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道化の花冠  作者: 道草屋
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2





一週間後、斎藤はピエロとしての役目を果たすべく病院にいた。更衣室で支度を整えて、今は飲み終えたパックジュースのストローを意味もなく食んでいる。


「斎藤君どうしたの?」

「え?」

隣で新聞を読んでいたおばさんは、ぽってりとした頬に手を当てた。


「疲れてる? 大丈夫?」

「なんでですか?」

「なんか、怖い顔してるから」

「そんな顔してますか?」

「してるしてる」


すると、同意の声が次々に上がる。


「メイクも新しくなったんだしさ、そんな暗い顔しないで」

「それにしても上手く描いたわねぇ」

「私たちより上手くできるのよね、斎藤君は」

「お前さんたちよりもよっぽど手先が器用だからな」


それまで見物していたそのおじさんは、この発言のせいでおばさんたちの猛反発を食らうことになった。斎藤はその行方を見届ける前に時間となり、控室を出た。


今日をどうやって盛り上げるか、斎藤はずっと考えていた。怖いと指摘されたのは、ちょうどショーの流れを整理していたときであった。


あれから一週間、あの仏頂面がなかなか消えてくれない。今日は不特定多数の誰かに当ててではなく、あの子を笑わせるためにピエロを演じようと決めていた。メイクもかつらのセットも気合いを入れた。あとは実行あるのみだ。


ピエロに扮した斎藤は、事前に看護師と準備したフロアの一角で子どもたちを待つ。看護師が彼らを連れてくるまでは、椅子に座ってひたすらじっとしているのだが、今日は華やかにして迎えようと、色とりどりの花を出しては、それらを持参のセロハンテープでホワイトボードに貼りつけていった。貼る場所がなくなってきたころ、子どもたちがやってきた。


一身に喝采を受けながら笑顔で振り向くと、視線を走らせ高安を探した。しかし、半円状に座る小さな方々の中にあの痩せぎすの子どもはいなかった。


一抹の不安が頭をよぎる。しかしショーはもう始まっている。斎藤はいつもと同じように両手いっぱいに蓄えた花を、子どもたちの上に撒いていった。白と淡い赤色の入り混じるそれはカスミソウという。


そうしながら、見落としているのかもしれないと目を皿のようにして観察したのだが、やはりいない。終始廊下や大きな方々の後ろに気を配っていたが、結局高安が来ることはなく、手品ショーは終わった。


深くお辞儀をした斎藤は、見えないように表情を曇らせた。今日は来ていないのか、これまでも来ていなかったのか。後者であれば姿がないのは自然なことであるが、痩せぎすの体と点滴がフラッシュバックする。顔を上げた先には、やはりいない。


(まさか、死んだとか?)


なにかしらの病気や怪我を療養するために入院しているのだ。可能性はゼロではない。となると安否を確かめたくなる。


しかし喋らないピエロの姿で子どもと話すわけにはいかない。メイクを落としても不審な男が話しかけてきたと思われてしまう。ならば看護師に聞くしかない。

また派手に散らかしたなと苛立つ彼女たちにどう声を掛けるか考えていた斎藤の足を、誰かがつついた。


「ねぇねぇ」


もしや高安かと振り向くと、見知らぬ少年が二人、きらきらした目で斎藤を見上げていた。脱力すると同時に思い出したのは、あの子どもがこんなに可愛らしい声を出すなどありえないということだった。


「お兄ちゃんどうやって花出してるの?」

「これって本物だよね! すごいね!」

「ねぇねぇ、どうやって出してるの?」

「教えてよ!」

「お兄ちゃん!」


二人はきゃっきゃと足にしがみついてくる。斎藤は心の中で苦情を訴えた。助けを求めて看護師たちを見るが、ちらりと一瞥するだけで近寄ってすらくれない。


(勘弁してくれよ)


無理に振り払って泣かれても困る。かといってこのままでは動けない。執事服のテールを引っ張られているのも気になる。ぴょんぴょんと跳ねる少年たちにいよいよ危機感が募る。


「お兄ちゃん!」

「ピエロのお兄ちゃんってば!」


やれやれというように首を振って、斎藤は柏手を打った。掌が離れると、そこからミヤコワスレの花が落ちた。一つ二つと現れた鮮やかな紫の花に、少年二人はテールを放して手を伸ばす。


その瞬間、じゃあな! と心の中で叫んで、斎藤は一目散に逃げ出した。背後で看護師が何か言っている。


「待って!」


そう言われるとむしろ止まりたくなくなるのが人の性だ。見覚えのある廊下を走り、そのつきあたり、例の部屋に飛び込んだ。


高安は起きていた。突然現れたピエロに「わっ」と子どもらしい反応を示す。


「あんた誰!」

「よかった、生きてた!」

「何の話だ!」

「ごめん、ちょっと匿ってくれ!」

「はぁっ?」


斎藤は備え付けの棚の下にうつ伏せになって体を押し込んだ。埃が鼻腔を刺激する。くしゃみが一つ、もう一つ。袖で口元を覆う。最悪だと毒づいた直後、扉が開いた。


「ノックぐらいしろよ」

 不機嫌極まりない高安の声が床と壁の間で響いた。


「ごめんねー、晶君」


変に抑揚をつけた高い声は、先日自分を追い出した看護師だろう。角度的に彼女がしゃがまなければ見つかることはない。音を立てないよう様子を窺う。良い具合に太腿と臀部の拝める位置を発見し、どうせ動けないならと会話を聞きながら観賞することにした。


「なにか用?」


色をつけるなら間違いなく黄色になる声が、「あのねー」

「ここにね、ピエロのお兄さんが入ってこなかった?」

「ピエロ?」

「そう、安っぽい帽子と変なメイクのピエロ」

「それって、この前の兄ちゃん?」

「そうそう、ふらふらフリーターやってるお兄さん」


言葉の端々に人を馬鹿にする単語を挟んでくる女だ。喧嘩を売っているとしか思えない。飛び出して怒鳴りつけたい衝動に駆られたが、高安が視線で「待てよ」と言ってきた。


「あの人、廊下を物凄い勢いで走って行ってねー」

「へぇ」

「えっとー、それでねー、松葉杖のおばあちゃん突き飛ばして逃げたから、今探してるところなのー」


間延びした言葉の裏で、とりあえず追いかけてきた自分の行為には特に意味がなかったのだと気づいたのだろう。だからといって濡れ衣を着せることはないだろうに。漫画であれば額に青筋が浮くほどに、斎藤の苛立ちは高まっていた。


「この部屋に入ったと思うんだけど」

「さっき来たよ」

「ほんと!」

「でも、俺を見たらまた出て行った」

「どこに行ったの?」


高安は肩を竦める。

「さぁ、トイレとか?」


斎藤には「どこに行ったも何もここはつきあたりなんだから廊下を戻るしか道はねぇだろうが、行き先なんて俺が知るかよこの馬鹿女」というニュアンスがびしびし伝わってきたが、看護師はそうでもないようだった。


「ありがとね!」


元気よく言う。ばたばたと良い造りの足が去ったのをしっかり見届けてから、斎藤はトカゲのように這い出た。立ち上がって一番にしたことは、「俺はやってないぞ」と弁解することだった。傷害の犯人にされたくはない。


「分かってる。小児病棟に松葉杖のばあちゃんがいるかよ」

高安は尤もな意見を述べる。


「てか、あんたが出て行ったなら、自分とすれ違ったはずなのに、なんで気づかねぇの」


馬鹿な女。看護師がいたあたりに向かって呟く。あれは頭が悪いというよりも鈍いと表現するべきだと斎藤は思う。そうなると、なんだか怒るのも馬鹿馬鹿しい気がしてきた。


「鍵、閉めといてくれねぇか?」

「看護師が入れなくなるぞ」

「いいんだよ。あいつ、嫌いなんだ」

「奇遇だな、俺もだよ」


今日のところはもう顔を合わせたくない。げんなりと表情を崩すと、高安も似たような顔をしていた。


施錠の前に顔を出してみたが、廊下は病院らしくいたって静かだった。やはり騒いでいたのはあの看護師だけのようだ。大事にならなくてよかったと胸を撫で下ろした手は、すぐに衣装の埃を払うことに忙殺された。


「病室ならもう少しきれいにしろってんだよ」

「ここの掃除は、あの看護師がやってるからな」

「清掃員は来ないのか?」

「飯でもひっくり返さない限り来ねぇよ」


その口調ではもう実行済みのようだ。専属の看護師かと聞けば、そんなところだと返される。「それより、さっきの生きてたって、なんだよ」


「気になる?」

「さっさと答えろ」


この子ども、気づいてはいたがどうにも口が悪い。


「姿が見えなかったからさ、死んじまったのかと思ってよ」

「何の話をしてんだか全くわからねぇ」

「手品のショーに来てなかったろ?」

「俺、一回も行ってねぇよ?」

「ん、そうか」

残念がったら負けだと、平気なふりを通した。


「あと、勝手に人を殺すな」

「心配したんだよ」

「あっそ」

今度は高安が黙る番だった。


「あのさ」

「なんだよ」

「もうちょっと、ここにいていいかな」

恐る恐る訊ねた斎藤に対して、


「でなかったら、鍵閉めろなんて言わねぇよ」

相変わらず可愛げのない返事であった。


「ありがとう」


斎藤はシルクハットとかつらを取って襟元を緩めた。どちらにも埃の粉が付いていた。まだ鼻がむず痒い。


「あんたほんとに、この前の兄ちゃんか?」

「そうだけど、なんで?」

「メイクしてると顔なんて分かんねぇよ。女と同じだ」

「確かにそれは、言えてる」


ゆっくりと頬をなぞると、指先に白い粉がついた。値段を見ただけで購入したが、もう少し高いものに買い替えるべきか。


「ほんとにピエロやってんだな」

「手品師のな」

「鳩、出せるのか」

「いや、鳩じゃなくて花を出す」


握り拳を作ってぱっと開く。そこには紅色をたっぷりと実らせた椿の花があった。意外とまつ毛の長い大きな目がぱちくりとする。


「この前といい今日といい、どうやって出してんだよ」

「それを聞いたら面白くないだろ?」


握っては開いてを繰り返し、オレンジのユリを咲かせては次々とベッドに落としていった。どれも切ったばかりのように瑞々しいのを、高安は手に取って確かめた。


「ピエロの手品ってことで、これ以上は追究しないことだな」


先週残していったスズランは花瓶から引き抜いてゴミ箱へ捨てた。花はどれも茶色くしぼみ、可憐な姿の面影は残っていなかった。代わりにみっちりと花の詰まったヤブランを挿した。生けるような花でもないかと一人笑う。


「全部本物かよ。一体どうなってんだ」

「秘密だ」

「いいじゃんか、教えろっての」


そう言って、服の裾を引っ張ってくる。生意気なだけかと思ったが、案外可愛いところがあるじゃないか。


「そういえばお前、フリーターなのか?」

 ピエロの表情が一瞬で冷めたのを、高安は面白そうに眺める。


「フリーターって、家買えるのか?」

「フィクションからの影響だってことで聞き流したいが答えよう。現実、フリーター一人の稼ぎで一軒家買うのは厳しい」

「家族にも負担してもらえばいいだろ。父親とか」


某小説ではそうしていたと言う。花瓶にばかり気を取られていたが、テーブルの上にはいくつか文庫本が積まれていた。入院中の数少ない娯楽といったところだろう。手に取ってみると、知った作者の本だった。


「家族はねぇ、いないんだよねぇ」

「一人暮らしってやつか?」

「いんや、死んじゃったんだよねぇ」

「……悪かった」


明るく言ったつもりが、かえって気を使わせたようだ。高安はきゅっと唇を結んでうつむいてしまった。斎藤が本を掲げて「この作者の他の本持ってるぜ?」と話を振るが、反応はない。


「俺のことはこれくらいにしよう」

一人暮らしと聞かれて適当に頷いとけばよかったとこっそり汗をかいた。


「ていうか、なんか意外だったよ」

「なにが」

「お前が、こんなによく喋るやつだと思わなかった」

「俺はお喋りじゃない。それはあんたのことだろ」


隈のある目で睨まれるとやはり迫力がある。それでも、先週会ったときに比べればだいぶ柔らかい表情だと思えた。


「じゃあ、俺そろそそ行くな」

「誰も引き留めてねぇ」

「お前なぁ、口悪すぎだろ」

「ほっとけ」

帰ると言うと、しかし帰れとは言わない。


「また来週、来るからな」

「さっさと帰りやがれ、お喋りピエロ」

また来ると言えば、しかし来るなとも言わない。だったら、


「じゃあ、今度はお前から来てくれよ」

斎藤は体を折り曲げて仰仰しいお辞儀をした。


「張り切って頑張るからよ」


とびきりの笑顔を向けると、苦笑と共に「気が向いたらな」と高安が言う。笑みはさらに深くなった。


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