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「ミュナーの町へ到着です」
「え、すごいです! 今のどうなってるんですか!?」
「今のは移動魔法で1度行ったことのある場所ならば好きなところへ行くことができる呪文ですよ」
「そんな便利な呪文もあるんですね。私にも使えるようになるかな……」
「職業によりますね。えっと、エリスさんは……」
「私はパラディンです」
「ミリスと同じでしたか。残念ながらパラディンではこの移動魔法は使えないんですよ……」
「そうでしたか……色々と奥が深いんですね」
ミュナーの町へ着くなり早々リリィとエリスの女2人は和気藹々と会話をしている。
少しリリィの人見知り設定はどこへ行ったのかとツッコミたくなるところだが、相手がミリスの妹だというのもありそこのところどうなんだろうなとも思うが。
まあ、そんなガールズトークに華を咲かせている2人の間に入り込むほど野暮でもない俺は2人の後ろを少し離れてついていっているわけだ。
ほら、そこ。
それじゃストーカーじゃないかとか、それじゃただのコミュ障だろとか言わない。
「それでリリィさんと姉はどういう関係なんですか?」
「少し前まではパーティーを組んで一緒に冒険していました。今は色々あって別々に行動してますけどね」
やっぱり俺のことなど毛頭気にすることなく、女2人の会話は続いていく。
べ、別に寂しいなんて思ってないんだからね!
うわ、自分で言っといてなんだけどキモいな……
「あの人姉さんの好きなタイプだし一緒に冒険してそうなんだけどな……」
爆弾発言きたー!
あれだけ俺のこと嫌いみたいな雰囲気を出していたが実は好きだったなんてミリスはツンデレだったのか。
いや、待てよ……
もしかしたらだけど。
もしかしなくてもそうだと思うけど、俺じゃなくてゼノのことを言っているんじゃないだろうか?
てか、ゼノ置き去りにしてね?
「召喚」
草原に置き去りにしていたゼノを念のため呼び出す。
姿を現したゼノはとても不機嫌な顔をしていた。
「いや、ほったらかしにして悪かったな」
「そんなことは別に気にしてないからいい。そんなことより俺はこの場に必要か?」
「あのまま放置してて街でも破壊されたら困るからな」
もちろん嘘。
正直この空間に、これから先の空間に1人で耐えられる自信がなかっただけだ。
「んなことしねぇよ。まあ、面倒ごとは遠慮だから俺は姿を消しておくぞ」
えっ、ちょ、待てよ……
俺の本心はゼノに伝わることはなく、景色に同化していくようにゼノの姿が消える。
「これじゃ俺が独り言を言ってる頭おかしいやつみたいじゃないか……」
「事実その通りだろ?」
姿が見えない中ゼノの声だけが聞こえる。
本当についてきてはいるようだった。
「そんな風に見えるのかよ……」
「そんな風にしか見えねぇよ」
辛辣すぎる。
もうやめて、俺のライフはもうゼロだ。
「マスター。マスター!」
「ほら、お仲間が呼んでいるぞ」
ゼノに気をとられて周りを見ていなかったからか、気付いたらリリィがそこにいた。
何というか顔が近い。
「ああ、悪い。そ、それでどうした?」
「どうしたもこうしたもありませんよ。目的地に到着しました」
そんなに長い距離を歩いた気はしないが、いつぞやの酒場に着いていた。
そもそもこの町の地理に詳しいわけではないから、元々近いところにあったのかもしれないし、本当に長い距離を歩いたのかもしれない。
そこ辺りは定かではないな。
それにあの時は夕暮れで辺りが暗かったし。
うん、そういうことにしておこう。
誰に言い訳するでもなく、自分の中だけでそう完結させる。
やっぱり俺は頭がおかしいやつなのかもしれなかった。
「それじゃあ中に入りますよ」
「お、おう」
俺たちは店内に入り、適当なテーブルに座る。
椅子は4つ。
人数のことを考えると1つ足りないのだが、そんなことリリィには分からなくて当然であった。
「注文はどうするんだ?」
「いつものを3つお願いします」
リリィの注文に店員は訝しい顔をする。
なぜこんなことになっているのかは言うまでなく原因は1つしかないのだが、当の本人はそれに気づいてなかった。
「お嬢ちゃん、初めてきた店でいつものなんて冗談はやめてくれないかい?」
「えっ、ああ、そうなりますか……」
ようやく当の本人──リリィはそれに気づいたようだ。
まあ、さすがにいくら常連であろうと、あのロリリリィが大人っぽくなっていたら気づかれないのも当然である。
「えっと、こ、これを3つお願いします」
リリィはメニューを指差して注文をし直す。
店員に注文が通ったところで、俺は彼に声をかけた。
「すまないが、注文の品を1つ追加してくれ。それとこの後もう1人来るから近くから椅子を1つ拝借していいか?」
「あいよ。椅子を使うのはいいが、後1人来ても4席で足りるだろ?」
「恥ずかしがりやの馬鹿が魔法で姿を消してるんだ」
「ああ、よく分からないが兄ちゃんも大変だな」
店員はどうでもよさそうにそう返すと厨房へと下がっていく。
まあ、深く詮索されるよりはましだろう。
そしてその時軽く息を切らしたミリスが店へと入ってきた。
「リリィは来てるかしら?」
「リリィかい? 最近はめっきり見なくなったが……」
「そう、まだ来てないのね……」
「姉さん! こっちです!」
「あれ、エリス!? それにクソ召喚士と……どちら様?」
竹馬の友からどちら様と言われるショックというものはどれほどのものだろうか?
少なくともリリィは俯いてしまうほどにダメージを受けていた。
「ミリス……あの、私、リリィです」
「えー!!」
その時酒場全体がどよめいた。
「あれが、あの、女賢者のリリィなのか?」
「いや、嘘だろ。あのリリィがこんなに大人っぽいわけはない!」
「そうだそうだ。胸はすごくでかかったが身体は子どもだっただろ。こんなに急成長するわけがない!」
周りの客どもは酷い言い様だった。
しかしその気持ち分からんでもない。
「えっと、リリィ? あなた何があったのよ?」
「マスターとの契約が完了して封印されていた力が解放されたらこうなりました」
「……ということはホントのホントにリリィなの?」
「……はい」
妹との感動の再会とはいかず、今もまだ半信半疑のミリスと精神的なダメージを追い続けているリリィの掛け合いが続く。
状況が一切理解できずほったらかしにされているエリスはただ呆然。
姿を消しているゼノは、
「うるさいからさっさと収拾をつけろ」
と不機嫌そうに呟いている。
「確かにリリィの面影は残っているけど……」
「信じがたい話だとは思うが、こいつは正真正銘のリリィだ」
「マスターまで……酷いです」
言葉選びを間違ったのかリリィは余計に落ち込んでしまった。
まあ、何を言おうと俺の語彙力では無理だな。
なんて思っていたら次の火種が燃えようとしていて。
「あんた! 契約ってリリィに何したのよ!」
ミリスが俺の胸ぐらに掴みかかってきた。
それだけだったらまあ、よくあることなのかもしれないが──
「…………」
ゼノが無言でミリスの喉元に得物を当てている。
俺を守ろうとしているのか。
それともこの喧騒に嫌気がさしたのか。
そのどっちかなんて分からないが、本気で首をはねかねない程の殺気を出している。
それに思わずミリスは手の力を緩めた。
「ゼノ、これ以上この場を混乱させるのはやめてくれ。てか、ここは酒場だ。握るのは得物じゃなくて酒にしろ酒に」
「ちっ」
はい。
舌打ちされました。
正直怖いです。
ゼノはやはり不機嫌そうに椅子に腰かける。
ミリスも空いた椅子に腰を抜かしたように座り込んだ。
「まったく……何がどうなっているのよ」
それはこっちのセリフでもあったが、主役のエリスが完全に空気となったこの宴はまだまだ波乱が起こりそうだった。




