夫だよ。それに保安隊予定が空いたら俊平と訓練課程のチェックに行くから大丈夫。それに何かあっても俊平がどうにかしてくれるよ」
遼南陸軍レンジャー資格訓練。銀河で最も過酷と言われる内容は誠も知っていた。最低限の装備をつけたまま高高度降下後、一ヶ月にわたりサバイバルナイフ一本で糊口をしのぐ。そして与えられた演習科目をこなしていく特殊訓練は地獄と呼ばれるほどのサバイバル知識と手持ちの武器を扱う技量を求められた。東和軍でもその課程を乗り越えたものはレンジャー特技章をつけることが許される。それは東和軍ではエリートの証として一目置かれるには必要不可欠な資格だった。
近年は地球諸国との関係が改善しつつあり、アメリカやロシアの現役の特殊部隊隊員達も参加するものの、九割は途中で脱落する為『地獄の訓練』と呼ばれている。今や遼南レンジャーは銀河規模での精鋭部隊の通称となっていた。
「そう言えば遼南レンジャーの訓練課程って、ナンバルゲニア中尉が作ったんですよね」
誠がいつも笑っているシャムに尋ねた。自分の顔がまるでシャムを信じていないような表情を浮かべているだろうとは思っていたが、それが事実だからどうすることも出来なかった。
「そうだよ!俊平に助けてもらいながら作ったの!」
シャムの相棒、吉田俊平少佐。要よりも電子戦に特化した義体を持つ食えない上官がシャムの思い付きを具体化したのかと想像するとさすがの誠も納得できた。
「オメエのはただ野生化しただけじゃないか」
突っ込む要。ようやくこの言葉でカウラやサラも和んだ表情を浮かべる。
車は産業道路から駅前の大通りに向かう近道の路地に乗り入れた。
「遼南レンジャー章って、ナンバルゲニア中尉以外持ってる人、居ましたっけ?」
「シュバーキナ少佐とシン大尉。それに隊長が持っているんじゃないか?」
カウラはとりあえず誠に話をあわせてくれた。
「叔父貴?持ってねえよ。まあいつも出動時にカレー粉が無いって大騒ぎしてるけど、そいつは前の大戦の時、補給路断たれた時からの習慣だろ?」
カレー粉の話は誠も軍に入ってすぐ聞かされた。レンジャー資格持ちの教官が戦闘に最も必要なものとして上げたのがカレー粉だった。潜入工作戦で、蛇や蛙を食料にする時に絶対必要である。その熱弁ぶりは遼南レンジャー課程の案内書でよくわかっていた。
「でも凄いですよ、シャムさん」
珍しくシャムを本心から褒めてみた誠。そんな彼を中間の座席から身を乗り出して見つめてくるシャム。
「そう?照れちゃうな!」
もう慣れ過ぎて気にならなくなった猫耳を揺らしながらシャムが呟く。
「なんだ。神前、オメエはレンジャー希望か?」
「そんな事ないですけど、先々そっちの資格が必要になる事も……」
「安心しろ。オメエに勤まるはずねえから。それよりシャム。何で水着を買わないのに来てるんだ?」
全員の視線がシャムに集中する。突然注目されて不思議そうな表情を浮かべるシャム。
「別にいいじゃん。今週、食玩の発売今日なんだ」
得意げなシャム。駅前の渋滞を避けようと入った路地で対向車に出会ってバックを始めたパーラ。隣でアイシャが対向車の老夫婦に頭を下げている。
「大人買いするのか?」
カウラがそう言うとシャムが目を輝かせる。誠やアイシャに付き合うことが多くなったカウラはようやく『大人買い』の意味がわかったので使いたくて仕方長いのだろうと誠は苦笑いを浮かべる。
「あっ、そうだった。でも積めるかなあ。誠ちゃんも買うんでしょ?」
対向車をやり過ごしてほっとしていたパーラの隣から顔を出してアイシャが振り向いてそう言った。
「今月ちょっとプラモ買いすぎて金欠なんですよ」
「確かに。寮でも神前が出かけると必ず山のようにプラモを抱えて帰ってくるの有名だからな」
島田はそう言うと誠の方を見た。誠のプラモは一部のガンマニアの隊員のエアガンと並んでやたらと増え始めた玩具として寮では良く話題に上がった。
「そんないつもじゃないですよ!菰田先輩とか西君が勝手に広めてるだけです!」
誠はそう言い切った。だが、アイシャもカウラも要もまるで信じていないと言うように生暖かい視線で誠を見つめてくる。




