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「気を取り直して第6試合! 冒険者チームは『賢者のリリィ・エフ・シュリーンギア』。対する我らが魔王軍は魔王様の息子にして次期後継者筆頭『ゼノウィリア』!」
あの後リリィは少し戸惑った表情をしたものの、俺に「頑張ってきます」と微笑むと闘技場へと向かっていった。
おそらくゼノはリリィの降伏を認めないだろう。
その上殺すつもりでリリィと対峙するはずだ。
俺の考えが甘いだけなのかもしれないが、できればそうあって欲しくはない。
元々ゼノとは敵同士だったとはいえ、それでも1年近く一緒に冒険を続けてきた仲間なんだ。
だからこそ。
ゼノが嫌がったとしてでも、俺はこの試合で死者を出すわけにはいかない。
そう強い思いを抱いて、いつでも、結末がどちらになろうとも死なせはしないと俺はこの場にとどまることを決めた。
「両者向き合った! そして結界が展開されたところで試合開始だあ!」
実況の声と共にできるならば見たくなかった対決が開始された。
「降伏します」
「それは認められない」
「どうしてでしょうか?」
「どうしても何もこれは命のやり取りなんだ。俺は馴れ合うつもりなどない!」
やはりこうなったか……
ゼノはリリィの降伏を一蹴すると、そのままいつものように魔剣を生成してリリィに襲いかかる。
「バリードシーク!」
「ちっ!」
こうなる展開をリリィも知っていただけはあってかその攻撃を魔法で弾くように防ぐ。
それでも通ることのない攻撃をゼノは続ける。
防御に徹するリリィと攻撃を繰り返すゼノ。
間違いなくゼノの狙いはリリィの魔力を削ることであり、リリィもそんなことは分かっているだろう。
それでもリリィは攻撃に転じない。
甲羅に閉じ籠った亀のようにずっと身を守り続けていた。
「──こんな防戦一方なのがあんたの策とでもいうつもりなの!?」
「そうだよ! 三厳ならゼノに降伏を認めさせるくらいの事はできたよね!? どうしてそれをしないの!」
「2人とも少しは落ち着くでござる」
「うるさい! ござるは少し黙ってて!」
防戦一方のリリィを心配するように、血相を変えたミリエリ姉妹が通路まで乗り込んできた。
正成の制止も届かず、その後ろではアークも止めるのは無理だったとジェスチャーを送っている。
これも全て説明を避けてきた末路であろう。
しかし、ここで計画を無にするわけにはいかない。
今となっては説明をしてももう問題はないのだろうが、その反論は盛大なものになるだろう。
はたしてその後、俺がまともに魔王と殺り合えるかは分からない。
だから今は何を言われても無言を貫くのがベストなんだろう。
「何か言ったらどうなのよ! あんたはどうしてリリィにあんなことをさせているのよ!」
ミリスに胸ぐらをつかまれる。
いくら女だとはいっても冒険者であり、実のところ俺よりも力は強い。
抵抗をしなければ簡単に身体が宙に浮いてしまう。
「…………ミリス……怒るよ?」
そんな俺の窮地を救ったのはサシャだった。
いつもは感情のかの字も表に出さない彼女が明らかな怒りを前面に出していた。
その思わぬ迫力にミリスの手も緩む。
そして俺は地面に落ちて舌を噛んだ。
あまりに予想外過ぎて受け身を取ることさえも忘れていた。
すごく痛い。
「一番辛いのはお兄さんなんだよ! 避けられるんだったらこんな戦い避けたかったに決まってるじゃない! それなのに──そんなことも考えずにお兄さんに八つ当たりするのは間違ってる!」
初めて聞いたハキハキと喋るサシャを前に怒りが頂点に達していたミリエリ姉妹も、2人を止めようとしていた正成とアークも、そして俺でさえも言葉を失った。
「今まで言い出せなかったけど、私は人の気持ちが読み取れるの。お兄さんはこんな展開は望んでいなかった! だから今ここで待機しているんだよ。リリィも、そしてゼノも死なないで済むようにって神経をすり減らしているんだよ……」
サシャは必死に、そして涙ながらにそう言葉を紡いでいく。
気持ちが読み取れる。
つまり読心術が使えるというのであれば、俺がこの後どうしようとしているのかも分かっているのだろう。
それでもサシャは俺のことを信じてくれた。
それなのに俺は仲間のことすらも信じられずにずっとひた隠しにしてきていたのか……
ダメダメだな。
「…………お兄さん……大丈夫?」
自分の不甲斐なさに思わず涙を流してしまった俺を抱きしめるようにサシャは宥めてくれる。
そして「私はお兄さんの気持ち分かるから」と耳元で囁かれた。
相手にどう思われるかをずっと気にしていた俺と、相手がどう思っているかを知りたくなくても知ってしまっていたサシャ。
正反対の2人だけど、胸に秘めた悲しみは同じだったのかもしれない。
「……みんなに話さなければいけないことがある。これで全ての種明かしだ」
俺は未だに攻撃に踏み切れず防御を続けているリリィを見ながらそう言った。
もう後戻りはできない。
でもこれでいい気がしていた。
「──それはダメ。お兄さんは魔王との戦いに向けて集中して欲しい」
そんな俺の決意を打ち砕いたのもサシャだった。
「そうね。あんたはまだ戦いを控えているのよね」
「まあ、これまで三厳が決めてきたことに大きな間違いはなかったわけだからね」
「その話は全ての試合が終わってからでいいでござる」
「そうだな」
それに同調するように4人はそれぞれ言葉を残して控え室に戻っていった。
「これで万事解決」
サシャはどこか似合わないブイサインをして俺に笑いかけた。
「似合わない……酷い」
あっ……
いや、そういうわけじゃないんだが……
てか心が読み取れるってことは俺が考えてることが全て筒抜けなのか。
えっ、ヤバい。
こんなときはどうしたらいいんだ?
「ふふふっ、お兄さん可愛い」
まるで冗談だったと言わんばかりにサシャが笑った。
その顔には今までのような無表情の面影はなく、なんというか不覚にも可愛いと思ってしまった。
「不覚は余計。──だけど、ありがと」
サシャもそう言い残して控え室へと走り去っていった。
その表情はどこか嬉しそうに見えたから、多分放っといても大丈夫だろう。
「──あっ!」
戦いのことを思い出して俺は闘技場へと視線を戻す。
そこでは新しい展開が始まろうとしていた。
「降伏します」
「だから何度認めないといえばわかるんだ! いい加減まともに戦えよ」
攻防は終わり、相変わらず戦いを避けようとするリリィと、戦いにこだわるゼノの舌戦が繰り広げられている。
お互いの溝はやはり埋まりそうにない。
「それならゼノさんが降伏してください」
「いや、それはもう意味がわかんねぇから……」
「それならどうしたらいいんですか!」
「いや、だから戦えばいいんだよ……」
仲間と戦うという事態に対して頭が混乱し始めたのか、リリィは訳の分からないことを言い出していた。
それには当然逆ギレされたゼノも困惑をしている。
こちらを一瞥したその瞳はどうにかしてくれと訴えかけている様にも見えた。
明らかにこのままではどうにもならないのは俺にでもわかる。
戦いたくないリリィと、降伏を認められないゼノ。
2人の頑固者の戦いは下手したらこのまま平行線を辿るだけであろう。
「──リリィ、構わないから全力で戦え! 俺が戦う前の舞台を湿っぽくしたら許さないからな!」
「えっ!? はい、わかりました……」
言うことを聞かない馬に鞭を打つように、俺はリリィを戦わせる選択肢を選んだ。
今までリリィにも黙っていたが、とっくの昔にリリィのレベルを超えている。
今の俺からの命令であればリリィは服従せざるを得ない。
少し辛い選択にはなるが、これできっと良かったんだ。
責任は全て俺が取ればいい。
「マスターが戦えと言うのであれば、私はその声に応えるまでです。ゼノさん覚悟してください」
「はは、そうこないとなっ!」
全力VS全力。
観客の度肝を抜く高レベルな戦いが始まった。




