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保安隊海へ行く 4

「明石と吉田はいるかー」 

 間の抜けた声の男。とろんとしたその目が寝不足によるものでない事は、部隊配属一週間で誠にも分かった。保安隊隊長である嵯峨惟基特務大佐が入り口に突っ立っている。緊張感と言うものと無縁なその表情の奥の怖さは、誠は嵯峨が誠の実家の道場に出入りしていた頃から分かっていた。

「俺等をセットで呼ぶなんて珍しいですね」 

「まあな。用事はそれぞれあるし。吉田は同盟司法会議にリンクされるシステムのチェックの依頼が来てるぞ」 

 嵯峨の言葉に吉田の表情が不機嫌なものに変わった。嵯峨もそうなると予想していたようで頭を掻きながら手を目の前にかざして誤るようなポーズをした。

「あれかよ。使えないシステム作りやがったから俺が自力で要件定義からやり直したんすよ!まあ局長クラスからの指示でしょ?分かりました。じゃあ……」 

 吉田がアイシャを見つめる。珍しい吉田の真剣な表情に噴出すのを抑えながら見守る誠。

「俺は絶対行かないからな!」 

 そう言うと早足で入り口で立ち尽くしている嵯峨を残して吉田が消えた。

「明石は俺の用事だ。ちょっと顔貸してくれねえかな。同盟司法局の本部で面接試験だとさ」

 重要なことをあっけらかんと言う嵯峨らしいその態度に一同は顔を見合わせる。

「面接……ですか?」 

 豆鉄砲を食らったようにつぶやく明石。

「ああ、増設予定の実働部隊の隊員候補を選ばにゃならんだろ?元々部隊活動規模は四個小隊を基本に据えてあるんだから」 

 明石の顔を見て困ったような表情で嵯峨がそう言った。そしてようやく上司の意図がわかったのか、明石の表情が明るくなる。サングラス越しだというのに反応がわかりやすい明石に誠はまた噴出しそうになってこらえるのに必死だった。

「ようやく同盟も重い腰あげよったわけですか」 

 うれしそうに立ち上がる明石にどこか不安げな視線を向けるカウラ。小隊増設と言うことで古参の小隊長としての心構えが出来ていないというように視線を誠に向けてくる。

「大丈夫ですよ」 

「そうか」 

 誠とカウラのやり取りを不満そうに見つめている要に思わずうつむいてしまう誠。

「そんじゃあ海、楽しんできてよ」 

 嵯峨は軽く手を振りながら明石をつれて出て行った。

「なんだか腰折られたな」 

 喧嘩のタイミングを失った要がぼんやりと天井を見つめている。一回、誠がその髪型を「変形おかっぱ」と呼んで張り倒された耳元の髪が襟元まで届くのに後ろは少し借り上げているスタイルの黒い髪がなびく。

「それにしても、誠のお袋。若かったよなあ……本当にオメエのお袋か?姉ちゃんじゃねえのか?」 

 先週、コミケの前線基地として誠の家の剣道場が使用された。職場の上司が来ると言う事で神前家は上へ下への大騒ぎだった。こう言ったお祭り騒ぎを仕切る事に慣れている誠の母、神前薫は上機嫌でアイシャや要を受け入れた。炊き出しや道場で仮眠を取るブリッジクルーの為の布団運びを笑顔で引き受けて動き回ったのを思い出して恥ずかしくなる誠。

 また彼女は色々と要やアイシャ、なぜかついてきたカウラなどを喜んで世話していた。本来は家族の話は地雷である要から、そんな話が出てきたと言う事で少し不思議に思いながら、その場の全員が要の方を見やった。

「そう言えばそうよね。お化粧とかしないって言ってたけどホント?」 

 アイシャが誠に話を振る。誠はしばらく意味がわからないと言う表情を浮かべた後、昔からの母の姿を思い返してみる。

「そうですかね。特に気にした事は無いですけど」 

「確かにどちらかと言うと、お母さんと言うよりお姉さんよね。色々お世話になったから今度挨拶に行かないと」 

 高校時代から誠の実家に遊びに来る同級生達と同じ台詞である。確かに父の誠一と比べて、母親の面差しが物心付いた頃から変わらないのは気になっていた。しかし深くその事について考えた事は今まで無かった。

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