26
「召喚士殿、そろそろ起きるでござる」
1日の始まり。
朝を告げる正成の声が聞こえてくる。
しかし意識が覚醒していようと、これしきのことで布団から出るような俺ではなかった。
「召喚士殿! 召喚士殿!」
声だけでは起きないと悟ったのか、正成は身体を揺さぶり始めるが、やはりこれしきのことで布団から出る俺ではない。
「……もう拙者には無理でござる」
勝負しているわけではないが、我慢比べは俺の勝利に終わったようだ。
正成が部屋から出ていき、再び静寂という名の平穏が訪れる。
──わけもなかった。
「マスター、朝です。起きてください」
拙者にはと言った正成の代わりにリリィがやって来た。
それでもリリィが強烈な起こし方をするはずはない。
まだまだ安心して寝れるというものだ。
「マスター、まだ眠たいですか?」
リリィが優しい声で聞いてくる。
もちろんそれに対して俺が答えることはない。
こういうのは総じて誘導尋問である。
だからこそこのまま何も答えずもう一寝入りさせてもらおう。
「マスターが起きないのであれば私も一緒に寝ます!」
ん?
どうしてそういう発想になるのだろうか?
頭の中に数多のクエスチョンマークが浮かぶ。
しかしそんな俺のことなど気にすることもなく、奴は布団の中へと侵入してきた。
「今起きた! はい起きた」
この歳になって何でこんなガキみたいな事を言っているのか……
それは自分でも分からない。
しかし北風と太陽作戦──作戦なのかは分からないが……
まあ、それに屈した俺は反射的に布団から飛び出してしまった。
今考えると勿体ないことをした気もする。
「マスター、どうしてそんなに慌てて逃げるんですか……」
もちろん拒否られたリリィは不満げである。
そもそも起こしに来たはずなのだから目的は達成しているはずなのだが、それでもやっぱり不満げである。
「崇教的に配偶者ではない異性との同衾は禁止されているんだ」
そんなわけはない。
自分で言っててどんな言い訳だよと思わずツッコミそうになる下手な言い訳が口からこぼれた。
本音を言えば子どもリリィならまだしも、大人リリィに添い寝などされようものなら理性を保てる自信がない。
そういったところだが、そんなことを本人の前で言えるわけもない。
「そうだったんですか!? よく知りもせず、勝手な事をしてしまい申し訳ありませんでした」
結局のところ異文化の壁みたいなものを使った雑な言い訳はリリィに通じてしまった。
それはそれで嘘なのに本気にして謝られているためどこか居心地が悪い。
「今度から気を付けてくれればいいよ。それじゃ、今日こそは冒険を始めるとしますか」
「一応朝食を準備してもらっていますけど……」
「それじゃ飯が先だな」
腹が減っては戦は出来ぬ。
特に戦をするつもりはないけどな。
それでも気持ちを引き締めるためにと顔を濯ぎ、朝食を食べることにした。
「マスター、そういえば昨夜の話の続きを聞きたいのですが」
「拙者も気になるでござる」
はて?
昨夜の続きとは何だろうか?
そう酒に酔っていてした話など忘れてしまったと言わんばかりに首を傾げてとぼけてみせる。
しかしそうは問屋が許さなかった。
「マスター、大事な話なのでしっかりしてください」
「はーい。でも話をするならここじゃない方がいいんだよな……」
「何か問題でもあるでござるか?」
「ここじゃ召喚が使えないんだよ」
それだけで理解したリリィと、理解できない正成。
そういえば正成は俺が魔王を召喚できるなんて知らないんだったな。
「そういうことならば一度街を出た方がいいですね。すみません! ご勘定お願いします」
リリィは店主を呼ぶと会計を済ませる。
もちろん俺と正成はヒモさながらにその様子を見ているだけ。
少し情けないなとは思うが、だからといって払えるだけの金を持っていないのが現実だった。
「それでは手近なフィールドに移動しますね」
「ああ、頼む」
辺りが眩い光に包まれる。
視界が開けた時にはそこは草原だった。
「め、面妖な術でござる!」
「あの、ただの移動呪文です……」
「いどうじゅもん?」
「分からないなら分からないでいいから話を進めるぞ」
「召喚士殿、酷いでござる……」
「それで昨日の話の続きだが、リリィのレベルアップに合わせて俺もレベルアップしたことによって今まで使えなかったスキルが解放された」
昨日の話を振り返るように言葉にする。
「まあ、内容だけを簡単に言うと、召喚スロットの増加。契約スキルの解放。召喚時の補助効果付与。とまあこんなものだな」
召喚スロットは3から18に増えた。
ただここで実数を出すのは得策ではないだろう。
精々2倍の6としておこうか。
「つまりは先日話をしていた可能性についての検証ができるようになったということですね」
「そうなんだが、スロットの増加分は3つしかない。だから可能性にかけるのか。それとも安全策で契約のために残しておくのか。結構迷うところだな」
「その契約というのは召喚と何か違うのですか?」
「ただの召喚であれば呼び出されるものがランダムで選ばれて、契約であればその対象を自由に召喚できるようになるって感じだと思う。補助効果によって召喚したものを強化することができるって言うのが悩ましいポイントになってるんだよな」
「確かにそうですね……今後どのように魔王攻略を目指していくか。それを決めないことには話が始まらないわけですか」
「そういうことだな。それで奴に話を聞こうと思ってるわけだ」
「奴……でござるか?」
今まで話についていけずに黙りこんでいた正成が話に入ってくる。
そのまま話をしてもよかったが、説明も面倒だから少しこの場を離れてもらうことにしよう。
「それはさておき、リリィには別でして貰いたいことがある」
「はい、何でしょうか?」
「まずは一度正成を連れて始まりの街へ戻ってくれ」
「……? はい」
リリィは意味が分からないものの指示に従い移動呪文を発動させた。
光に包まれたと同時に二人の姿が消える。
始めて第三者としてその様子を見たが、結局光が眩しすぎて何が起きているのかさっぱり分からなかった。
「コンタクト──リリィ」
「マスター、次はどうしたらいいでしょうか?」
「鍛冶屋に向かって正成の武器を作ってくれ」
「はい」
「そして完成を待つ間に適当なところで正成のレベル上げをお願いしたい。以上だ」
「了解です」
正成もリリィがついていればモンスターにやられてしまうこともないだろう。
それじゃこっちもこっちでやるべきことを済ませてしまいますか……
「召喚!」
そして俺は奴──魔王を召喚した。




