30
「あの、お待たせしました……」
一発触発の危険をはらんだ俺たちのテーブルに注文していた酒が届く。
店員は注文よりも1つ多い5人分の酒を運び終えると逃げるように厨房へと下がっていった。
いや、その気持ち分かるよ。
できれば俺もこんな危ないやつらとは関わり合いになりたくないしな……
「酒も届いたことだし、気を取り直して乾杯!」
「…………」
しかしその声は虚しく響いた。
ミリスやゼノがのってくれないのはともかく、リリィとエリスまで無言になられるとホント辛い。
もう俺泣きそう……
「あんたさ、偉そうに乾杯とか言ってるけど、リリィのヒモから卒業したの?」
「…………」
「お前ヒモだったのか……カッコ悪いな」
なぜ矛先がこっちへ向く!
た、確かにヒモだけど……
「まあ、マスターは前線に立って闘うタイプではありませんから」
「ならその腰にぶら下げた武器は何よ! 飾り? ただの飾りなの?」
「……飾りです」
「こんな戦えもしないやつに従わないといけないなんて屈辱だな……」
何故かミリスとゼノが意気投合して俺の精神的なライフを削ってくる。
もうおうちに帰りたい。
「そんなことよりも今はエリスさんの話をしましょうよ!」
「それもそうね。それでエリス! あなたはどうしてこの世界にいるのかしら?」
リリィのフォローのおかげで話は本題へと戻る。
そんなことなんて言われた俺の立つ瀬はないが、今はもう気にしないでおこう。
「少し長い話になります──」
エリスはそう前置きをして話始めた。
「まず、母が父の手にかかりました。その後父も倒れ、生家は没落。私はその首謀者の毒牙にかかりそうになったところを、この世界へ逃げてきました」
「はあ……何となく状況は理解できたわ。あのクソ親父がすべて悪いのね」
どうしてそうなる。
あれだけの説明でその結論に至るには色々と感情が歪みすぎだろ……
「まあ、そういうことですね」
いや、合ってるのかよ!
もう意味がわかんねぇよ!
「それで、こっちの世界に来てそれを私に伝えて何がしたいの?」
「特に意味はないです。ただ、一応伝えて置くべきだと思って……」
「そう、私にとってはどうでも良いことね」
「それと、また姉さんと一緒に暮らしたいと思って」
「断るわ。私には魔王討伐という目標があるの。あなたと悠々と暮らしている暇なんてないわ」
それは何というか拒絶だった。
妹との感動の再会とはいかず、まるで赤の他人と話しているかのよう。
そう感じてしまうほどに2人の間には壁が存在していた。
「分かっています! でも今は私も冒険者の端くれです。だから……だから姉さんと一緒に冒険に連れていってください」
「………………無理よ」
「ミリス!」
叫んだのはリリィだった。
柄にもなくすごい剣幕でミリスの胸ぐらを掴んでいる。
「リリィ……あなたには関係ないことよ。それにエリスは冒険には向いていない。それはあの子を助けたあなたたちが一番分かっているんじゃないかしら?」
ミリスは一切リリィの顔を見ない。
ただ言葉ではそう言っているが、表情は別のことを語っている。
読み取るとするならば妹を危険なことに巻き込みたくない。
そういう優しさゆえの厳しい顔をしていた。
「ですが……」
リリィも言いかけていた言葉を飲み込み、手を離すと椅子に座り込む。
納得はできていない。
ただどうしたらいいのか分からない。
何とも重苦しい空気がこの場を支配していた。
「エリス! 元の世界に戻れなんては言わないけど、始まりの街で大人しく暮らしていなさい」
「嫌です! 姉さんが冒険に連れていってくれないならこの人たちに連れていってもらいます!」
ん?
どうしてそうなる?
「いいですよね、リリィさん」
「えっと……私はマスターに従うまでですので」
「えっと……いいですよね、そこの人」
そこの人っておい!
確かに自己紹介も何もしていないが、そこの人はないだろ……
「却下だ」
答えを出したのはゼノだった。
「レベルが違いすぎて足手まといにしかならない。無理にでも頼み込んでそっちの弱い女に連れていってもらえよ」
「誰が弱い女だって!」
「お前だ、お前。雑魚の分際で吠えるな」
「さっきから雑魚雑魚って……ああ、もう怒ったわ。表に出なさい! 白黒つけるわよ!」
「身の程を知らせてやるよ。雑魚が」
そしてミリスとゼノが外へ飛び出していく。
どうしてこうなった……
そう思いはするが、明らかにめんどくさそうなこの展開に巻き込みたくない。
俺は何も気にせず酒を煽ることにした。
「マスター! どうして我関せずで酒なんて飲んでいるんですか! 私たちも行きますよ」
「えっ?」
「えっ? じゃないです。さあ、行きますよ!」
どうしてこんなときに限ってリリィが積極的なのだろうか?
そんな答えのでない問いを頭に浮かべながら、引っ張られるように俺も渦中に引きずり込まれていくのであった。




