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メガネ

作者: 門左衛門

 メガネをかけてから利根川君はすっかり変わってしまった――こんな噂が流れ出したのは彼がメガネをかけ始めて数日経った頃だった。

 ぼくにはメガネ姿の利根川君なんて想像もつかなかった。あのいがぐり頭の不真面目小僧にそんな知的な物体がくっつくなんて、猿が服を着ているくらい似合わない。だから変わったのは印象だけだろうと思っていた。しかし、そうではないらしい。

「二組のやつらが云ってたんだけど、利根川、すっかり大人しくなったんだってさ!」

 嬉嬉としてぼくに話しかけてくるのは古川君。ぼくの幼馴染で同じサッカークラブのチームメイトだ。かっこつけて後ろの髪を尻尾のように伸ばしている。

「はあ? 聞き間違いじゃねえの?」

「いやいや、本当だって!」

「さすがにそりゃないぜ。大人しい利根川なんて利根川じゃねーよ」

 ぼくが相手にしないので、古川君は怒り気味に訴えかけた。

「だからさ、本当なんだって! 利根川がマジメちゃんになったんだよ」

 けれど、ぼくにはまったく信じられなかった。

 あの利根川圭太が大人しくなったなんて、絶対に嘘だ。利根川君と云えば、うるさくて乱暴で、いたずら好きの問題児である。授業妨害を楽しんだり、近所の頑固なおじさんをからかったり、先生の机に山で拾ったエロ本を仕込んだり……ぼくらにとっては愉快痛快なやつだが、先生たちにとっては悩みの種なのだ。利根川くんとぼくらは四年生の時に一緒のクラスだったけれど、教室で飼っているメダカをスポイトで吸った事件が大きな問題となって、五年生のときにバラバラのクラスに分けられてしまったのだ。

 ぼくは真偽を確かめるべく、古川君に提案した。

「じゃあさ、試しに見に行こうぜ。業間休みでさ」

「よしきた!」古川君がパチンと指を鳴らした。「噂が本当なら、今日の給食のデザートは寄こせよ!」

「うっし、決まりだ。いつもの利根川なら俺に寄こせよな」

 これで今日の給食は豪華になった。ぼくは確信した。


「…………」

 二時間目の休み時間、ぼくらは言葉を失った。

「お、おい。お前本物か?」

「はあ、あなたはなにを云っているのですか」

 利根川君は眼鏡越しに呆れたような視線をぼくに送った。いつものいがぐり頭に角ばった頬骨、邪悪な一重まぶた……紛れもなく利根川君本人が応えた。しかし今日の利根川君は大きな黒縁メガネをかけている。本人だが、メガネのせいで別人のようだ。それは外見だけではないらしい。

「けやきヶ丘小学校五年二組出席番号十四番、利根川圭太です。私を偽物だと疑うのならDNAの検査キットを持ってきてくれても構いませんが」

 利根川君はメガネの左レンズをくいっと上げた。

「わ、私って……」急に変わった一人称に古川君は絶句していた。

 普段の彼を包み隠さず評価するなら、下品な脳筋野郎だ。喧嘩は日常茶飯事だし、人前でおならするし、女子にいたずらばかりする。もちろん業間休みは校庭で遊んでいるし、教室にはいない。

 しかし、今の彼は百八十度違っていた。がらんとした教室にぽつりと机に向かっている。姿勢は模範生徒。背中に定規でも入れているんじゃないかと思うくらい真っ直ぐだった。そして……彼は漢字ドリルに取り組んでいる! 利根川君と漢字ドリル! 奇跡の組み合わせだと思ったのはぼくだけではないだろう。

「おいおい利根川、どうしちゃったんだよ。漢字なんか勉強して」

「逆に質問しますけれど、どうして勉強しないのですか?」それからぼくと古川君を小ばかにするようにねっとりとした口調で云った。「まさか今月末の漢字王決定戦、忘れたとは云わないでしょうねえ」

 もちろん知っている。学年漢字王決定戦――ごく一部のやる気ある生徒を除いては、何も意味のない漢字テストだ。教育熱心な菅原先生の自己満足、なんてぼくらは云っていた。それにたとえ漢字王になったとしてもろくなことはない。去年の漢字王、がり勉の金原くんはガンジーなんてあだ名をつけられてしまった。もちろん命名者は利根川君だ。ガンジーこと金原くんは利根川君の一番の被害者だ。「非暴力・不服従!」とかいって利根川君のプロレスの餌食になったり、「断食中だろ?」と云われてデザートを横取りされたりと、いじめまがいな仕打ちを受けてきたのだ。ちなみに金原君の顔はガンジーに似ている。

 その利根川君が漢字王を目指しているのだ。

「通常の漢字テストなら自宅での学習で十分です。しかし漢字王決定戦はそうはいきません。なぜなら、出題される問題は菅原先生の本気だからです。漢字検定一級保持者、菅原真。毎年完答者が出ないのは、漢字検定一級クラスの問題をいくつも混ぜているからです。少し意地悪な方なのでしょう。ですが私も負けていられません。どのようなテストにも、傾向と対策が存在しています。昨日、六年生から過去問をいただきました。そのデータによると――」

「も、もういいや……うんうん、漢字テストが難しいんだよな」古川君が途中で遮った。

「そして対策は――」

「オーケー、俺たちが知りたいのはそういうことじゃないんだよ」今度は僕だ。

「と云いますと」

 レンズの奥の目が細まる。

「どうして漢字王決定戦なんかにこだわるんだ? 今度のガンジーはお前になっちまうぞ」

「偉人の名前を授かるなんて素晴らしいじゃないですか」

 どの口が云うんだ。ぼくは彼のすがすがしさに笑いをこらえた。

「あ、利根川は賞状が欲しいんだ」古川君が思いついたように云った。

 利根川君は賞状収集家である。運動神経がよかったのだ。運動大会のあとはなにかしらで必ず表彰されていた。そして利根川君の家に行くといつも賞状やトロフィーを自慢されるのだ。その間、彼はこの世で一番幸せそうな顔をするのであった。

 だから賞状欲しさに漢字ドリルを広げているんだとぼくは見当をつけた。勉強はやはり似合わない。

 だが、それは即座に否定された。

「賞状なんてただの紙切れです」

「なんだって!」

「いくら褒められても、それ自体に意味はありません。一番大切なことは、テストを通して心の中身が成長するか、というところですね」

「ひ、ひぇぇ……」と古川君は仰天した。

「利根川、本当どうしちゃったんだ? すっかりマジメちゃんになってさ、気味が悪いや」

 利根川君はまたメガネの左端を上げる。

「皆さん私のことを変わった、改心した、なんて云いますが、そんなに大げさな話ではありません。確かに今までの私とは少し違うかもしれませんが、私は紛れもなく利根川圭太。これからは真面目を取り得に生きていこうと誓ったのです」

 漢字ドリルをぱたんと閉じて、ぼくたち二人に向き合った。真剣な顔つきだ。

「きっかけです。人間、ちょっとしたきっかけで変われると私は思いますよ。ほんの些細な変化によってね。私の場合、ちょっとしたきっかけとは、メガネをかけ始めたことだったのでしょう」

 もう言葉を用意できなかった。しばらく黙っていると利根川君は漢字ドリルの作業を再開し、ひたすら同じ漢字を繰り返すのであった。

 隣で古川君は思い出したかのように呟いた。

「デザート、ゲット」


「なあ、利根川のことどう思う?」

 家への帰り道、古川君は石を蹴りながら訊いてきた。

「さあな……利根川、頭いかれちまったらしいな」

「どうしてだろうね」

「『ちょっとしたきっかけ』、じゃねーの」

 ぼくは投げやりに云った。業間休みの間はただただ困惑していたけれど、少し経つと寂しさでいっぱいになった。今までの利根川君が突然転校して、つまらない転校生と知り合った気分だ。確かに利根川君は乱暴者でたまにむかつくこともあったけれど、一緒にばかなことをできる大切な仲間だったのだ。

「メガネって、そんな人生観を変えるかな」

 ぼそりと古川君が云う。

「知らねーよ。だけど、俺は昔の利根川に戻ってほしいな」

「だよな。今の利根川、なんか気持ち悪いし」

「まじやばいっしょ。あいつ、急に『私』なんて使い始めて。スポイトでメダカ吸ってた頃が霞んできたぜ……」

 昔の利根川君を思い出してぼくらは軽く笑った。それがきっかけで、利根川君の伝説について話に花が咲いた。利根川君のしていることは基本的に悪い事だけども、どの話もとてもおかしかった。水の溜まった落とし穴を公園に仕掛けた話や、ブランコを漕ぎ過ぎて遠くまで吹っ飛ばされた話、カナブンの幼虫をカブトムシとして百円で売りさばいた話……どれもこれも、抱腹絶倒だった。

 ぼくが大笑いしていると、突然古川君は真顔になった。

「……俺、気づいちゃったかもしれない」

「なにを?」

「利根川が豹変した、理由だよ」

「本当か!」ぼくは喰いついた。

「お地蔵さんの呪いだ」古川君は小さな声で云った。「秘密基地のお地蔵さん」

「ああ……あれのことか」

 去年の記憶がよみがえる。学校の裏山の中に作った秘密基地。そして利根川君のせいで無残な姿となったお地蔵さん。

「卑猥地蔵の呪いだ……!」

 ――卑猥地蔵とは、かつてぼくたちに信仰されていた神様である。

 ぼくらの暮らす住宅街は山を切り崩したところにある。山に囲まれていると云ってもいい。学校が終わるといつも山の中に入って遊んだ。山にわざわざ入ってくる大人はいない。山はぼくたちだけの世界だった。その拠点は秘密基地だった。捨てられていたブルーシートやトタンの板、柱になる太い樹の枝を駆使して、最高傑作の基地を作ったのだ。お菓子やゲーム機、トランプ、それと虫除けスプレーを持って毎日集まった。

 いつからだっただろうか、秘密基地にある物が置かれるようになった。誰が置いたのかはわからない。だが、知らぬうちに増えているのだ――アダルトな雑誌が。山とは不思議な力を持っていて、そういった類の物を引き寄せるらしい。ぼくたちは探検の途中、たびたび捨てられているアダルト雑誌を発見した。内心読みたかったのだが、他の仲間の目を気にして持ち去るはなかった。きっと秘密基地に置かれた雑誌は、ぼくらの誰かがこっそりと拾ってきた物なのだろう。

 最初の誰かが雑誌を拾ってから、同じように持ち帰ってくる誰かが増えた。その誰かにぼくも含まれていたことは内緒だ。秘密基地のメンバーはお互いに見つからないよう、慎重に行動した。なぜ他のメンバーに見つかってはいけないのか。それは発覚次第、変態の烙印を押されてしまうからである。ぼくらのような純粋な少年にとってエロ本を拾ってくることは、とても恥ずかしいことだ。雑誌を拾って基地に持っていきたいが、ばれるのが怖い。――そんな問題を解決する少年がいた。利根川圭太である。

 なにを思ったのか、彼はお地蔵さんを盗んできた。ほっこりと微笑んでいる、優しそうなお地蔵さんを。利根川君はお地蔵さんを基地の隣に突き刺すと、あろうことか、かなり罰当たりな宣言した。

「いいかお前たち、このお地蔵さんはただのお地蔵さんではない。この世のあらゆるエロの化身、欲望の神、卑猥地蔵であるぞ!」

 次に利根川君は手にした雑誌を掲げた。もちろん雑誌とは、アダルトな内容だ。

「おお、おれには聞こえる! 卑猥地蔵の声が! もっとエロ本を供えよ、とおっしゃっている……!」

 利根川君は大仰な態度でお地蔵さんにひれ伏した。頭を下げながらも卑猥地蔵、卑猥地蔵と自作念仏を呟き続けた。ぼくを含め、他のメンバーは引き気味だ。しかし、利根川君の辛抱強いお祈りに、追随する少年が現れた。

「お、俺も聞こえる! 卑猥地蔵がエロ本を欲している!」

 ぼくは初め、彼らが本当に卑猥地蔵を信仰し始めたのかと困惑した。エロ神信仰なんて絶対に勘弁だ。あなたの信仰しているものはなんですかと訊かれたときに、『キ○スト』や『ア○ラー』、『おしゃ○さま』に混ざって『卑猥地蔵』なんて答えられない! しかしその信者はもう三人に増えていた。古川君までひれ伏している。その動作の中で一瞬だけぼくと目が合った。

 彼の目配せがなかったら、気づくのは遅かったことだろう。ぼくは理解した。この即興宗教は、すべて利根川君の天才的な策略の一環なのだ。ぼくは残っているメンバーを見る。皆、気づいたようだ。謎の一体感に包まれて、ぼくらには次次にお告げが聞こえ始めた。

「卑猥地蔵がエロを求めている……この世のエロ雑誌を」

「なんて欲深い神様だ!」

「お供えの後、お前たちに見せてやろう、とおっしゃられている! おお……なんというご慈悲!」

「卑猥地蔵万歳!」

「エロ本を、エロ本を求めていらっしゃる!」

「卑猥地蔵は我我を使徒にしてくれるらしいぞ」

「俺たちがお供えものを探さねば!」

 ぼくも便乗して卑猥地蔵のお告げを代弁しようとした。一瞬だけお地蔵さんと目があったのだが、この時の罪悪感は言葉になんてできない。エロの化身として祭り上げられたお地蔵さんは、いつまでも絶えることのない優しい微笑みをぼくに投げかけていた。

「ひ、卑猥地蔵はこうもおっしゃっている。供物を捧げなければ、お前たちの大切な物を喰いちぎってしまうぞ……と!」

「おお、なんて恐ろしい欲望神!」

「だが、その欲望こそがエロの化身なのだ!」

「欲望神! 欲望神!」

 その時、偶然雨が降ってきて、雨粒がお地蔵さんの頬を伝った。皆気づいていたのだが、誰もなにも口にしなかった。あれは欲望神にさせられたお地蔵さんの涙だったのだろうか。

 そんなわけで、ぼくらにはアダルト雑誌探索の口実ができた。以前よりも格段に回収率は上がった。メンバー全員の尽力の甲斐あって、状態の良い物から悪い物まで、数多くの供物が集まった。

「ははー! 卑猥地蔵、今日もありがとうございます!」

 供物は一晩捧げられたあと、僕らの手元に回ってきた。仏壇にお菓子を捧げることと同じだ。ぼくたちは都合のいいようにお地蔵さんを利用した。

 ――この馬鹿げた宗教は、お地蔵さん盗難被害のビラが学校の辺りに張り出されるまで続いた。

「その時のお地蔵さんの呪いが、利根川を真面目な少年に変えてしまったというのか!」

「ああ。それしか考えられないね」

 古川君は怖い話が苦手なくせに、すぐに悪霊や物の怪の仕業にこじつける嫌いがある。青い顔でべらべらと話を続けるのだ。

「だけどな……もし本当に呪いなら、良い子になるのはおかしいぜ。祟りでマジメちゃんになるなんて、聞いたことがねえや」

 それでも古川君は反論する。

「で、でも、もしかしたら利根川にとって、マジメちゃんになることは何よりも辛いんじゃないかな……? あいつ、勉強嫌いだし。あのマジメちゃんフェイスの裏側で、強制的に勉強させられて苦しんでいるかもよ。ほら、生前さ、利根川が『勉強はおれを殺す毒だ』って云っていたじゃないか」

 生前と云っているあたり、古川君の中では利根川君は死んでしまったらしい。まあ、ぼくらの知る利根川君はこの世にはいないけど。

「うーん、でも本当に呪いかな。利根川はお地蔵さんに恨まれても仕方ないけど」

「きっと卑猥地蔵が憑りついたんだよ」

 あのお地蔵さんのほっこりとした笑顔を思い出して、その笑顔がなんだかおそろしくなった。

「まじか……」

「まじだよ……」

 妙に納得できない話だ。お地蔵さんの呪いにしても、なぜ、利根川君がメガネをかけ始めたタイミングだったのだろう。ぼくはお地蔵さんの呪い説よりも、メガネが気になっていた。

「やっぱり、メガネなんじゃないかな」

「何がだよ」

「利根川が豹変した理由」

「と云うと?」

 古川君に訊かれて初めてその結論に至った。そうだ、憑りつかれているのだ。

「きっと、利根川はメガネに憑りつかれたんだ!」

「メ、メガネに憑りつかれた、だって?」

 古川君はきょとんとしていた。

「きっと今の本体は、メガネの方なんだよ。メガネが利根川の躰を操っているんだ!」

「ひいぃ……!」

 ぼくの頭の中で、いくつかの事実がこの仮説を裏付け始めた。そうだ、きっとそうに違いない。

「考えてみろよ。メガネをかけている奴って、だいたいマジメちゃんばっかだろ? がり勉のガンジーも、マジメが取り柄の松原先生も、規則規律ババアの吉崎先生も。みんなメガネをかけている――いや、寄生されているんだ!」

「ひえぇ……」と古川君は情けない声を上げた。

 我ながら、かなり説得力があると思う。メガネをかけている人間は大体がマジメ人間だ。テレビに出てくる科学者はメガネだし、うちの小学校の先生もメガネが多い。逆にヤンキー、不良はメガネをかけない。なぜなら、寄生したメガネが宿主の人間をマジメに変えるからだ。

「寄生されたら、元の人格はどうなるんだよ」

「恐らく、消えてなくなるんじゃないか。さっきの利根川の中に、昔のあいつが少しでも残っていたか?」

「いや、まったく……。もしこれが本当の話だとしたら、とても恐ろしいよ。だって俺たち、目を悪くしたらメガネに寄生されちゃうんだぜ!」

「やべえな……」

「やべえよ……」

 それから黙って歩いていると、古川君の家の通りが見えた。ぼくは古川君に別れを告げようとしたが、最後にこんな質問を投げかけた。

「そういえば古川、この前の視力検査引っかかってなかった?」

 古川君は青ざめた顔でこっちを見た。ぼくとしては少しだけからかおうとしただけだった。しかし古川君は本気で怖がっていた。

「い、いや、引っかかったっていうか、ちょっとだけ目が悪くなっただけだよ! まだ黒板の文字見えるしさ」

「眼科にはもう行ったの?」

「……こ、今度の日曜日に、いく予定なんだ」

 古川君が暗い顔をして口ごもりながら云う。その様子がおかしくて僕は思わず吹き出してしまった。

「おいおい、本気でビビっているのかよ。まあメガネが寄生するって話は怖いけど、話自体はB級ホラー映画だぜ。けどさ、笑える冗談としては上出来だよ」

 そう云って、ようやく古川君の不安はとれたようだった。

 正直云って、いい出しっぺのぼくも寄生するメガネの話を怖がっていた。


 メガネをかけてから古川君はすっかり変わってしまった――こんな噂が流れ出す前に、ぼくは彼の変化を察知した。

「お、おい古川、一体どうしちまったんだよ」

「どうしたもこうしたもない。私は勉強をしているのである」

 古川君の席に広がっているのは教科書とノート、それにぶ厚い辞書だった。そして肝心の古川君は、なんと四角い銀縁メガネをかけて来たのだ。

「私は負けるわけにはいかないのである。五年二組の利根川圭太……彼は私の好敵手! 学年漢字王決定戦をもって、長年の対決に決着をつけるのである!」

「おい、まじか……」

 もはや怖さを通り越して笑えてきた。古川君が謎の紳士口調に加えて、情熱家になっているのが信じられない。

「メガネの寄生は実在してんのかよ」

「キセイ? それはどの漢字のキセイかね? 奇声、寄生、規制、期性、既成、帰省――」

 凄まじい速度で「キセイ」の同音異字を書き連ねていく。機械的な正確さをもってだ。

「わかった、もういい」

 暴走をし始めた古川君を止めた。彼はぼくの方へ向く。焦点の合ってない瞳が不気味だった。「キセイ」

「そ、そうだ古川」とぼくは話題をずらした。「次の時間は席替えだったよな。一番後ろの席にしよーぜ」

 今の席順は修学旅行の班で、ぼくの席は前の方だった。しかし前の席は先生の注意を引きやすい。今回の席替えは早い者順だったので、後ろの席を取る予定だったのだ。そうこないだまで計画していた古川君だったが、彼はこう云った。

「漢なら、潔くなれ、最前列」

「はあ?」

 唐突な五七五だった。

「私は思う。漢として生きるならば、漢らしく威風堂堂としているべきなのだ、と……」

「いや、意味わかんねーから」

 ――まさか、古川までおかしくなるとは。これでは利根川君の時と同じだ。今までの人格がすっかり洗い流され、代わりに無駄に漢らしい心が注入されたのだ。もはや目の前に座っている人物は古川君ではない。彼の皮を被った何者かである。

 次にぼくは思い当たった。古川君がかけている真新しい銀縁メガネ。こいつが古川君を寄生しているのだと。とんでもない話だが、もしかするともしかするのかもしれない。一つ、行動に出てみた。

「古川、ちょっと目を瞑っていて」

「なにかね? まあ友人の頼みならきいてくれよう」

 目を瞑っているのを確認した後、ぼくは古川君のメガネに手を伸ばす。そして一気にメガネを取ろうとした。しかし、なぜか取れない。まるでメガネが古川君の顔に癒着しているようだ。

 ――なんとしても、メガネをとってやる。

 メガネを奪えば元の古川君に戻るかもしれない。ぼくはその考えに突き動かされ、目一杯の力を込めて頭からメガネを引き剥がそうとした。

 しかし、ついにメガネを奪えなかった。

「い、い、いぎゅいいいい!」

 古川君は人間の叫びとは思えない、喉が捻じれるような唸り声をあげた。ぼくはあまりの恐ろしさのあまり指をつるから離すと、突き飛ばされて後ろへ転んでしまった。

「な、なんてことをしてくれるのかね! 私は頭にきたぞ!」

 古川君は明らかに興奮していた。よく見ると耳の付け根を押さえている。どうやらそこに激痛が走ったらしい。

「だ、大丈夫かよ、おい」

 ぼくが彼に近寄ると、腕を薙いで追い払われてしまった。

「本当に私をいたわるのなら、もう二度とメガネに触れないことだ! ……いいかね?」

「わ、わかったよ」

 これで確信した。メガネには知られてはいけない秘密があるのだ。雰囲気や性格が激変したことの他にも、もっと根本的な問題が潜んでいるのかもしれない。ぼくはこの謎をいつか解いてやると心に誓った。それは好奇心からであったが、同時に復讐心からでもあった。友人が二人も消えてしまった、その仇を取りたいのだ。

 いつの間にか古川君は勉強へと戻っていた。なんとなく気まずかったので、他の友人のところに行くことにした。その後の席替えも、他の友達と組んで一番後ろの席を決めた。ぼくは少しでも今の古川君から離れたかった。彼は恐怖でしかなかった。

「あ……」

 授業が始まり、気づいたことがある。一番後ろの席になってようやく気づいたことだ。

 ――黒板の文字が見えにくい。


「五分以内に準備をして。すぐに出るわよ」母が云った。

「俺、メガネになっちゃうのかな。まだ普通に見えるって」

「駄目よ。メガネをかけないとさらに視力は落ちるわ」

「……どうしても行かなきゃならない?」

「どうしても行かなきゃならないわ」

 ぼくは観念した。実を云うと、視力検査の時からわかっていた。近頃視力が落ちてきている。その事実を認めたくなくて、検査では見えもしないのに答えてしまった。それがたまたま当たっていたのだろう、ぼくは近視と判断されなかった。運がよかったのだ。

 だがぼくはこの日、眼科へ行く。

 二人の親友を殺し、別人へと転生させたメガネがとても憎かった。同時にその秘密を知りたかった。メガネとは一体なんなのか。どうして人間を変貌させることができるのか。もはやぼくにとってメガネは単なる視力矯正器具でなくて、暴くべき秘密を持った正体不明の敵であった。

 眼科の駐車場は少しばかり混んでいた。母親も付き添ってくれるとのことだったがぼくはそれを拒否した。

「あんた、帰りはどうするのよ。ここから家まで歩いて一時間はかかるでしょ」

「大丈夫。最近運動不足だから」

「お母さんだってメガネの説明してもらわないと……」

「俺はもう五年生だよ。だから、自分のことくらい自分でするから。さあ、いいから帰って」

 母親の車を見送り、ぼくは敵の本拠地である「小川眼科クリニック」の自動ドアをくぐった。

「うん、結構視力が落ちているねえ。どうしてここまで放っておいたの? うん? 少しくらい目が悪くなっても平気だと思って? だめだよ君、メガネをかけなくちゃ。メガネは視力の矯正をするとともに低下も防ぐんだよ。もっと早くここに来るべきだったねえ」

 優しそうな声でねっとりと話しているのは眼科の先生だ。白髪交じりの中年で、しゃんとしていれば背が高いのだろうが、ひどい猫背で縮こまっている。ぼくは映画や漫画に出てくる怪しげな魔術師を連想した。やはり彼もメガネをかけている。時折蛍光灯の光を反射して眩しい。

「じゃあ、とりあえずメガネをかけてみようか」

「あの」ぼくは心の底にある勇気を声と一緒にして喉から絞り出した。

「なにかな?」

 先生のひょろ長い首がぼくの方へ伸びてくる。瞳が覗き込まれ、ぼくは一瞬のうちに震え上がった。

「あ、あのさ、俺、知っているんだよ……メガネをかけた人間が、メガネに寄生されちまうことを! 先生は俺をメガネ族に引き入れようとしているんだろ?」

「…………」

 メガネの奥の瞳は嗤っていた。気味の悪い三日月型に。

「俺は真実が知りたいんだ。メガネ族にでもなんにでもなるから、とにかく真実が知りたいんだよ!」

「それは君、メガネをかけさえすれば、すぐに真理に辿り着くだろうよ」

 真理とは一体なんだ。世間から隠された秘密なのだろうか。

「メガネをかける前に知りたいんだ……この感情がある内に。そしてこの気持ちにけりをつけたいんだよ!」

 先生は困ったように頭を掻き毟った。するとくるりと背を向けて、「こちらへやってきなさい」とぼくを診察室の奥へ案内した。

 恐るべき部屋だった。両脇の壁にはずらりと多種に渡るメガネが並べられた棚があり、部屋の正面には飾り気のないデスク、その後ろの壁は大量の専門書で埋め尽くされていた。ぼくは圧倒されていた。この部屋の空気はとても固い。それはこの部屋が限りなく無機質で、人間らしい痕跡が見当たらないからだろう。ぼくには居づらい空間だが、メガネをかけた後の利根川君や古川君ならばすんなりとこの景色に溶け込めるはずだ。まさにメガネの部屋。ぼくは敵の巣窟のど真ん中に足を踏み入れてしまったのだ。

「さあ、おかけなさい」

 ぼくたちはデスクを挟んで向かい合って座った。丸い回転いすの脚がわずかに軋む。先生はデスクに肘を乗せ、指を組んでいた。

「さて、なにから話したらよいのか……。そうだな、まずは君がなにを知りたいのか。聞いてやってもいいぞ」

「メガネの正体について質問したい」恐怖を押さえて、声を絞るように出した。「メガネは物体じゃない。人間に寄生する生き物だ。そうなんだろう?」

 先生は刻まれた皺を深くして笑った。

「半分正解で半分不正解だ」

 彼はこめかみのあたりをとんとんと小突き始めた。すると急に目が見開かれ、驚いたような顔をすると、メガネを外した。瞳は今やどこか遠い虚空を見ていた。

「君、この部分をよく見てみなさい」外れた視線のまま、ぼくにメガネを近づけた。そして自由な方の手でつるを指さした。「ここはテンプル。この部分からそれは出てくるんだ」

 ぼくはテンプルを注視した。すると奇妙なことに、そこから無数の細い線が出てくるではないか。つるに穴が開いていないにも関わらず、だ。線は白銀であり、針金のようだが、生物であった。意志があるように動くのだ。ハリガネムシという生物を御存じだろうか。例えるならばあれが一番近しい。カマキリなどの体内に寄生する生物なのだが、カマキリの尻に水をつけてやると肛門からうねうねと出てくるのだ。その苦しみながら踊り狂うハリガネムシの姿に似ているのだ。

 ぼくはあまりのことに気が動転しそうだった。

「こ、こ、これは、一体なんなんだよ!」

 先生はつるから出てきた線の虫を指で弄びながら答えた。

「これが我我の本体だ」

「ど、どういうことだ?」

「少し話は長くなる。聴いてくれるかな?」

 ぼくは頷いた。それ以外の動作ができなかった。

「これは鉄線虫と呼ばれている」と先生は線の虫の末端を摘まみあげた。「すべてのメガネにはこの鉄線虫が住んでいる。メガネが人間にかけられれば、鉄線虫はこめかみに穴を開け、脳へ到達する。鉄線虫には小さな脳があってね、これが人間と比べ物にならないほど賢いんだ。鉄線虫が脳に到達すると脳同士が接続される。これによって人間は鉄線虫の知能を授かり、知的になるのだ」

「よくわかんねーけど、その鉄線虫ってのが人間をマジメにするってこと?」

「そうだ」

「やっぱり寄生生物だったのか」

 すると先生は低く嗤った。「違うさ。メガネは寄生などしていない」

「――どういうことだ」

「人間こそがメガネに寄生しているのだ!」

 先生はノートパソコンを開いてぼくに見せた。画面には教科書で見たことのある太古の生物が映っていた。

「これがなんだかわかるかい?」

「ええと、多分アウストラロピテクス。人間が進化する前の、猿のような生き物だったかな」

「正解だ。この猿のようなアウストラロピテクスから現在のホモ・サピエンスへと進化した背景にはメガネが絡んでいるんだよ」

 先生はメガネの中央をくいっと上げた。

「そもそもメガネと鉄線虫は元元地球にあったものではなく、約二百万年前に隕石とともに地上へやってきた。当時のことについてはまだ調査中だが、その仮説は限りなく真実に近い。原人である旧時代の人類はメガネを拾い、なにかの拍子にこれを頭に装着するようになった。もちろん今のような形状のメガネではなく、鉄線虫の巣がたまたま耳に引っかかったのだろう。鉄線虫は原人の脳内に潜り込み、知識を提供した。そしてメガネをかけた原人は高い知能を手にし、他の仲間を率いてリーダーとなった。鉄線虫のおかげで人類は火の扱い方を知り、言葉による情報伝達を覚えた。人間はメガネ――鉄線虫を頼りにし、進化していったのだ。つまり、人間こそメガネに寄生した存在だったのだよ。メガネをかけた個体が指揮をとり、文明が発達した。三千年前のエジプトの壁画にもメガネの存在が描かれているのは有名な話だ。人類の方はと云えば、ホモ・サピエンスになるまでにメガネの知能を受け入れるような頭脳へと進化していた。つまり、大脳新皮質の獲得は、メガネを前提としたものだったのだ。今日メガネをかけていない人間、君が言葉を話し、読み書きができるのはメガネの受け入れ態勢のための副産物だったというわけだ」

「そんなことがあるのかよ……」

「こうも云える。我我の知能の正体は鉄線虫だと」

 ぼくはメガネのテンプルからはみ出ている鉄線虫をぼんやりと眺めていた。一見単純な寄生生物に見える。それがぼくたち人間の進化に関わっていたなんて。考えられなかった。とてつもなく壮大な話で、ぼくの想像力では追いつけない。

「君がこれからメガネをかけ、鉄線虫を受け入れることは、人類の進化から見て極普通のことなんだよ。たとえば成功した人を見てごらん? 政治家や教授、医師の彼らは皆メガネをかけている。それがホモ・サピエンスの本来の姿なのだ」

 その時、ぼくの決心はついた。

「よし……メガネを受け入れてやる。俺も人類進化の流れに加わりたいんだ」

 すると先生はとても嬉しそうに目を細めてメガネをかけ直した。

「話がわかる子でよかった。拒否すれば無理やりにでもかけさせなくてはならないからね。こちら側としても手荒な真似はしたくないものだ。さて、どのメガネにするかい? この部屋にはたくさんメガネが揃っているけれど、君みたいな物わかりの良い子に安物を勧めるわけにもいかんな。その気になれば本部と連絡をとっていいやつを取り寄せてやろう」

「気持ちだけ受け取っておくよ。だけど俺にはあまりお金ないし、この眼科にあるやつで十分だよ。でもどれがいいやつなのかわからないから、一緒に選んでほしいな」

「いいだろう。もちろん、ここに置いてあるやつも悪い物ばかりでない。少なくともメガネショップなんかよりはな。メガネを買うなら眼科だ。今後もそうしなさい」

 先生は立ち上がると少しの間背伸びをしてから、ぼくにメガネを解説し始めた。どうやら鉄線虫にも個性があるらしくて、メガネをかけた後の人格形成に大きく影響するのだと云う。本来ならば社会に溶け込むためにベストなメガネの選択をしなくてはならないのだが、使用者に合わないメガネを選んでしまうと周囲に人格が急変したような印象を与えてしまうらしい。というのは使用者の知能が鉄線虫と大きな差がある場合、急激に知能指数が上がるためである。ぼくには利根川君と古川君という例がすぐにあがった。

「先生、俺に似あうメガネってどんなのかな」

「一回かけてみればいいさ。初めは痛いと思うだろうけど、いずれ慣れるよ」

 先生がぼくに似合いそうなメガネを選別している。その隙に、ぼくは行動に出た。

 素早く先生のメガネに手を伸ばすと、思いっきり引き剥がした。

「いぎゃあああああ!」

 鉄線虫と脳が繋がっているのなら、メガネを引き剥がすことはかなりの激痛になるはずだ。だからこそ古川君はあんなにも激怒したのだ。

 そして今、先生も激怒している。こめかみから血まみれの千切れた鉄線虫を垂らしながら。

「よくも……よくもだましてくれたな!」

「鼻っからメガネなんかかける気はねーよ。そんな生物、寄生するのもされるのもごめんだね」

 ぼくがさっき決意したこととは、なんとしてでもこの眼科から無事に脱出すること。先に母を帰したのは騒ぎになると想定していたからだった。

 どうやら先生はメガネを毟り取られたショックでうまく躰が動かないらしい。ぼくは全速力で出口へと向かった。部屋から出る際に一瞬だけ後ろを窺ったが、それはまさに魔の巣窟であった。部屋の主である先生は激痛と怒りにのたうち回り、陳列されたメガネからは鉄線虫が飛び出てていて暴れ回っていた。中には鉄線虫を手足のようにしてぼくを追いかけてきたメガネもいた。ぼくはとても恐ろしくなり、俄然逃げる足が速まった。診察室を抜け、受付の前を抜けた。受付の女はぼくをとっ捕まえようとしたが、受付のカウンターが邪魔して叶わなかった。それをいいことに、ぼくは彼女を馬鹿にしながら家へ帰るのであった。


 さて、根本的な問題が解決していないことにお気づきになられただろうか。確かにメガネをかけることは回避されたかもしれない。そしてメガネの真実へとは辿り着いたのだが――ぼくの目が悪いことには変わりないのだ。ぼくは一生視力が悪いままなのか。これからの人生、メガネがないとかなりの苦労をするのは明白だ。近視という問題がぼくの前に大きな障壁となって立ち塞がっているのだ。

「メガネをかけずに目を良くする方法なんてあるのかよ……」

 ふと呟いた独り言だった。だが、この問いかけに答えた人がいた。

「あるぞ」父親だった。

「え、父さん今なんて?」

「メガネなんてかけなくても視力を高める方法が他にもあるんだ、と云ったんだ」

 ぼくは天地がひっくり返ったような気がした。真っ暗だった部屋に暖かな春の日差しが入り込んだような、そんな希望が胸に溢れてきたのだ。

「父さんだってな、かなり目が悪いんだ。だけどメガネをしていないだろう? じゃあどうやって視力を良くしているんだと思う? 考えてみなさい」

「そうか、コンタクトレンズだ!」

「あたりだ。コンタクトレンズならば、メガネをかけずとも近視はどうにかなるぞ。コンタクトレンズは怖いかもしれないが、慣れてしまえば簡単だ。明日、父さんがよく行く眼科に連れて行ってやる」

 この時の父の存在が大きかった。父がコンタクトレンズをしていなければぼくはメガネをかけざるを得なかっただろう。父はぼくにとって救世主であった。

 以上が現在のぼくに至るまでの道程だ。


 コンタクトレンズを付けてからぼくがすっかり変わってしまった――こんな噂が流れ出すのは必然であったかもしれない。

「普段の雰囲気はどこへ行ったのかね?」

 中庭の樹の下、ベンチで読書をするぼくに古川君が話しかけてきた。

「なんの話だい? 古川君」僕はメガネをかけた古川君に云った。

「随分と爽やかになった。私としては今の君の方が好ましいと思うが」

「イメージチェンジをした覚えはないのだけれど」

 古川君がメガネの位置を調節した。

「態度もそうだが、口調も大きく変わったな。私のことを今までは呼び捨てで呼んでいただろう?」

「変わったのはお互い様だよ」

 風が気持ちよかった。いまではすっかり感覚が鋭くなっている。感受性が豊になったというのだろうか。羽化した蝶たちのように、ぼくも本当の自分へ生まれ変わったのだ。

「目が充血している。平気かね?」

「本の読み過ぎだろうか」

 そこへガンジーがやってきた。外で読書しているぼくを珍しがっている。

「どうしちゃったんですか! なにか嫌なことでもあったんですか?」

 甲高い声で喚くように問う。ぼくは思わず苦笑した。そんなに大事ではあるまいだろうに。

「特になにもありませんよ。ただ、あえて云うなら心境の変化はありました。ぼく、今度からコンタクトレンズを付けることにしたのです。とても視界がクリアになりましたね。新世界が開けたような。なるほど、利根川君の云っていたこともよくわかります。人間、ちょっとしたきっかけで変われるのですよ。ほんの些細な変化によって。ぼくの場合、そのちょっとしたきっかけとは、コンタクトレンズを使い始めたことだったのでしょう」



メガネかけてない人へ。

実はノンフィクションかもしれませんよ……?

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― 新着の感想 ―
[良い点] メガネを題材にした短編、とてもよくできていると思います。ちなみに僕自身、視力だけはやたらといいです。
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