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「あれは完全にカモられてるな……」
現在地から方角は分からないが、500メートル──いや250ユーレ離れた所に4人の人影を見つけた。
男3人に女1人。
男達が前を歩き、それを女が俯きながら追っている。
冒険初心者の俺から見ても女は冒険に不慣れな人間だと分かるし、それでいてその4人はパーティーを組んでいる様子でもない。
明らかに女1人だけが浮いているように見えた。
「ゼノ、あそこに冒険者がいるの見えるか?」
「ああ。姉に会えるのかとか女が言っているし確実に騙されてるだろうな」
「お前なんで会話まで聞こえてるんだよ……」
「むしろ召喚士は聞こえないのか?」
「聞こえるわけないだろ」
「人間と言うのはやはり脆弱だな……」
蔑んだような目で見てくるゼノに少し殺意を覚えるが、今はそんなことをしている場合ではないだろう。
「あいつらを追うぞ」
「は? そんな正義感捨ててしまえよ」
「いいからついてこい!」
「ちっ、分かったよ」
ゼノは悪態をつきながらもついてくる。
別にこいつがなんだかんだ面倒見がいいやつというわけではない。
ただ契約の効力に逆らえてないだけだ。
そして俺たちは足音と気配を消しながら4人の元へと近づいていく。
残り10ユーレまで近づいた所でようやく俺にも会話が聞こえてきた。
「姉はどこにいるかって? そんなもん知るわけねぇだろ! お前は騙されたんだよ。いい加減気づけこのバカ女が!」
男達の耳障りな薄ら笑い。
怒りを全面に押し出す女。
しかし彼女の必死な抵抗も人数と対格差の前ではやはり無力に近かった。
「さーて、どうやってこの女を愉しもうかな」
「いや、やめて!」
男2人に腕を拘束され抗うことのできない女に残った最後の1人が舌なめずりをしながら近づいていく。
そろそろ助けに入らないといけないみたいだな。
「ゼノ行くぞ!」
「はいはい」
俺の合図に合わせてゼノが飛び出す。
そのスピードは速く、俺も姿を見失ってしまった。
てか、本当にいなくなってね?
もしかしなくてもあいつ逃げてね?
こうなったら1人で解決するしかない。
無謀かもしれないが今は改めて策を練っている暇なんてなかった。
「その女を離してもらおうか!」
「はあ? お前誰だよ?」
男達の視線が一気にこちらを向く。
その隙に女が拘束状態から逃げ出してくれることを願っていたが、そうはうまくもいかないようだ。
「まあ、ここでお前は殺してやるから誰だって構わないか。そこを一歩でも動いたらこの女の命はないと思えよ」
腕を拘束している男の1人が女の喉元にナイフを突き立てる。
これはもしかしなくてもマズイ展開だった。
「女を人質にされて1歩も動けないとは本当に──」
「黙れ、下等生物が!」
その声の主はゼノだった。
気づいた時には後ろで女を拘束していた男2人を瞬時に倒していて、最後の1人も呆気なく地に伏していた。
あれ、俺の役目何も残ってなくね?
「まったく、何を始めるかと思ってたがまったくの無策だったのかよ……」
ゼノは血にまみれた剣状の何かを消しながら俺の方へと戻ってくる。
かっこよくて惚れそうになったが、ここまで人を殺めることに躊躇がないと逆に怖い。
「あ、あの、ありがとうございました」
「礼ならそっちの物好きに言え」
ゼノはお礼をしに駆け寄ってきた女にそれだけ告げ、俺の耳元で「後の面倒なことはしらん」と言い残すと、剣状の何かを消したときと同じように姿を眩ます。
正直魔王討伐どころか、ゼノにすら勝てない気がしたのは俺だけではないだろう。
いや、俺以外に誰も思ったやつなんてここにはいないんだけどな。
「あの? えっと、ありがとうございました?」
女はゼノに言われた通り、律儀にも俺にお礼を言う。
あくまでも疑問符混じりだが。
俺も助けようとしていた事実こそは変わらないのに疑問符混じりだが。
そう、疑問符混じりだが。
大切なことなので3回くらいは思っておこう。
ただ本当に助けたわけではないので、お礼を言われてもそれはそれで困るというのもので……
「あ、はい。どういたしたして」
一応言葉を返しはするも、その後の話が続かない。
何を話すべきか。
いきなり本題に入ってもいいものか?
ただそれには確信が持てていないからリスクが付きまとう。
そんなことを考えていると、それはまあ、何とも言えない雰囲気になるわけで。
「あ、あの……」
無理矢理に話を切り出そうとしても、いい言葉が出てこない。
本当にこの召喚士というのはコミュ障で使えない奴だった。
「名前聞いてもいいかな?」
はい、言葉選び失敗。
ナンパをするにしてももう少しまともなことを言えよと自身にツッコミたくなる。
だがあえて言おう。
俺は別にナンパがしたいわけではないと!
「えっ…………はい。エリス──エリス・リーデルティアと言います」
その妙な間はなんだよ。
あれか? やっぱり警戒されてるのか?
まあ、そんなことどうでもいいか。
今はあの状況を見逃さなかった判断は正解だった。
それだけで十分だ。
「やっぱりか……ということは探している姉の名はミリス」
エリスはその言葉に目を見開く。
面影がどことなくミリスに似ていると思ったが、姉よりも胸が大きいから正直自信はなかった。
それでも正解だったなら何の問題もない。
「ミリス姉さんのことを知っているんですか!?」
「おい、近い! 近いから」
「えっ、あ……すみません」
胸が当たる距離まで近寄られても戸惑うことしかできない。
いや、役得だし、正直嬉しいんだけどな。
「姉について知っていることを教えてください」
「いいけど……少し待ってな」
エリスを待たせてブレスレット型の端末を操作する。
ふと思ったが、これの正式名称って何なんだろうな……
後でリリィに聞いてみることにしよう。
そんなことより閑話休題。
コンタクトが取れないかとミリスの連絡先をダメ元で探してみる。
もちろんダメ元なだけあって登録されていなかった。
「はぁ……コンタクト──リリィ!」
「マスター、どうなされましたか?」
「至急こっちに来て欲しいんだが」
「分かりました。召喚していただければ」
いや、召喚すればいいだけならわざわざコンタクトをとる必要はないんだよ。
やっぱりリリィはどこか抜けているやつだった。
「召喚するのはいいが、正成は大丈夫か?」
「あっ…………失念していました。1度街まで連れて戻るので少し待っていてください」
「あいよ」
ここで1度コンタクトが途切れる。
おそらく正成に状況を説明する時間がかかるはずだから、俺もその間にエリスに軽い説明をしておくとしよう。
「もう少ししたらミリスと連絡がとれる仲間がここに来る。それから先は会う約束を取り付けるなり何なり自分でやってくれ」
「はい。ありがとうございます」
端末に『準備完了です』とリリィからのメッセージが届いた。
「召喚!」
それを合図にリリィを召喚する。
「リリィ、斯々然々というわけでミリスと連絡が取りたい」
「えっと、斯々然々ですか? 分からないけど分かりました。コンタクト──ミリス」
理由や状況を説明せずともリリィはミリスへとコンタクトを取ってくれる。
いや、本当に話を分かっているわけではないが、話の分かるやつだ。
そして数秒の呼び出しの後、ミリスと連絡が取れた。
「こちらミリス。リリィ、急な連絡だけどどうかしたの?」
「私にもよく分かりませんが、マスターが用があるみたいです」
「ミリス貴様の妹、エリスの身柄は預かった。返して欲しくば──」
「ちょっと! あんた何言ってるのよ! てかどうして妹の名前を知ってるの!」
俺の渾身のネタは無惨にも途中で打ち切られてしまった。
しばらく立ち直れそうにないので、エリスに会話どうぞとジェスチャーを出して後は好きにしてもらおう。
「姉さん、エリスです。今こちらの方々に協力してもらい連絡をとってます。直接会って話したいので、どこにいるか教えてください」
「えっ、本当にエリスなの!? 何でこの世界にいるのよ!?」
ミリスは明らかに動揺していて会話になっていない。
「ミリス、まだミュナーにいるんですよね。そこまで妹さん? を送るので場所を決めてください」
みかねたリリィがその場を仕切る。
本当に面倒見がいいな。
「えっ、ならいつもの酒場で落ち合いましょ」
「了解です」
コンタクトが切れ、リリィがエリスに向かって言葉をかける。
「今からミリスの元へ連れていきますね」
「は、はい。お願いします」
「それで、マスターはどうしますか?」
「一応ついていくよ」
「分かりました。ではいざミュナーへ──」




