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「それで、何があってこの状況になっているのかしら?」
酒場について注文を済ませるなり、ミリスは本題に入った。
それに答えるのはリリィ。
俺はその話を聞き流しながら酒を煽っていた。
「おい、兄ちゃん、修羅場か? どっちを選ぶんだ?」
グラスが空になり、近くにいた店員を呼ぼうとしたらその店員が肩に手を回して絡んでくる。
元の世界だったら即クビになってもおかしくない暴挙だ。
「そんなんじゃねぇよ……あっ、同じのお代わりで」
「はいよ。まあ、あの二人は怒らせると怖いから気を付けた方がいいぜ」
そして店員はカウンターへと下がっていく。
「──そんなこと認めないから!」
突然上がった大きな声とテーブルを叩く音。
ミリスがものすごい剣幕でリリィを睨んでいる。
気にしていなかったから気付かなかったが、店員が言う通り本当に修羅場と化していた。
「ミリスの分からず屋! 無理に着いてこいなんて言いません! ただ、私がどうしようと私の勝手じゃないですか!」
そして二人が睨み合う。
「はい、お待ち。旦那も見てないで二人を止めてくれや」
「あれには正直関わりたくない」
「気持ちは分からんでもないが……」
さぞ営業妨害なのだろう。
周りの客も談笑を止めて、さながら葬式の様に静かに杯を傾けている。
触らぬ神に祟りなしとは良く言ったものである。
「あんたもあんたよ。俺は関係ないみたいな顔して何ずっと酒を飲んでいるのよ!」
ここの神は触らずとも自ら接近してくるらしい。
厄介なことこの上ない。
「あー、もう少し声のトーンを下げろ。周りの迷惑だ」
ミリスはもう1度テーブルを叩こうとしたものも、周りの様子に気付き冷静さを取り戻したのか、ふて腐れるように椅子に座った。
しかしこれだけでは何の解決にもなっていない。
それどころか話を聞き流していたせいで、そもそも何が問題なのかすら分かっていなかった。
「──敵襲だー!」
運が良いのか悪いのか。
誰も話し出さない気まずい雰囲気を払拭するかの様に店外から声が響く。
その声に反応して、周りの冒険者たちは食い逃げ犯さながらのスピードで店を出ていった。
「私たちも行くわよ! あんたは足手まといになるだけだからここに残ってなさい」
ミリスも颯爽と店を出ていく。
その姿はかっこ良く見えるが、大絶賛食い逃げ中だと思うと半減してしまう。
そしてその後ろを追うようにしてリリィも駆け出していた。
「旦那は行かなくても良いのかい? 冒険者なんだろ?」
「俺は新参者のレベル1だ。足手まといになるから残ってろって言われたよ」
「それは残って正解だな。まあ、彼女たちがいたら何も問題はないだろうさ」
こうしたことも日常茶飯事なのか店主を含めた店の人や、冒険者ではない住民たちは相も変わらず杯を傾けている。
しかし現実はそんなに甘くなったようだ。
「マスター! 敵の数が多すぎて押しきられそうです。今すぐ避難してください」
突如ブレスレットから画面が表示されて、戦いながら連絡を取っているリリィの姿が映る。
敵の数は先日の襲来より倍近く多い。
「召喚!」
俺は即座に叫んでいた。
「リリィ、現場まで飛んでくれ!」
「分かりました──」
そしてリリィが移動魔法の詠唱をする。
次の瞬間には戦場の最前線についていた。
「召喚!」
再度俺は叫ぶ。
その刹那、敵の進軍は歩を止めた。
「ふむ、まだこの地にまでは伝令が届いておらんかったか」
突然の魔王の出現に敵味方関係なく騒然とする。
「皆の者よーく聞けい! 現在我々魔族は来る戦闘に向けて戦力を固めている! 我に従うものはこの場から退散し、魔王城まで来たれい!」
響き渡る魔王の号令。
少しの間が空いた後、魔物の群れは進行方向を変更し、街から立ち退いていく。
冒険者たちはその様子をただただ見ていることしかできなかった。
「解除!」
そして魔王も姿を消す。
ただ、街は混乱に包まれていた。
「後のことは知らん」
「マスター、それは無責任では?」
「魔王を召喚出来るなんて知られてみろ。それこそ事態がややこしくなるだろ」
「それはそうですけど……」
「そんなことより飲み直そうぜ、リリィ」
そして俺たちが踵を返そうとした──その時だった。
「──今のはどういうことよ……あんたは何者なの」
「説明は後だ。ほら、酒場に戻るぞ」
青ざめたミリスの腕を引っ張るようにリリィが誘導をして酒場に戻っていく。
その道中は終始無言。
これから面倒な説明をしなければいけないと思うと、心が重く、その足取りまでも重くなってしまったように感じられた。