保安隊海へ行く 14
「師匠!」
あまさき屋に一同が入ると調理場から小夏が駆け足でシャムに向かってくる。
「ナッチー!店空いてる?」
シャムが走って行き何時ものようにがっちりと抱き合う。そしてそれを見て要がいつも通りの生ぬるい視線で二人を見ているのを見つけた誠。なんとなくそんな不愉快そうな感じを滲み出しているのが要らしくて安心できる。そんな自分に笑いがこみ上げそうになる誠だった。
「ヤッホー!」
奥のテーブルで手を振る白い髪の女性。それがリアナだと誰にでもわかる。正面に座っているワイシャツのがっちりした体格の男性は何度か誠も会ったことのあるリアナの夫鈴木健一だった。そしてその隣には技術部小火器管理主任のキム・ジュンヒ少尉と運行部でアイシャの副長昇格で正操舵手となったエダ・ラクール少尉がたこ焼きをつついていた。
「言っとくが、奢るのはお前らだけだぞ」
言葉はきついが要の表情はどこかしら余裕があった。アイシャは少しばかり狙いが違ったという顔をしながら店に入る。
「アイシャちゃん!こっちよ!」
リアナがまた手を振った。そして照れ笑いを浮かべている鈴木。
「誠ちゃんにはちゃんとした紹介はまだだったわね。これが健一君よ」
いつもほんわかした調子のリアナがさらにほんわかした調子で紹介する。頭を掻きながら握手を求めてくる鈴木に答えるように誠は右手を差し出した。
「君が神前君か。何度か法術系の開発装置の試験では顔は見たことはあるんだけどね」
誠の手をしっかりと握り締める鈴木。大学の先輩でもあることは知っていたのでどこか恥ずかしい気持ちになるのを感じる誠だった。
「実はね。僕は君が二年の時だと思うけど、『理科大最強の左腕投手が活躍してる』ってネットで見て、リアナさんと応援に行ったことがあるんだよ」
にこやかに笑う鈴木。野球の話になると思って少しうんざりした顔になるサラと島田。だが真剣な顔つきの要を見ると二階の座敷に上がるわけにもテーブルに腰掛けるわけにも行かず、ただ二人の会話が終わるのを待とうという雰囲気に流され始めていた。
「今度もうちのエースなのよ。明石君が彼のこと買ってて、秋の都市対抗予選は誠君がエースナンバー背負う事になるみたいだし」
そう言うとリアナはうれしそうに突き出しを箸で掴む。
「そうすると敵同士か。うちの野球部はセミプロレベルだからな。いい試合期待してるよ」
そう言ってビールを口に運ぶ鈴木。仕方がないというように島田とサラがカウンターの椅子に腰掛けた。
「ワイワイやろうや。このテーブル良いんだろ?」
そう言うと要が四人がけのテーブルを確保する。そしてそのまま隣に誠を座らせたので、意地になったアイシャが誠の正面に、成り行きでカウラはその隣に座っていた。
「菱川重工はOBが多いですからね」
誠の席から正面に見えるリアナにそう言うと満足げに彼女は頷いた。そんな中、要は何か小声で小夏と話をしていた。
「まあね。特機開発三課、今はうちの担当は09型の法術戦想定のタイプの開発中さ」
そう言うとこの店の女将の家村春子が運んできた二皿のたこ焼きを手に取る。リアナの前に一皿を置くと、春子に開いたジョッキを手渡してお代わりを頼む。
「しかし、君のデータは実に興味深いよ。正直、あのサーベルは法術効率が悪すぎて、僕は実戦投入には反対したんだがね。それを見事に使いこなす力は大したものだ。あれくらい活用してくれると開発者冥利に尽きるというものだよ」
誠はふと気付いて要の方を見た。明らかに今日の機嫌の良さが消えていた。その顔には明らかに『仕事の話はするな』と脅迫してくるようないつもの凄みがある。
「要ちゃん。野球部監督がだんまりなんて面白くないじゃない。誠君のことは一番わかってる要ちゃんなんだから、健一君にもっと教えてあげてよ」
リアナは要が少しさびしそうにしているのに気がついて要に声をかけた。
「はあ、まあアタシよりもカウラの方が良いんじゃないですか?」
少し斜に構えたような言葉尻に少しばかりアイシャが困ったような顔をしているのが誠から見えた。




