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保安隊海へ行く 15

 顔を上げた要。空気の読めない鈴木夫妻以外は状況を静かに見守っている。

「そうだよな!まあアタシの采配の妙で勝敗が決まるといっても過言ではないわけだ」 

 小夏が付き出しを持って来た。彼女もまた何時もの噛み付くような視線で睨まれる事も無い事に驚いているように誠には見えた。

「ご注文は?」 

「おい、アイシャ。オメエが選びな」 

 小鉢を配っていた小夏がその言葉に目を丸くする。カウンターの向こうの女将の春子と料理長の老人、源さんも目を丸くしている。

「いいのね?」 

 アイシャは比較的早く冷静さを取り戻していた。それ以前にこれが彼女の狙っていた状況だった。誠から見てもアイシャの脳がすばやく計算を始めているのが良くわかった。

「二言はねえよ!好きなの頼みな。とりあえずアタシはいつもの奴だ」 

 隣のテーブルで様子を覗っていたキムとエダが不思議そうに誠達のテーブルを覗き込んでいる。すぐさまカウンターにホワイトラムのボトルが並び、小夏がそそくさとグラスとボトルを運ぶ。

「なんだよ。頼めよアイシャ」 

 一人、手酌でグラスにラム酒を注ぐ要。さすがにここに来て異変に気付いたのか、目を丸くして要を見守る鈴木夫妻。

「あのー。そう言えばなんで西園寺さんが監督なんですか?確かにノックとかバッティングピッチャーとか頼んでおいてなんですけど……明石さんがやってると思ったんですけど」 

 沈黙は避けたい。それだけの思いから誠はそう口走っていた。普段なら一喝されて終わりと言うところだが、明らかに要の機嫌は良くなっていた。

「いい質問だな。義体使用者がスポーツの大会とか出れないのは知ってるだろ?」 

「まあ、当たり前ですがね」 

 相槌を打ちながら誠は要を観察した。タレ目の目じりがさらに下がっている。島田が『西園寺大尉ってエロイよな』と下士官寮で話していたのを思い出し、何となく納得する誠。そんな誠を気にすることなく要は話を続ける。

「まあだからスポーツとか興味は無かったんだがな。中坊の時、修学旅行先が地球の日本の京都へ行ったんだ」 

「へえ、さすが胡州修学院中等部ね。修学旅行が地球なんて」 

 さすがのリアナも感心するのは当然だ。誠の区立中の修学旅行は東和国内である。まあ胡州の名門貴族の為のお嬢様学校と比較するのが間違っている。誠はそう思い直してラム酒を口に含んではその中で転がすようにして飲み続ける要を見ていた。

「その時、同じ班の連中が嫌いだったから、抜け出して大阪に言ったんだ。そしたらそこで縦じまの応援団に囲まれてね」 

 そう言うと要は静かにタバコを口に持って行った。タバコ嫌いのリアナも、周りの雰囲気がわかったのか、灰皿を要に差し出した。

「まあ聞いてはいたんだけどさ。なんかこう楽しいのなんのって。ああ、あれは確か巨人戦だったかな。まあ試合も最終回でサヨナラホームランが出て大盛り上がりでさ」 

 そう言うと要は携帯端末を取り出す。目の高さに拡げられた情報ツールを動かす。そこには昨日試合のタイガースのスコアーブックがあった。

「こんなの付けてるんですか?」 

 試合開始の一球目から、最後まで。事細かなコメントが入れられている。

「ファンなら当然だろ?お前はどこのって、地球の事まで関心ないか」 

 要はそう言うとグラスに残ったラム酒を飲み下した。

「要さんって結構まめなのねえ」 

 女将の春子がジョッキのビールを運びながら要の前の画面を見入っている。誠はその中のコメントを見ながら、感情的な要にしては冷静なコメントがなされているのに驚いた。

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