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それは冒険が順調に進んでいた1ヶ月前のことだった。
それまでにも正成の媚薬事件や、海水浴──つまりは水着回などハーレム的展開が多々あった。
しかしあれらの出来事は思い出すだけで辛い過去だから今回は割愛しよう。
話を元に戻そう。
この日の出来事がきっかけで今の俺たちは城を占拠することを決めた。
思い出したくもない過去最悪の出来事の話だ──
「どうして三厳がこっちにいるの?」
エリスがさらりと投げ掛けてきたのは心に刺さる一言だった。
「ライドラが頑張ってくれたのもあって、もう後1日あれば魔王城まで到着できるところまで進んでいるんだよ……」
「もうそこまで進んでいるのか……」
アークが感嘆の声を漏らす。
空の上から景色を見てきた俺以外からすると実感のわかない話だろう。
残り2ヶ月余りの月日を残して、俺らの冒険は佳境を迎えている。
まあ、現在地からだともう少し距離があるんだけどな。
「だからってわざわざついてくる様になるなんてな。ヒモだった召喚士も少しは成長したのか」
「俺も決戦に向けて調整をしておかないといけないからな」
移動だけを繰り返していた俺はレベルこそは高いが、まだまだまともに戦える状態とは言えない。
結局のところ、今でもモンスターを倒すことに抵抗がある。
それはやはり実戦を積まなければ克服できない問題だった。
「いきなりここ辺りの敵と戦うとなると大変ですよ。私たちでも隊列を組んで戦わなければ厳しいですし」
「そうね。流石に前衛に出てくるのは無理があるわ。──かといって中後衛にいたんじゃ召喚士は役に立たないのよね……」
「まあ、召喚士は後衛としてはリーチが短いからな」
魔法が使えない分、リリィやゼノと比べるとどうしてもリーチが短くなってしまう。
言っておくが、手足が短いという意味ではない。
剣で戦うなら最長でも1ユーレ。
魔石の力を使ったとしてもその倍もいかない。
正成から教わったクナイを使う手もあるが、それもないよりかはまし──そういうレベルでしかないからな。
「マスターが前に出るというのであれば、私が常時防御魔法を展開していないといけませんからね」
「でもそれだとアクルセイド殿や、ミリス殿、エリス殿に万が一の事があった時、対応が遅れてしまうでござる」
「…………お兄さん……後ろにいるべき……」
だって涙が出ちゃう。
男の子だもん──
なんて言っている場合ではないが、俺は戦うならこのパーティーの邪魔でしかないようだった。
本来は後衛術士であり、こいつらの能力を上げているのだから役割は果たしているのだが、針のむしろ状態だ。
「──なんて相談している場合ではないな」
空気の読めない敵襲だった。
数はぱっと見でも50体弱。
真っ黒い犬みたいな群れの登場だ。
「配置につくわよ!」
「マスターはサシャさんと一緒に中へ入っていてください!」
言われるがまま俺は隊列の中へ入る。
前衛はミリエリ姉妹。
その2人の張る防御壁の間にアークが陣取る。
そして2ユーレ後方にゼノと正成。
さらに1ユーレ後方に俺とサシャがいて、殿をリリィが務めていた。
「行くわよ、エリス!」
「はい!」
最初の頃は冒険初心者だったエリスも、今ではミリスと遜色ない実力になっていた。
さすがは姉妹なだけあってか、息の合った連携でモンスターをなぎ払っていく。
そしてその2人死角をカバーするようにアークの剣術が炸裂する。
八刀流の異名は伊達ではなく、7本の剣がそれぞれに意思を持っているかの様に宙を飛び回る。
タコみたいな姿を想像していたかつての自分を殴りたくなるほどに綺麗な攻撃だった。
「まだまだだな……行くぞござる!」
「正成でござる!」
それでも全てのモンスターを前線で食い止められるわけではない。
左右に散った少数のモンスターの対応をするのが、ゼノと正成の役割のようだ。
2人は気配を絶ち、正確に急所をついて敵を倒していく。
「──バームフレイヤ!」
そんな2人をフォローするように後方から火の玉が両サイドを爆砕する。
「…………光よ。神職の加護の元に傷を癒し賜え──」
サシャはサシャで少し強引な攻撃を繰り返しているミリエリ姉妹を回復していた。
そして俺は何もできないまま戦闘が終了する。
輪の中に入って改めて実感した。
俺には何もすることがない……
「ふう、片付いた」
「そうね」
「まだまだ物足りんな」
前衛の3人はとても頼もしい。
「魔法を使うまでもねぇな」
「まったくでござる」
中衛の2人は一切攻撃を受けることなく、涼しい顔をしていた。
「あの、顔色が悪いですけどマスター大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だけど自信をなくしそうだわ」
「…………後衛は後衛…………役割……違う……」
「そうですよ! マスターがみんなの能力を強化してくれているから私たちはこれだけ強くなれてるんです」
サシャとリリィのフォローも今は辛い。
本当にこんなんで俺は魔王に勝てるのだろうか?
納得のいかない展開になっても、魔王と戦うことなく勝負が決まった方がいいのではないだろうか?
後2ヶ月もあればさらにみんな強くなるだろう。
そうなったら俺は本当に必要なのだろうか?
そんな馬鹿みたいな事を考えていたのが全てのきっかけだったのかもしれない。
「──マスター!」
鬼気迫る表情のリリィに突き飛ばされる。
そしてリリィの背中に魔法のようなものが直撃した。
周りを注意していなかった俺を庇ったせいでリリィが倒れてしまった。
起き上がらない。
そんな状況に俺はただ叫ぶことしかできなかった。
「リリィ!」
「──落ち着け召喚士。これは精神支配の魔法だ。俺はこのまま姿を隠して術士を追う。後1分もしないうちにあのエルフが動き出すからお前が止めてくれ」
ゼノが何か言ったような気がする。
精神支配?
ああ、つまりはリリィが敵になるってわけか……
現実を受け入れきれていない思考回路が一瞬にして覚醒する。
リリィが敵になるってことは……
それからは考えるよりも先に身体が動いていた──
「リリィが敵に乗っ取られた!」
「ちょ、それはどういうことよ!?」
「説明をしている暇はない! お前たちは全員始まりの街で待機しててくれ!」
エスシュリー(仮)を操作しながら叫ぶ。
そして「解除!」と叫び正成、エリスの召喚を解除する。
「──待ちなさいよ! それが本当ならあんた1人でどうにかできる問題じゃないでしょ!」
「俺がどうにもできないならお前らがいたところでどうにもならないよ。俺が原因でこうなったんだ。刺し違えてでもリリィは止めてみせるさ」
そう強がりを言って微笑む。
ゼノの言う通りならそろそろ時間がない。
俺は「解除!」ともう一度叫び、俺の元へと駆け寄ってくるミリスと、エリス、アークの召喚を解除した。




