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「──リリィ、さっさと帰るぞ」
「えっ、あ、はい」
「だから待てって言ってんだよ!」
「あんた斎藤と知り合いだったの?」
「あんなやつ知らん」
ホントはめっちゃ知ってるし、めっちゃ腐れ縁なんだけどな。
そしてあいつが俺に絡んでくる時は大抵ろくなことにならないことも分かっている。
それならばここは知らないフリをして立ち去るのが最善の策だろう。
「七助! 調子にのってんじゃねぇ!」
「斎藤くん少し落ち着いて。確かあんたRPGに来る前の記憶がなかったのよね? ということは元の世界での知り合いってことかしら?」
ミリスナイス!
あの時適当に吐いた嘘だったが、まさかこんなところで役に立つなんて思いもしてなかったぞ。
「ああ、こいつは元の世界で俺から何もかもを奪い去っていった奴だ」
「記憶にございません」
「この野郎!」
「あー、もうそんな剣幕で起こるからサシャが怯えちゃってるじゃん。ほーら大丈夫だからな」
震えながら俺の後ろに隠れているサシャを宥める。
この流れで何とか逃げられないだろうか……
「クソ! この際昔のことはどうでもいい! でもなこうも仲間を引き抜かれてて、黙って引き下がれないのは分かるよな?」
「引き抜くも何もやってるのは俺じゃないし、うちのパーティーのリーダーはリリィだからリリィに言ってくれよ」
「えっ、私ですか!? リーダーはマスターですよね!?」
リリィさんや、少しくらい空気をよんではくれんのかね?
正直この後の展開くらい読めるだろ?
お前は俺に戦わせるつもりなのか?
「やっぱりお前が主犯なんじゃねぇか! 俺たちからリリィを引き抜いた上に、次はミリスとサシャか? 女メンバーばかり引き抜くとかどういう了見だよ!」
「どういう了見と言われてもな……リリィは自ら俺についてきたんだし、ミリスもリリィがいるからこっちに来るみたいなもんだろ? それにサシャも自分の意思でこっちに来たいって言ってるんだから俺がどうこう言われる話じゃないと思うんだが……」
「確かにそうですね」
「私もリリィと冒険したいだけなのよね」
「…………お兄さんと…………一緒が……いい」
「そんな勝手な理由で魔王討伐の最前線を抜けて冒険初心者のパーティーに行くなんて認められるのか!? そんなわけねぇだろ!」
はあ……やっぱりこいつ面倒だわ。
「確かにマスターは冒険者になってから日は浅いですが、それでもここで冒険を続けるよりも魔王討伐の可能性を秘めています」
「こいつはともかくにしてもリリィとあの憎たらしい魔闘剣士はレベルが違うのよね」
「…………お兄さん……強い」
「分かった。お前らと話し合ったところで意見の一致なんてできねぇわ。だから七助! 俺と勝負しろ!」
ほら、やっぱりこうなった。
だからこいつ面倒なんだよ……
「嫌。別に俺には勝負する義理もない」
「嫌じゃねぇんだよ! 男なら覚悟を決めろや!」
リリィを見る。
首を横に振られた。
ミリスを見る。
「斎藤くんは言い出したら止まらないわよ……」
そう呆れたように返された。
はあ……面倒だが覚悟を決めなければいけないようだ。
「分かったよ……」
「それならば某が審判をしよう」
アクルセイドが審判を名乗り出る。
まあ、この配役ならば後からどうこう言われないで済むからいいだろう。
「装備を変えるから少し時間をくれ」
そう言って時間を貰いエスシュリー(仮)を操作する。
動き易さを重視して月詠のローブを解除する。
そしてまさか使う羽目になるとは思っていなかった魔剣二振りを取り出し、それを右の腰に挿した。
その上で保険をかけるためにリリィにメッセージを送っておく。
これで全ての準備は整った。
「サシャさん、邪魔になってはいけないので少し離れておきますよ」
「………………」
サシャはコクリと頷くとリリィに手を引かれて外野へと下がっていく。
「おい七助! 俺が勝ったらリリィ共々仲間を返してもらうからな」
「はあ……なら俺が勝ったら前衛で使えそうな奴をもう1人引き抜かせてもらうわ」
負ける気なんてないから好きなだけ言ってろ。
そんな感じの視線が突き刺さってくる。
まあ、殺す必要はない試合だ。
これならば俺もまともに戦えるだろう。
そして戦いの火蓋がきられた。
「試合開始!」
アクルセイドの声とともに戦闘が開始される。
とはいっても両者動くことはない。
間合いの外に陣取った読み合い。
元々篩水流の門下生──というよりも師範代の息子である斎藤くんこと卓朗は俺の間合いを知っている。
そして長い得物を一振り持っているだけ俺のリーチの方が長いのは明白。
となればあいつが仕掛けてくる攻撃は1つしかない。
「ギルフレイン!」
俺の射程の外から魔法を使って攻撃を仕掛けてきた。
しかしそれは俺に当たることなく、事前に防がれた。
それを防いだのは──まあ、言うまでもないだろうがリリィだ。
「リリィ殿、これはどういうつもりなのだ?」
予想だにしないリリィの行動に声をあげたのは審判のアクルセイド。
まあ、まさかの乱入があったらこういう反応になるのも仕方がないだろう。
「これがマスターからの指示ですので。斎藤さんが魔法剣士として魔法のスキルを使うのであれば、マスターも召喚士として戦うまでのこと。つまり召喚のスキルで呼び出されている私が戦闘に参加したとしても問題はありません」
「なるほど。それは一理あるな……」
「一理あるなじゃねぇよ! こんなの反則じゃねぇか!」
「それならば斎藤殿も魔法の使用を禁止にしなければ平等とは言えぬ」
「うっ……いいじゃねぇか! こうなったら接近戦で勝負してやらぁ」
「ルール変更ということでよろしいかな?」
「ああ。リリィ、下がっていいぞ」
「はい。それでは御武運を」
そして仕切り直し。
2度目の火蓋がきられる。
すなわちそれはお互い間合いの外での心理戦の始まりを意味していた。
「いい加減どっちか仕掛けなさいよ!」
外野からミリスの野次が入る。
まあ、見ている側からすれば動くことのないこの試合はとてもつまらないものだろう。
仕方ないからこちらから仕掛けるとするか……
「篩水流抜刀術三乃型──五月雨!」
距離を詰めるように踏み込んで左手で放ったその一撃はもちろんかわされてしまう。
そこまではこちらも折り込み済みだ。
「うわぁあああ!」
しかし攻撃をかわしたはずの卓朗の口から上がるのは痛みを伴った悲鳴だった。
それもそのはず。
彼の右足には抜刀と同時に放ったクナイが刺さっているのだから。
「勝負あり! 勝者召喚士!」
「サシャ! 傷を治してやってくれ」
「…………」
サシャは俺の呼び掛けにコクリと頷くと、卓朗の足からクナイを抜き治癒を行う。
怪我の完治した彼の口からこぼれた言葉はやっぱり予想通りのものだった。
「おい! 卑怯だぞ! 正々堂々と戦えよ!」
「勝負の世界に卑怯も何もねぇよ。お前は同じことをモンスターにされて命の危機に陥っても同じことをいうのか?」
「召喚士殿のいう通り。あれも立派な戦術の1つだ。──それで召喚士殿。誰を引き抜くおつもりかな?」
「なあリリィ? 前に話していた8刀流の剣士っていうのは誰だ?」
「某のことか?」
「はい。アクルセイドさんのことです」
マジか……
8刀流何て言うからタコみたいな姿のやつとかを想像していたけど、普通の人間じゃねぇか……
「そうか。ならアクルセイド、俺たちの仲間になってくれ」
「某を仲間に選ぶか……何かを途中で投げ出すのは主義ではないが、約束を保護にする方が主義に反するな。分かった。某もお主に遣えよう」
「じゃあ決定ということで文句はないな。リリィ、今度の今度は本当に帰るぞ」
「はい、マスター──」
そうして俺たちはミリス、サシャ、アクルセイドと3人の頼もしい仲間を手に入れて帰路についた。




