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車を運転するピエロというのは、傍目にはいかがなものだろう。後部座席のポケットに運よく残っていたマスクでメイクを隠しているが、注視されればすぐにばれる。目立つ執事服のジャケットは高安に被せた。
その下から時々、ぐしゃという水音と堪えるような嗚咽が聞こえてくる。
更衣室のロッカーに立ち寄る余裕はなかった。スマホも財布も着替えも、すべて置き去りにして病院を飛び出したのだ。ズボンのベルトにチェーンでつないでおいた家と車の鍵だけが救いだ。行き先など決まってはいない。そもそも連れ出してくれと頼んだ本人が後部座席でダウンしている。
大通りから抜けて、人気のないコンテナ倉庫の前に車を停めた。
「なあ、俺はどこに行ったらいい?」
対向車が見えて、斎藤は後部座席を振り返る格好で顔を背けた。高安は答えない。繰り返す浅い呼吸が震えていた。
「分かった。じゃあ、俺の家に行くぞ」
移動手段以外に自分たちは何も持っていない。これからどうなるのか、何が必要になるのかも分からないが、じっとしてはいられなかった。
極力大きな道を使うことは避けた。普段は使わないルートをカーナビとにらめっこしながら走り、いつもの倍近い時間をかけて自宅に到着した。周囲に誰もいないことを確認すると、築数十年のボロアパートの二階まで、高安を抱えて走った。焦りすぎて鍵を取り落しながらも、なんとか玄関になだれ込んだ。
「おい、生きてるか?」
「だから、勝手に殺すなっての」
目元が赤く腫れているものの、高安は落ち着いていた。離せともがく体をそっと下ろす。
「ベッド使っていいから、横になってろ」
素足で短い廊下を進む背中に声をかけて、斎藤は洗面所に入った。マスクをはぎ取り、せっけんを乱暴に泡立てごしごしと顔料を落としていく。水が飛び散るのも構わず洗い流して、ようやく一息つけた。
鏡の中から、少し色黒い男が斎藤を見つめ返してくる。良かった、思っていたよりも顔色は悪くない。頬を叩いて気を引き締めた。
高安は大人しくベッドの上で寝ていた。ただし、眉間にしわが寄っているせいで、寝ているというよりも何かに耐えている様子だ。
「疲れたか」
「そこそこには」
「そうか」
小さく頷いて、高安が体を起こした。
「話があるんだ」
「そのままでいい」
床に降りようとする体を押しとどめてベッドの縁に座らせると、斎藤も隣に腰を下ろした。
「まず、ありがとう。病院から出してくれて」
「おう」
「とりあえず、最寄り駅の場所を教えてくれないか?」
「なんでとりあえず駅の場所聞くんだよ」
身長の差があるため、真横に座る高安の表情は読みにくい。うつむいた拍子に髪が垂れて、顔が完全に見えなくなる。
「子どもの足で逃げようってんなら、電車かバスしかねぇだろうが」
「逃げる?」
「あんたに迷惑はかけない」
「待て待て待て待て」
話についていけないと、斎藤はこめかみを指で押さえた。
「お前、金持ってんの?」
「持ってるわけねぇだろ」
「じゃあ、どうやって電車やバスに乗るって?」
「ばれねぇように忍び込む」
「そんな漫画みたいなこと、できるわけないだろ」
まだ湿る前髪をかき上げ、がしがしと乱した。
「一応聞いておく。お前、病院出てからどうするつもりだったんだ」
「どこか、遠くに行くつもりだった」
「どこかって、どこだよ」
「逃げられるなら、どこでも」
「なにから逃げるっていうんだ」
「なにもかもから」
「なんだよ、それ!」
「聞いてくれ」
斎藤を諌めるように、手を掲げた。
「連れ出してくれた以上、あんたには全部話しておきたい」
よくある話だと前置きして、高安は語り出した。
「気づいてるかもしれないが、俺の家はそこそこ金を持ってる」
「だろうな」
「父さんが株で大儲けして、一代で金持ちの仲間入りをしたらしい。それが、母さんと再婚する前の話。もう六十の爺さんだよ。俺は前の嫁が残した姉妹と一緒に育てられた」
何度も話してきたことのように、語りは流暢だ。
「仲が悪かったのか?」
「そんなことはない。姉さんたちは母さんに懐いたし、母さんもみんなに優しかった。父さんも……、父さんも優しかった。だけど、俺のことはちょっと嫌っていた」
「なんでだ?」
「性格が合わなかったんだよな、俺たちは」
本当に十歳の子どもかと疑いたくなるほどに淡々と、自身の生い立ちを語る。
「ある日、俺の体は食べ物を受け付けなくなった。食べることはできても、あとで吐いちまった。体調不良だと思ったけど、三日たっても一週間たっても治りゃしない」
「それは、今もか?」
「拒食症だって、診断されたよ」
食べることは好きだったし、すでに痩せていたからむしろ太りたかったのだと、口を開けて笑う高安の頬が、薄い肉のせいで落ち窪んで見えた。視線が下に落ちていき目に留まったのは、今はごみ入れとして使われている、かつてはパンとお菓子でいっぱいだった紙袋であった。
「俺、そんなことも知らずに食えだなんて」
「知らなかったんだ、仕方ないだろ」
斎藤は仰向けに寝転がった。スプリングの軋みが収まってから、高安は話を続ける。
「元々体は強くなかったし、即入院が決まった。それが一年くらい前になるのかな。退屈でよく部屋を抜け出してた。あの頃はまだ点滴もなかったしな」
当時を思い出したのか、細く、骨の浮いた脚をぶらつかせた。
「初めは頑張って食ったんだよ。病院食ってまずかったけど、拒食症の人間に適したもんだとかで、吐く回数は少なかった。でもそのうち、食べ物の味が分からなくなっていきやがった。味はあるって分かるんだが、甘いとか辛いとか、舌が麻痺したみてぇに曖昧になった」
「味覚障害ってやつか?」
「さぁな。でも、同じ説明をしたら次の日から点滴がつけられた。食事の量は変わらなかったが、口に入る量はどんどん減っていった。何を食べても吐いちまう。コップ一杯の水を飲んでも、胃がひっくり返ったみてぇに吐き気がした。そうこうしてるうちに、このざまだ。専属の看護師をつけたからいいとでも思ったのか知らねぇが、父さんは一度も俺の顔を見に来やしなかった。そういえば、母さんと姉さんも来なかったな。あいつに止められたのか、自分たちの意思かは知らねぇがな」
斎藤は想像した。
広くて埃っぽい部屋で、日に日に細くなっていく体を持て余し、壁越しに聞こえてくる同年代の子どもの、走り回る音や家族との会話を聞きながら、高安は来訪者もなく、一人読書をする……。
「ずっと、一人だったのか?」
「その言い方はやめろ」
「ごめん」
盛大に鼻をすする音に高安が振り返ると、斎藤は両手で顔を覆い涙していた。大粒の涙が頬を伝ってシーツに染みを作っている。
語るうちに熱いものがこみ上げていた高安だったが、大の大人の、しかも男の号泣を前に、完全に泣くタイミングを逃してしまう。
「泣くな、うぜぇ」と蹴ってきた高安を、しかし叱ることはせず、斎藤は小さな体を力いっぱい抱きしめた。苦しいと背を叩かれるのもお構いなしに、わぁわぁと泣いた。
「泣きすぎだよ、あんた」
「お前が泣かなさすぎるんだよ、馬鹿」
「そんなことねぇ」
「だめだー、ぜんっぜん止まらねぇよ」
涙と鼻水が拭っても拭っても止まらない斎藤を見て、被害を受けるのはごめんだと、高安は身をよじって拘束から逃げ出した。
「そんなに、俺が哀れか」
自虐的に、乾いた唇が三日月の形を成す。
「あの看護師も俺のことを知って泣いた。かわいそうな子だってな」
「馬鹿野郎、俺は悲しんでんだ」
「同情で泣いてんなら、もっかい蹴るぞ」
「だから、悲しいんだって言ってんだろ」
「悲しい悲しいって、結局かわいそうな奴だって思ってんだろ!」
「誰かのために泣いて何が悪い!」
じん、と薄い壁が震える。それほどの大声であった。見上げる高安の顔が、みるみるうちに歪んでいく。
突き放すように立ち上がった斎藤は、執事服を脱いでジーンズとポロシャツに着替えた。転がっていたリュックサックを引っ掴み、振り向きざまに高安を睨む。
「コンビニ行ってくる。勝手に出てくんじゃねぇぞ。話はまだ終わってないからな」
そう吐き捨てて、出て行った。
施錠の音を聞きながら、高安はゆっくりと顔を上げた。
泣いたせいで少しぼんやりとする頭で部屋を眺める。ほどよく散らかったワンルームのベランダは締め切ってある。両隣の部屋から生活音は聞こえない。
(何も知らないくせに)
看護師は自分の事情を全て知ったうえで泣いた。お愛想だとバレバレだった。だけど、斎藤は違う。誰かに怒鳴られたのはいつぶりだろうか。肩口の湿った感触は、別な人間の涙だった。
「喜んでんじゃねぇよ、俺」
ベッドに身を沈めて目を擦った。多少快方に傾いたとはいえ自分は病人である。泣くという行為は結構体力を使う。
(ここを出る前に少し休んでおこう)
迷惑はかけない。その意思は変わっていない。しかし病院の布団よりも固いマットレスの寝心地が思いのほか良くて、瞼を閉じた瞬間、高安は深い闇の底へと引っ張られていった。
――このときさっさと出て行けば、未来は変わっていたのだろう。
がたんっ、という大きな揺れで高安は覚醒した。視界の大半を占めるのはアパートの天井ではなく、ワゴン車のシートと薄い毛布の網目だった。
「起きたか?」
運転席の斎藤が一瞬だけ振り返る。なぜか薄い色のサングラスをかけていた。老けて見えるなと、混乱しつつも高安は思った。
「なんで車に」
そう言いかけたのを、先を越される。
「説明は後でするから、ちょっと屈んでてくれないか」
警察に見つかりたくないだろ? トーンを落として告げられては、従うしかない。高安は座席の足元に膝を抱えて座った。外の様子などほとんど分からない。窓からかろうじて見えるのは、短い間隔で去っていく街路樹と建物の壁ばかりだ。
そんな景色が少し遠のいて空が目立つようになったころ、車は坂道を上り、減速して、またすぐにスピードを上げた。
「もういいぞ」
斎藤はバックミラー越しに、サングラスの奥の目元を緩めた。どこか楽しそうなのは気のせいだと思いたい。
「シートベルト締めろよ」
「そんなことより、ここどこだよ」
「高速道路だな」
「それは見りゃ分かるっての」
果てしなく続く平べったいアスファルトの上を何台もの車が走っていた。渋滞するほどの数ではないが、混んでいないというわけでもない。
高安は座席に座り直して、運転席を軽く蹴った。
「説明してくれんだろ?」
「そうだな」
「なにかあったのか?」
「ちょっとコンビニで」
「コンビニで?」
「警察のお兄さんに声を掛けられた」
「はぁ?」
ドラマのような展開に思わず殴り飛ばしてきてしまったと言う。何が思わずだ、立派な暴行だ、公務執行妨害だ。
「なんで警察が?」
「誘拐犯のアパートの近くだからじゃないか」
「誘拐?」
「どう考えても、俺がやってんのはそういうことになんだろ?」
「違う、誘拐なんかじゃない!」
「誘発したお前が言っても説得力ねぇよ」
「笑い事じゃねぇ」
身を乗り出して斎藤の肩を掴み、短い爪を立てた。
「警察は、あんたをもう、知ってるってことなのか?」
「顔見てから声掛けてきたし、そうなんじゃないか? 金下ろしてたら急に肩叩かれたもんでびびったわ」
それから逃げきるまでにああなっただのこうなっただの、状況を事細かに説明し始めるのを制して、
「警察から、逃げてきたのか?」
「そうじゃなかったら、お前を車に乗せてこんなところ走ってないよ」
背後でなにかが倒れる音がした。三列目の座席が折りたたまれて出来たスペースに、コンビニの袋から飛び出た水やスポーツドリンクのペットボトルが散乱していた。
「本当は栄養ゼリーとかも買おうと思ってたんだが、お前が何食べれるか聞くの忘れてたんだよな」
「俺にも分かんねぇよ」
病院で食べていたのは、味気ない粥や、野菜のすりおろしみたいなものばかりだった。多少調味料は使っているのだろうが、コンビニものを自分の胃袋が受け入れるかは、試さないと分からない。
「なら、サービスエリアで色々買って来るから、お前は待ってろ」
「は?」
「金の心配はしなくていいぞ。たっぷり下ろしてきたからな」
斎藤は助手席のリュックサックを叩く。違う、そういうことじゃない。
「そのサービスエリアで、俺は降りる」
「降ろさねぇよ」
「そもそもあんたと一緒に逃げるなんて言ってないだろ」
「一緒に逃げないとも言ってないな」
「大人が屁理屈言うなよ」
「話はまだ終わってないって、言ったよな?」
怒気を孕んだ声に、高安は背中を丸めた。どうしてそこまでムキになるのか。今まで自分が、どれだけ生意気なことを言っても、こんな感情の返し方はしなかったのに。
「……なんで」
問いかけるも、返ってくるのは沈黙だけだった。
重苦しい空気のまま、車はサービスエリアに到着した。
「すぐ戻るから」
エンジンを切り、斎藤は飲食店と並ぶコンビニに駆けていく。途中、一度振り返って、指をさしてきた。
(逃げるなよってか?)
高安はそっと、外の様子を窺った。行き交う人はそこそこいるが、公衆トイレが近い位置あった。あそこに隠れることができれば、どうにかなるかもしれない。意を決してドアを開けた。
その瞬間、けたたましい電子音が鳴り響いた。慌ててドアを閉めるが、音は鳴りやまない。止める方法など知らない。出て行こうにも、人の目は車に向けられている。
しくじった。盗難防止のカーセンサーなど今時どんな車にもついている。なぜ忘れていたのか。浅慮だった自分を責めていると、ふいに静かになった。
「おまたせ」
運転席にのしりと座る影に恐る恐る顔を上げると、斎藤がにやりとしていた。
「早すぎんだろ」
「走ったからな」
確かに息は、荒かった。ビニール袋を押しつけられ、戸惑う間もなく車は走り出した。これでは降りるに降りられない。高安は観念して、頬杖をついた。
高速道路の風景は色気のないフェンスと、だだっ広い田園地帯と、変化の乏しい晴天の空ばかりですぐに飽きたが、気まずくて前は向けない。
「やっぱ逃げようとしたか」
「降りるって言ったろ」
「はいはい」
「馬鹿にしてんのか」
「してないって」
「嘘つけ」
「はいはい」
あやすような対応に腹が立つ。適当にいなされたのが余計ムカつく。だけどムシャクシャした気持ちの中に安堵が含まれているのも事実で、さらに腹が立つ。
「寝る」
「寝るのか?」
「おう」
宣言したその身は、すでにシートベルトを外して横になっている。完全なる不貞寝だ。-毛布を首まで引っ張り上げると、煙草の移り香に嗅覚が反応した。
「エアコン寒いか?」
「そうでもない。けどちょっと煙草臭い」
「喫煙者なもんで」
「体に悪いぞ」
「そうだな」
ほらまた、適当だ。高安は目の下まですっぽりと毛布を被った。
どこに続いているのか分からない道を、車はひたすら走る。フェンスと空しか見えなかった景色は、いつの間にか山に入ったようで、緑が目立つようになっていた。体は気怠いのになかなか寝入ることができなくて、丸くなり、時折夢の淵に引っ張られるようにして時間を過ごした。
細かい振動の後、トンネルに入った。どこに向かっているのか、見当もつかない。しかし行き先を、高安は聞かない。ぱっ、ぱっ、と明滅するオレンジ色が鬱陶しくて目を閉じた。
「寝たのか?」
薄く目を開けると、もうトンネルの外だった。眠りの中に半身浸かっていた高安は、寝返りを打って背を向けた。
「よしよし、ようやく寝たか」
きっとバックミラー越しに自分を見ているのだろう。夢と現実を行ったり来たりしながら、カーナビをいじる音を聞いた。かなり控えめな音量でラジオが流れ出す。
「素足なんだから、何か踏んだら危ないだろうが。ていうか、病院着で外歩いてたら普通に捕まるぞ。認知症のじいちゃんみたいにな」
独り言か、はたまた寝ている高安に語りかけているのか、ラジオにかき消されそうな声量である。
「まだ手ぇつけてないよな」
言わずもがな、食事のことだ。ペットボトルはシートの向こうで散乱したままであり、サービスエリアで渡された袋は自分の足元でぐしゃぐしゃになっている。中身は栄養ゼリーとチョコレート、飴玉だった。
「口で溶かすだけのものだったらいけると思ったんだけどなぁ、無理だったか」
そんなことはない。あまりに食事が摂れないときは飴をもらうこともあった。味はいまいちだったが、それで栄養が摂れるのだと言われた。もちろん市販品ではない。チョコレートは出されなかったが、食べることはできるはずだ。少なくともただの飴よりは栄養価が高い。
「レトルトの粥がなかったのはイタいな。いっそおにぎりでも買ってくればよかったか」
俺のことばかり。自分のことも考えろよ。高安は毛布に顔をうずめる。
「とりあえず服だな、靴も買わねぇと。でも、こいつ車に置いてったらまた逃げようとするかもしれないしなぁ。いっそのこと縛っとくか。いや、それはさすがにまずいよな」
自分を逃がす気はないらしい。少なくとも斎藤は、今後も共に行動することを前提として考えているようだ。
いつまで、どうやって、なんのために、あんたはこんなことをするんだ?
喉まで出かかった言葉を飲みこんで、高安は完全に瞼を下した。ここまで来て、連れ出してくれと頼んだことを後悔していた。何もかもから逃げ出したいという衝動に駆られて願望を口走ったはいいが、逃げるなどという覚悟は全くできていなかった。
それなのに、この男なら本当に連れ出してくれるのではないかという期待が、自分を突き動かしていた。そして高岡は、十分すぎるほど手際よく脱走を手伝ってくれた。
迷惑をかけたくないという思いだけはあった。駅に行ったところでそこから先の道はなかった。忍び込むのが無謀だなんて、自分が一番分かっている。ただ早く出て行かなくてはいけないと、頭に浮かんだ場所をでっちあげただけだった。そして心のどこかで、この男は自分を放り出したりしないとも分かっていた。
「逃げて、どうするつもりだったんだ」
寝てしまいたいのに、声が意識に追いすがって離さない。
「無銭乗車なんて最近の漫画でもやらねぇよ。サービスエリアで降りて、そっからどうするつもりだったんだ?」
(どうもこうも、その先なんてない)
逃げた先に救いがあるなんて思っていないし、漫画や小説みたいな都合のいい展開が現実で起きるわけがないとも分かっている。それを、どうするつもりか、なんて。
「そんなの、俺が聞きたいよ」
唇が音もなく呟く。するとそれが通じたかのように、
「無計画なところは、まだガキだよなぁ」
くくっと声を上げたのを最後に、斎藤は黙った。代わりにラジオのナビゲーターがピックアップした曲が耳に届いた。
何を語っているのかさっぱり分からないが、どこかで聞いたことのあるクラシックのメロディーと落ち着いたアーティストの声と、それに被せて歌う斎藤の声は心地よかった。