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保安隊海へ行く 12

「そう言えば隊長は盆休み取りましたよね。今年も」 

 吉田が静かにそう尋ねる。頷きながら嵯峨はタバコを取り出した。そして書類の山の下から使い捨てライターを取り出し、すばやく火をつける。

「まあな。かみさんの墓参りさ。結局、今年は線香上げてとんぼ返りになったがな」 

 嵯峨の妻、エリーゼ。当時の外惑星の軍事大国、ゲルパルトの名門ベルン公の姫君であり、遼州星系の社交界の花。吉田も明石も目の前の若く見えるとは言え、年中無精ひげを部下から不快な目で見られてもニヤついて返す中年男。日常的に腰からタオルをぶら下げて健康サンダルの間抜けな音を立てながら本部を歩き回る奇人。そんな彼がマスコミを騒がせたラブロマンスの主人公だったことなど信じてはいなかった。

 嵯峨の養子として入った西園寺家の当主西園寺重基を狙ったテロで茜と楓、二人の娘をかばって死んだ彼女。それが目の前の上司を変えるきっかけになったのだろうと吉田と明石は黙ってタバコを吸う嵯峨を見つめていた。

「タコ。お前の兄貴、結構反省してたぜ?帰ってやれよ。それに甥っ子も来年小学生だってよ」 

 自分の話題を振られることを恐れてか、すぐさま嵯峨はそう言った。明石は光る頭をなでながら苦しそうな笑みを浮かべる。胡州帝都大学文学部インド哲学科を学徒出陣で繰上げ修了。その後、実家の寺をめぐり兄夫婦と喧嘩同然に家を出てから、明石は一度も実家に帰っていなかった。今度はそのことで攻められると思い、明石はすぐに話題を変えようと知恵を絞った。

「ワシより西園寺の方に言うたほうがええような気がするんですけど」 

 苦笑いの中で明石は話題を要の話に変える。だがそれは西園寺一門の一人である嵯峨の身内の話として彼の表情を複雑な笑いへと変えてしまった。

「要にゃあちょっとねえ。俺もできれば西園寺の家には近づかないようにしてるから」 

 嵯峨はそう言うと灰皿にまだ長いタバコを押し付けてもみ消した。そして少しいらだっているかのように、次のタバコを取り出すと先ほどと同じように火をつける。

「明石。そう言えば来週お前さん休暇取ってたろ?何すんだ?」 

 嵯峨の口元に笑いが浮かぶ。明石は吉田の方を見つめた。剃りあげられた禿頭とサングラスで無骨を装う明石の顔が赤らむのを吉田はすべてわかっているかのような笑いで応える。

「一応、プライバシーって奴でして……」 

 じっと二人に見られて冷や汗を流しながら明石が答える。

「そうか……じゃあそう言う事でいいや」 

 明らかに何かを理解したような嵯峨。

「そうですね。そうしといた方が面白いしな」 

「なんじゃ!吉田。そのなんか見通した顔は!ワシは大佐殿と……」 

 ハッとした表情を浮かべる明石。大佐、すなわち明華と何かをするという事実を明石の口から引き出したことだけで嵯峨と吉田に満足そうな笑みが浮かぶのは当然だった。

「俺がなんかした?なんでオメエとお出かけしなきゃならないんだ?」 

 嵯峨のわかりきっている質問。さらにうろたえる明石。

「隊長以外の大佐と言えば?」 

「明華だよな。で、明華と……何処行くんだ?」 

 嵯峨は明らかに楽しんでいると言った表情で明石を見つめる。

 逃げ道は無い。そう思ったときには、さすがにそれ以上突っ込むのは悪いと思ったのか、隊長の机の上に映るアニメショップの映像を眺めている嵯峨が居た。

「勘弁してえな……」 

 半分泣きながら明石はそう呟いた。

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