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保安隊海へ行く 2

「それで先生。相談なんだけど……」 

 アイシャが誠が座っている椅子に向かって歩いてくる。いつものように黙っていれば保安隊一の美貌の持ち主である彼女に迫られて誠は動揺していた。

「あのー、アイシャさん。僕の事『先生』て呼ぶの止めてくれませんか?」 

 誠のと言えば部隊内での評価は野球部のピッチャーであり漫画を描けると言うことにある。大学時代にも野球部でエースを務める傍ら、東都理科大の漫画サークルでそれなりに知られていたことはいい思い出だ。しかし同人誌の買い手にアイシャ本人が居た事は部隊配属まで知らなかった。こちらは下士官、アイシャは佐官。さすがに『先生』呼ばわりは気が引けた。

「それじゃあ誠ちゃん。お願いがあるんだけど」 

 誠ちゃん。そう呼んだ時に要とカウラが気に障ったとでも言う様な視線を投げる。アイシャはそれを無視すると、誠の手を握りしめた。

「あ、え、その。なんでしょうか?」 

 針のムシロ。明石、吉田、島田の男性陣は明らかにざまあみろというような顔をしている。

「実はね……いい水着が無いのよ。お願いだから……一緒に買うの付き合ってくれる?」 

 突然のアイシャの言葉に誠はただ呆然と彼女の切れる様な鋭い視線に戸惑うだけだった。

「おいおい。オメエ去年はシャムとお揃いの着てなかったか?」 

 タレ目の要がそう突っ込みを入れる。隣でカウラが頷いている。どちらも明らかに動揺している。そして同じく誠の動揺も隠すことが出来なくなってつい、汗が流れているわけでもないのに左手で額を拭っていた。

「あれは……」 

 今度はアイシャが動揺している。度胸の据わり具合は隊でも屈指の彼女が珍しく動揺しているのを見て誠は部屋を見回した。要がいかにも納得したと言う表情で頷いているのが見える。

「シャムさんと同じって……?」 

 誠はシャムのほうを見る。そして彼女の笑顔を見るとすぐにその答えが予想できた。

「やっぱりスクール水着にキャップは欠かせないでしょう!」 

 予想通りのシャムの反応。確かに身長138cmに幼児体型のシャムには似合うだろう。だが恥ずかしそうに視線を落とすアイシャ。均整の取れた女性らしいアイシャが着るのは少し無理があるように誠でも思ってしまう。

「オメエ等、一緒に地元の餓鬼と砂の城でも作ってろ。アタシは……」 

 誠を眺めていた要がカウラの方を向いた。そして満足げな笑みを浮かべながらその平らな胸を見つめる。カウラはその視線に気づいて慌てて自分のコンプレックスの源である胸を隠した。

「なんだ、西園寺。私は何も言っていないぞ……」 

 そう静かに言ってはいるが、カウラのこめかみが動いている。いつもはクールなカウラが動揺する姿に目が行きそうになる誠だが、さすがに上司のコンプレックスを刺激する趣味は誠には無かった。そして同時に部屋の空気がいつものだれた調子に落ち込んでいくのを感じていた。

 誠が部隊に配属されてから一月強、ここがかなり変わった部隊である事は分かっていた。保安隊は同盟司法局直系の機動部隊である。司法執行機関として大規模テロ対策、紛争阻止、治安出動を目的とする実力部隊。それに見合う技術を求められる部隊である以上、遼州星系同盟所属の各国からの選りすぐりが呼ばれているという名目にはなっている。

 しかし、それなりの人物なら加盟国の軍や警察が手放すわけも無い。同盟司法局と言う新参の役割自体が謎だった部隊に優秀な人材を提供するほどお人よしの組織などありえない。

 さらに遼南帝国皇帝の地位を捨て、下野したことで疑心暗鬼を生んでいた嵯峨惟基大佐をその頭目に据えた組織が出来上がるうちに、顔の利く遼南帝国から伝説のハッカーである吉田や帝国青銅騎士団の団長であるシャムなどをヘッドハンティングした所でこの部隊は変人の巣窟となる運命だった。

 嵯峨の親友である赤松忠満海軍中将の居る胡州帝国は明石を副長として確保した。彼もまた一筋縄ではいかないが赤松中将の子飼いの人物でありいかにも保安隊にふさわしい人物だった。

 胡州の最高学府帝国大学を学徒出陣で中途修業で出ただけあり、見かけは暴力団の若頭と言う雰囲気だが折衝能力には定評があり、『近藤事件』の幕引きのために胡州と同盟軍時局などとの調整を行った腕前には誠もそれまでの明石のイメージを切り替えたほどだった。

 それでも趣味の野球にかける大げさすぎる情熱と実際に20年ほど前の大戦が終結してからテキヤをやっていたと言うことが納得できるような胡散臭い雰囲気は消すことが出来なかった。そしてそこですべての人選の方向が決まってしまったことは、新入りの誠から見ても明らかだった。まさに個性のある人物ばかりが群がった集団。それが遼州保安隊だった。

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