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先ほどまでとは一転、攻撃を仕掛けていったのはリリィだった。
「──ギルフレイン!」
詠唱を省略し威力を抑えた攻撃を連発している。
それは未だにゼノと戦う決意ができていないわけではない。
迫り来るゼノに距離を詰められないためには、威力を落としてでも連射しなければいけないからだ。
「甘い!」
それに対してゼノもついに魔法を使い始める。
2人の中心では魔法がぶつかり合い、はじけるように爆発を繰り返す。
その噴煙は次第に周囲を覆っていき、段々視界が遮られていく。
攻撃が止み、煙がはれたときにはゼノの姿が闘技場内になかった。
「おっと、どういうことでしょう!? ゼノ様の姿がありません。──結界はまだ発動しているので生きているとは思いますが、これはどうなっているのでしょうか!?」
そんな実況の声を聞き流しながら、俺はこの対策をしていなかったことを悔やんだ。
俺ですらもゼノの姿は捉えきれていない。
ならば言うまでもなくリリィもゼノの姿を見失っているだろう。
気配を断ったゼノVS気配を感じられないリリィ。
この状況は火を見るよりも明らかだ。
「──そこですっ!」
その時リリィが今まで背を向けていた方向にギルフレインを放った。
その火の玉は何にも当たることなく結界に当たって消滅する。
しかしその進路を少し離れたところにゼノの姿が現れた。
「おいおい、気配を感じれないんじゃなかったのか?」
「気配は分かりませんが、バリードシークを展開しているのでその感覚だけは分かります」
「はぁ……なら気配を消しても近づけないというわけか」
まさかそんな方法があったとは……
こればかりはリリィがさすがだと言うしかないが、これでゼノの透明化は防ぐことができた。
できたところで、結局力の拮抗した状況に戻るだけなんだけどな。
「黒炎よ全ての色を染めろ──ベルシィーユ!」
「影をも焦がす無数の炎よ。その光とともに世界を闇へと染めゆき、等しく滅びを与えんことを──デスラーム!」
今度はお互いの上位魔法がぶつかり合う。
詠唱が長い分リリィがおされるような形で受けることになったが、やはり純粋な術士なだけはあってか威力では負けていない。
少し拮抗したところから徐々に攻撃をおし返す。
その状況に危険を察したのかゼノは一瞬だけ魔力を強めると、その反動を活かして直線上から逃げ出した。
「盛大な魔力のぶつかり合い! ゼノ様は少し分が悪いようです。──しかし彼には接近戦の強さがある!」
実況の言う通りだろう。
このまま遠距離での攻防が続くのであればリリィが優性。
しかしゼノから距離を詰められてしまったら状況は一転する。
この展開になることは分かっていたが、実際に目にしてみるとリリィの強化を解除してしまったのが間違いだったのではないかと思ってしまう。
だがこの戦いにそんな無粋なものは必要なかった。
そうも思えるような戦いを見せていた。
「このままじゃ埒があかないな」
「そうですね」
「今度は近接戦闘で勝負するか?」
「お断りします」
またしても一時的な停戦。
2人はお互いの隙を探りながらも身体を休める。
その緊迫した状況に観客も声を出せないでいた。
「お互い譲らない第6試合。これが副将同士の戦いということに私は驚愕を隠せません」
実況も今までの元気はどこにいったのか、その一挙手一投足に注目をしている。
その胸にあるのは焦りだろう。
そもそもゼノがここまで強いことを魔族たちは知らなかったはずだ。
その実力は既に魔王に匹敵する域まで迫っている。
しかしそれはリリィに対しても言えること。
ほぼほぼ消化試合に近いこの6戦目に出てきた冒険者が今までの5人とは比べ物にならない力を見せている。
それは心のどこかしらに冒険者チームの大将──つまりは俺が魔王を超える実力者ではないのか?
という疑問を植え付ける。
それは確実に魔王も感じているはずだ。
あいつのことならそれを楽しんでいそうな気もするけどな。
「──はぁ……なあ、もう場は盛り上がったとは思わないか?」
「そうですね。あくまでも私たちは前座ですからね」
「なら次の一撃で最後にしようか」
「全力でいかせて貰います」
そして2人は距離を取り、詠唱を開始する。
俺はその詠唱をのんびりと聞いている暇なんてない。
これから先の展開に向けてエスシュリー(仮)を起動すると、いつでも、どちらでも、召喚をできるように準備をする。
そしてその時は訪れた。
リリィが両手から放った赤い炎と、ゼノの右手から放った黒い炎が交錯する。
そのままゼノの魔法がリリィの魔法の中央部だけを貫いた。
つまりは相討ちだった。
お互いにお互いの攻撃が相手の身体を焦がしにいく。
「──召喚!」
しかし俺が召喚したのはゼノ1人だった。
「決着がついたあ! 噴煙はけた闘技場に立っているのはリリィ。事前に展開していた防御魔法でどうにか持ちこたえています!」
魔王軍が負けたというのに実況のテンションが高い。
それどころか観客もこの試合に満足したのか大歓声をあげている。
「──お前は先に控え室で治療してもらえ」
俺はそう茫然自失し立ち尽くしているゼノに指示を出し、闘技場へと駆け寄る。
「マスター、やりましたよ」
「ああ、お疲れ様」
力を使い果たして倒れ込みそうになるリリィを支える。
いくらバリードシークで攻撃を防いでいるとはいえど、ダメージは深刻なものだろう。
別に引き分けでもよかった。
それでもリリィが「魔法で決着をつけないといけない場合はゼノさんを助けてください」と試合前に言った言葉がそれを邪魔をした。
その満足そうな笑顔を見せられてしまうと、これで正しかったのだろうと思わされてしまうんだけどな。
そして俺はリリィを抱えて控え室に戻る。
「チビッ子、俺はいいからエルフの方を治癒してやってくれ」
「………………分かった……」
サシャは俺が抱えているリリィの状態をみて優先順位を変えた。
そしてリリィのダメージを回復させていく。
その一方でサシャから解放され、壁際にもたれながら一息吐いたゼノはこちらを睨んでいた。
「どうして俺を助けた」
「そりゃお前に死なれたら困るからだ」
「あのエルフを見捨ててまですることかよ……」
「見捨ててはねぇよ。リリィが大丈夫だって事前に言ってたからそれを信じただけだ」
「はぁ……そうか」
ゼノも魔力を使い果たしたのか、弱々しく言葉を漏らす。
その後はただ眠るように瞳を閉じて壁と一体化するのではないかと思うくらいに動かなくなった。
まあ、死んではいないだろう。
「さあ! お待たせしました第7試合! 現在魔王軍の2勝4敗で迎えたこの試合ですが、特別ルールでこの試合の勝者には3勝が与えられます! まだまだ試合は終わってなーい!」
まさか特別ルールに助けられるのが魔王側になるとは思っていなかったが、それはどうでもいいことだろう。
魔王を倒さないことには意味がないからな。
「──リリィ、少し動けるようになったらあいつを迎えに行ってくれるか?」
「はい。分かりました」
「ちょ!? あいつって誰よ!」
「レイドラニース・エーゲンハルト。今から戦うライドラの息子だよ」
「連れてこないと拗ねられてしまいますからね」
そうリリィは笑う。
さて、そろそろ俺は闘技場に向かうとしますか。
こいつらが死ぬ気で繋げてくれた最終決戦だ。
無論負ける気などはない。
「それでは選手の入場です! 冒険者チーム大将『竜騎士──柳生三厳』。対する我らが魔王軍は絶対君主の『魔王様』!」
朝の城門前や、第5試合のゴタゴタで邂逅した時とは明らかに雰囲気が違う。
ひりつくようなオーラみたいなものは身体が強ばるくらいに迫力がある。
バルハクルトも相当だったが、そんなものの比ではない。
「私はこの日を心待ちにしていた。全力でいかせてもらうぞ」
「ああ、その前に少し時間をもらうぞ。──来い、ライドラ!」
その声に合わせて闘技場の下。
漆黒の闇の中から漆黒のドラゴンが現れる。
なぜかその口には人みたいな何かがくわえられていた。
「三厳、こんなものが落ちてきたから拾ったのだが……」
ライドラがくわえていたのはヴァレリア。
第2試合で投身自殺を図った彼女だった。
「生きてるのか?」
「ああ、気絶しているが息はある。──それともう1つ剣を拾っている」
ヴァレリアの腰に余分に刺さっているのは第4試合で正成が捨てたエルムハルトの剣。
いくら闘技場の下──結界の外に当たる場所で待機させていたとはいえ、色々と拾いすぎだろ……
「というわけだ。とりあえずこれを引き取ってくれ」
「ああ、すまない。──バルハクルトっ!」
「はっ、こちらに」
「ヴァレリアをよろしく頼む」
「はっ!」
そしてバルハクルトがヴァレリアを闘技場の外へと運び出す。
「それでは試合を始めようか!」
「そうだな、魔王!」
「──それでは両者準備が整った! それでは運命の最終戦──試合開始!」




