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「あれは……どういうことだったのかしら?」
酒場に戻り席に着くなり、ミリスは周囲に聞かれない声量で問いかけてきた。
リリィはばつが悪いのか、その質問に対して俯いたまま動かない。
そして俺はどこまで気づかれているのか。
どこまで説明するのが最良なのか。
その線引きを未だ決めかねていた。
「話して貰えないと意味が分からないわよ!」
憤怒。
勢い良くテーブルが叩かれた。
振動で食器が激しく音を立て、リリィが一瞬震える。
そして集まるのは周囲の視線。
「……ごめんなさい」
我に返ったミリスは、興を削ぐその行動を謝罪をし、静かに椅子に座り直すとぬるくなった酒を煽った。
「はぁ、それで何が聞きたいんだ?」
俺は意を決してそう尋ねた。
二人の話を聞き流していた事もあり、ミリスが何を知っていて、逆に何を知らないのかが分からない。
そんな状況下だからこそ余計なことを言わないようにしなければならない。
まあ、別に隠すほどのことでもないわけだが……
「そうね……まずは貴方の職業かしら」
は?
職業すら教えていないとか逆にリリィは何を話していたのだろうか……
「召喚士だ」
「名前は?」
「こっちの世界に来る前の記憶がなくてな……とりあえず今はそのまま召喚士って呼ばれている」
嘘。
真っ赤な嘘。
「それは悪いことを聞いたわね……」
「構わない。どうせ投げ出しても構わないようなくだらない人生だったんだろうし」
「そう。それじゃあ本題に入るわね。どうして魔王がここに現れたのかしら? 貴方は何か知っているのでしょう?」
ハリウッド顔負けの演技ができたと思っていたが、そうでもなかったようだ。
「それは今停戦状態にあるからだろ? 魔族とはいえ、それを統べる王が決めたことだ。それを守っただけだろ」
召喚ができる事実は伏せる。
さて、これでどう切り返してくるかだが……
「どうしてそんなことを知っているのかしら」
「先日始まりの街が魔物の襲来を受けた。その時にもあの魔王が騒乱を止めたからな」
「まさかそれを信じるというの?」
「信じるも何も1年間で力をつけないといけないことには変わらないからな」
「それなら余計にリリィが貴方に従うなんて非効率的よ!」
「効率も何もないよな。リリィ」
「はい、今の私では魔王討伐なんて100年かかっても無理ですからね……」
「リリィ、そんな弱音吐くなんて貴方らしくないわよ!」
ミリスはリリィの肩を揺らす。
それと同時に二人のたわわな胸も揺れる。
眼福。
眼福。
「魔王のレベルは7万です」
顔を逸らして小さくリリィが言葉を漏らす。
そして手が止まる。
ミリスの顔面は蒼白。
聞き間違いだと思いたくなる現実に言葉が出てこないようだった。
「そしてマスターはイレギュラー因子です。勇者が誕生するかも分からない今、私は彼に賭けるのが最善だと判断しました。それに……命を助けて貰った恩もありますし」
「イレギュラーって酷い言い様だな」
「申し訳ありませんが事実ですから。レベル1で魔王を退けられる人なんて他にはいませんし」
「……分かったわ。リリィの考えは尊重したいと思う──でも、私は貴方の実力が本当にそこまでのものなのか測りかねるわ。だから私は私で魔王討伐を目指すことにするわ」
最善の結果とは言えない。
しかしこれはこれで最良の結果なのだろう。
避けるべきはリリィとミリスが仲違いをしたまま別れること。
それが回避できただけでも意味はあったと思いたい。
「残念です。ミリスがいれば心強かったのですが、仕方ありませんね」
「嫌になったらいつでも戻っていらっしゃい。私もしばらくはこの辺りで修練を積みつつ新しい後衛を探さないといけないから」
「ミリスこそ気が変わったらいつでも連絡してきて良いのですよ」
「愚問愚答ね」
「そうですね」
「それじゃ私は宿屋に戻るわ。ここの支払いはこっちで持つわ」
「それは──」
「浮いたお金でまともな装備でも揃えてあげなさい。そんなみすぼらしい格好じゃリリィが恥をかくわよ」
そしてミリスは後ろ向きに手を振って店から出ていく。
いちいち言葉に棘があるが、根は良い奴なのは伝わった。
致命的なまでに言葉に刺があるけどな。
「用も済みましたし私たちも戻りましょうか」
「そうだな。ところで宿泊先はどうするんだ?」
「王宮に戻れば部屋を借りられると思いますよ。それが嫌なら宿を探してもいいですし」
「野宿以外なら何でもいい」
「なら、こっちで宿に泊まっていきましょうか」
そして俺たちはリリィの先導の元、宿屋に向かってすっかり日が暮れて暗くなった道を歩いていくのだった。




