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軋むような痛みとともに1日がスタートした。
リリィはまだ安らかに眠っている。
その寝顔をしばらく眺めた後、彼女が起きる前にシャワーを浴びてしまうことにした。
「贅沢は言ってられないけど、シャワーだけでなくお湯に浸かりたいものだ」
石鹸と鏡しか備え付けられていない簡易シャワー室の中で誰に言うでもなく呟く。
元いた世界では日常的であったことでも、このRPGと呼ばれる世界ではそうはいかないことも多い。
これから冒険を始めていけばシャワーすらも浴びられない日があるだろうし、雨風を、そして敵襲を気にしないといけない日も出てくるだろう。
最悪リリィの移動魔法を使えば──
そんな甘い考えが頭をよぎるものも、それではいざという時に困る。
冒険4日目の朝にしてホームシックなんて情けないにも程がある。
そんな浅はかな考えをかき消すようにシャワーを浴びた。
シャワーを浴び終え、しばらく時間が経った頃にようやく日が登ってきた。
そして日の出とともにリリィが目覚める。
なんというか、そういう習性なのだろうが正直驚きを隠せない。
「ふわぁ、マスターおはようございます」
「おはよう、疲れはとれたか?」
「はい。魔力もある程度回復しましたし、いつでも冒険に出られますよ」
どうやら魔力は寝たら回復するものらしい。
まあ、そもそも魔力などない俺には関係のない話かもしれないが……
「まあ、もう少し休養をしないといけないけどな」
「どうしてですか?」
「鍛冶屋のオヤジは明日のうちにはできるとしか言ってないからな。今日の予定をたてようにも、いつ武器が出来上がるかが分からなければたてようがない」
「それなら心配はありませんよ。おそらく朝食をとって戻った頃には出来上がっていると思います」
「そうなのか? それなら早いとこ飯食って戻るとするか」
ここ辺りは常連にしか分からないところなのだろう。
そういう面でもやはりこの世界に詳しいリリィの存在は頼もしく思える。
「そうですね。今日はマスターにガンガンモンスターを討伐して貰わないといけませんし、まずはしっかりと食べておかないといけませんからね」
そう微笑むリリィを見て背中に悪寒が走る。
もしかしたら今日は昨日以上に血反吐を吐くかもしれない。
「はい、到着です」
あれからゆっくり食事をした俺たちは始まりの街へと戻ってきた。
いよいよ本格的な冒険が始まることへの期待と不安が入り交じっているが、この感覚はそれほど嫌いではない。
「おう、お嬢ちゃんたち。注文の品はもう出来ているぜ」
俺たちは武器を受け取り、その使い心地を確かめる。
手にしっかりと馴染む出来の良い1品だった。
「素晴らしい出来ですね……今まで使っていたものよりも良いものが手に入りました」
「お嬢ちゃん世辞はよしてくれよ。坊主の方は……聞くまでもないか」
「代金はいくらでしょうか?」
「ああ? 昨日言っただろうが。代金はいらねぇよ。こんな貴重な体験をさせてもらったんだ。これ以上を望んだらバチがあたっちまう」
「ですが……」
「ありがとう。今後珍しい素材などが手に入ったらまた立ち寄らせてもらうよ」
「ちょっと、マスター!」
「いやいや、それでいいんだよ嬢ちゃん。年長者からの好意は素直に受け取るのも美徳ってもんだからよ」
律儀というかなんというか。
それでもリリィは無償ということに申し訳なさを感じてしまっているようで、俺と店主の顔を交互に見ては困惑の表情を浮かべている。
「リリィ、これから先自分のために使いそうにない武器の素材はあるか?」
「はい、限度数まで貯まってしまったものなど色々とありますが」
「ならそれを代金として置いていこう。そうすれば店主は素材の買い付けにしばらく困らないで済む。俺たちとしても腕の良い鍛冶師への投資と考えれば安いものだ」
「分かりました」
リリィが画面を操作し始めると大量の素材となる物質が受付のテーブルに積まれていく。
見た感じ軽く数十本はうてるだろう。
「いやいや、こんなに受け取れないよ」
次は店主の方が申し訳なく思ったのか難色を示す。
しかしこんなときの対応は至ってシンプルなものでいい。
「こちらとしては不要品だし、それで贔屓にしたい鍛冶師さんの腕がより上がるのならば一石二鳥。是非使って欲しい」
「お、おう。そうか。そこまで言われて受け取らないのは男じゃないな。また次にあんたらが来たときにはもっと良いものを作れるように修行しとくぜ」
「その時はまた頼むよ」
これで両者Win-Winの関係となり、そして人脈のパイプも広がる。
前の世界で染み付いた交渉術もこういう時には便利なものだ。
「ほら、リリィ。行くぞ」
「あっ、はい。武器ありがとうございました」
リリィはやはり律儀に頭を下げてから俺の後を着いてきた。
それが彼女の良いところだと思うし、それはこれからも変わらないで欲しいと切に思う。
「あの、マスター」
「ん、どうしたんだ?」
「本当にあれで良かったのですか? このレベルの鍛冶ならあんな素材では足りないほどの──」
「あれで良いんだ。俺には本来の適正価格なんてものはまだ分からないが、今回に限ってはあれが適正価格だったってだけの話だろ」
「ですが……」
「まだグダグダ言うようなら胸揉んででも黙らせるぞ」
「えっ、いや、それは、その……」
肌の白いエルフが真っ赤になっていく様というのも中々に風情があるものである。
それに今のは俺的にレベルアップだな。
新スキル『リリィの扱い方』を覚えた。
まあ、そんな感じのやつ。
「冗談だから、ほら、冒険を始めるぞ」
「は、はい!」
ふざけるのもこれくらいにして、ここからは気持ちを引き締めていかないとな。
待ち受けているのは命懸けの闘い。
時間の猶予が1年もないのだから、早いところリリィに追い付かなければならない。
そう強い気持ちを胸に俺たちは城門を潜り抜け街の外へ出ていくのであった。




