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保安隊海へ行く 3

 例えば西園寺要大尉。幼い頃のテロで体のほとんどを失い、サイボーグとなった彼女は日系人が多く居住する第四惑星「胡州帝国」の出身である。父は現胡州帝国宰相、西園寺基義。勘当状態の彼女は西園寺政権と対立関係にある胡州陸軍に入隊、汚れ仕事の非正規特殊部隊で暴れ周り、部隊解散後も通常部隊からお荷物扱いされて叔父の保安隊隊長の嵯峨惟基特務大佐に引っ張られてきた問題児である。

 誠のもう一人の上司、カウラやリアナを頂点とする運用部の面々がたどった道のりは少し複雑だ。20年前の第二次遼州大戦。外惑星系のコロニー国家、ゲルパルト共和国は兵士不足を補うために戦闘用クローンの開発を行っていた。そこで製造された兵士は技術的問題から女性兵士が多かった。ほとんどの彼女達は製造した研究所の培養液の中で終戦を迎えた。占拠した地球軍や遼北人民共和国、西モスレム首長国連邦、大麗民国などで矯正教育を受けた後に遼州星系の国家に引き取られた。

 建国以来、他国への不介入を国是とした東和共和国は、志願者不足に泣く東和軍に彼女達を多く受け入れた。そのため彼女達は東和軍の軍籍を持っていることが多い。ただし、多くの彼女達『ラストバタリオン』と呼ばれる人造兵士は人格を持った人間である。その後の環境に対応するために努力したことは誠も良く知っていた。

 ただし、アイシャのオタクぶりとリアナの毒電波演歌は常軌を逸していた。

 アイシャの名前も保安隊に入ってから幹部要請校の仲間に確認すればすぐに彼女が独自の情報網を駆使して同人誌の売り上げ向上に努めているとの話を聞いていた。さらに先日のコミケでも客の半分は東和軍の関係者、特に女性の『ラストバタリオン』で占められているのには驚かされた。そしてリアナの音痴は押しの弱い誠はいい標的だった。さらに彼女の夫、鈴木健一が誠の出身大学、東都理科大学の野球部の先輩と言うことで、配属後二月でもう6回もそのリサイタルにつき合わされている。

 一方、技術部部長の許明華大佐は中華系の遼北人であり、アサルト・モジュール、東和名称「特機」開発の遼北人民共和国の第一人者と言うところまでは問題なく聞こえる。しかし彼女を見ていると、開発本部との衝突で島流しにされたと言う噂も納得できる。ひたすら強気、傲慢で高飛車。それが彼女のクォリティーだった。

 保安隊の影の女帝、隊員の多くが彼女をそんな存在だと思っていた。

 誠が住んでいる保安隊下士官寮の寮長島田准尉は、彼女が保安隊所有の特機、『05式』の部品の一つ一つの精度を島田達に調べさせ、一つ一つに関して製造工場である隣の菱川重工豊川の工場責任者に土下座させたと言う話がまことしやかに語り継がれていると言ったが、たぶん事実だと誠はにらんでいた。

 まったくこの人選には明らかに『当世一の奇人』と呼ばれる保安隊隊長嵯峨惟基特務大佐の威光が反映しているとしか誠には思えなかった。

 そんな事を誠が考えている間にも、要とアイシャの漫才は続いていた。

「それじゃああなたも来ればいいんじゃない?」 

「おお!上等じゃねえか!神前!終わったら付き合え」 

 ヒートアップして売り言葉に買い言葉、おそらくいつも通りアイシャの挑発に乗った要が後先考えずに受けて絶ったのだろう。

「西園寺の。勝手に決めんな。野球部の練習は……」 

「黙れ!タコ!」 

 くちばしを挟んだ明石をあっさり蹴散らす要。剃りあげられた頭と無骨なサングラス。そして2メートルを優に超える巨漢の明石の迫力にも要が屈しないのはいつもの光景だった。

「じゃあパーラの車で行きましょ!いいわねパーラ?」 

 8人乗りの四駆に乗っているパーラはこういう時はいつでも貧乏くじである。『不幸といえばパーラさん』。これは保安隊の隊員誰もが静かに口伝えている言葉である。

「じゃあ私も行こう」 

 要の挑発的な視線を胸に何度も喰らっていたカウラが立ち上がった。

「おい、洗濯板に何つける気だ?シャムとお揃いのスク水でも着てる方が似合ってるぞ」 

 豊かな胸を見せ付けて笑い飛ばす要。睨み返すカウラ。どうやら水着を買いに行くかどうかで揉めていたらしいとわかると、誠は呆れた顔で要達を見ている自分に気づいた。そこでとりあえずいつもと同じようにゆっくりと立ち上がって二人の間に立つ。

「分かりましたから、喧嘩は止めてくださいよ」 

 どうせ何を言っても要とカウラとアイシャである。誠の意見が通るわけも無い。だがとっとと収拾しろと言うような目で吉田ににらまれ続けるのに耐えるほど誠の神経は太くは無かった。そしてなんとなく場が落ち着いてきたところで思いついた疑問を一番聞きやすいリアナに聞いてみることにした。

「こんなに一斉に休んで大丈夫なんですか?」 

 白い髪と青い目。普通に生まれた人間とは区別をつけるために遺伝子を操作された存在。だと言うのに穏やかな人間らしい表情で自分の後進達のやり取りをほほえましく感じて見守っている。そんなリアナが誠に目を向けた。

「知ってるでしょ?『近藤事件』での独断専行が同盟会議で問題になってるのよ。まあ結果として東都ルートと呼ばれる武器と麻薬の密輸ルートを潰す事ができて、なおかつ胡州の同盟支持政権が安定したのは良かったんだけど、やっぱり隊長流の強引な手口が問題になったわけ。まあいつものことなんだけど……」 

「そうだったんですか」 

 誠が簡単に納得したのを要が睨みつける。

「どっかの馬鹿が法術使って大暴れしたせいなんだがなあ!」 

「助けられた人間の言う台詞じゃないな」 

 カウラの一言にまたもや要とカウラのにらみ合いが始まる。リアナは見守ってはいるがいつも通り止める様子は無い。

「喧嘩はいけないの!」 

 シャムの甲高い叫びがむなしく響いた。

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