序章
俺はただ椅子に凭れこみ、見慣れたなんの変哲もない天井を見上げていた。
そう、特に何をしているわけでもない。
強いていうならば、ディスプレイの見過ぎで疲れた目を休ませているといったところだろう。
暗い室内で何故そんなことをしてるのか。
理由は簡単。
それは俺が絶賛引きこもり中だからである。
別に仕事をしたら敗けだとか言って、親の脛を齧っているわけではない。
数日前に仕事を辞めた。
そして今のところは働くつもりもない。
ただそれだけのことである。
同調と協調を同一視して扱う、このクソみたいな社会に疲れただけ。
幸いなことに金はある。
無駄遣いすることなく貯蓄に回していた過去の自分に感謝である。
この財産がなくなる頃までには仕事を探すなり、死を選ぶなりの行動を取ることだろう。
おそらく後者になると思うが。
そんな下らない事を考えていたら、PCにメールが届き通知が鳴った。
物憂げに内容を確認すると、あまりにも荒唐無稽で確実に釣りであろうものだった。
『現在の社会に疲れた有能な貴方へ。
貴方の才能を魔王退治に役立てませんか?
私の創り出したリアルパラレルグラウンド。
以下省略してRPGでは貴方の才能を存分に発揮できます。
RPGに興味があるならば以下の質問に答えて送信ボタンを押してください。
貴方が第2の人生を選択することをお待ちしています。
RPG管理人より』
「くだらねぇ……」
俺は呟く。
それでも特にすることもなく、暇潰しとして質問を流し見する。
その数は100問。
簡単な内面を問う質問から、専門的な高度な問いまでその種類は様々。
それに全て答えるとRPGでの職業適性が分かる仕組みらしい。
「やってみるか」
『第一問。ロールプレイングゲームに存在する職業の中で貴方に適していると思う職業は何?』
肉体派というよりは頭脳派だし、味方を守るよりも敵に攻撃する派だなと思い、メジャーなところで『魔法使い』と記入する。
『第二問。貴方の一番の長所は何?』
長所……なんというか器用貧乏な事もあってか、これというものが思い浮かばない。
そこで仕方なく『何でもそつなくこなす器用さ』と答える。
そしてその後も迷いながら質問に答え続ける。
それから一時間ほどの時間が経ってようやく最後の問題に辿り着いた。
『第百問。貴方は魔王を倒す勇者ですか?』
『いいえ』
最後の問いだけは即答だった。
憧れないわけではないが、少なくともそんな柄ではない。
そして全て答え終わったところで『送信』のボタンが出現した。
「どうせ捨てるつもりの命だしな」
時間をかけて質問に答えたこともあってか、釣りだと分かっていても職業適性が分かるのではないかと期待をしてしまう。
そして俺は送信ボタンをクリックした。
その刹那、画面から眩い光が放たれ視界を塞がれた──
それからしばらく時間が経って、ようやく視界が開ける。
するとそこは今までいたはずの借りたマンションの一室ではなく、見慣れない無機質な部屋だった。
部屋は冷たいと思うほどに殺風景で、その中心に違和感満載な大型のディスプレイが設置されている。
不思議なことにその部屋には入出口がない。
「リアルパラレルグラウンド。通称RPGの世界へようこそ。私はナビゲーターのユリアと申します。この部屋では魔王討伐の旅を始める前のチュートリアルを受けることができます。ここに来るのが初めてではない方、チュートリアルなんて聞く必要のないという方はスキップ。チュートリアルを聞いてくださる方はスタートと発してください」
画面には人工知能であろう可愛らしい女の子の姿が写し出されている。
頬を1度つねってみる。
痛い。
夢ではなさそうだ。
俄には信じがたいが、この現状を受け入れるしかない。
「スタート」
「はい、それではチュートリアルを始めさせていただきます。何か気になる点等ありましたら、随時質問してください」
「じゃあ最初の質問だ。さっき『ここに来るのが初めてではない方』と言ったが、さっきまで俺がいた世界に戻ることは可能なのか?」
「はい、戻ることは可能です。ですが、それには専用のアイテムを使う。もしくは魔王を討伐する。どちらかの方法を取って貰う必要があります。申し訳ありませんが、今帰りたいと言われましてもそれに応えることは出来ませんのでご了承ください」
「別にあんな世界戻りたいとも思わないからそれはいいよ。後もう1つ。椅子と机、後何か書くものを用意してもらえるか?」
「かしこまりました。順番は前後してしまいますが、メモにはこれをお使いください」
何もなかった空間に座り心地のよさそうな椅子と、金属製のブレスレットが現れる。
それを手に取ると自動で腕に装着される。
説明はどうせしてくれるだろうと思い、椅子に腰かけた。
「それでは説明をさせてもらいます。そちらのブレスレットはこのRPGで冒険をする方に提供されるデータバンクです。早速ですが、裏側にあるボタンを押してください」
「これか」
指示に従いブレスレットの裏側に付いた小さなボタンに触れる。
すると目の前にバーチャルのディスプレイが写し出された。
「そのディスプレイはタッチまたは音声に対応して様々なデータを集積し、プレイヤーの冒険を手助けします。分かりやすく言えばゲームでいうステータス画面の様なものですね。メモと言えばメモを開くこともできますが、独自に会話を記憶してくれる機能もあるのでお好きな方をお使いください」
画面を操作しメモ帳を片隅に開く。
記憶は機械に任せない。
それが偏屈な俺が選んだ答えだった。
「準備OKだ」
「はい、それでは続けさせていただきます。このRPGの目的は魔王を討伐することです。しかしリアルパラレルグラウンドと名前にもある通りゲームとは異なる点がいくつか存在します。それがリアル。この世界での死は言葉通りの死を意味しますし、ゲームの様にご都合主義ではありません。例をあげるならばモンスターを倒してもお金が手に入らないなどですが、あげていくとキリがないので自分の目でお確かめください」
「つまりは遊びではなく現実的に捉えたらいいってことだな。次に進んでくれ」
「はい。パラレルと名する様にこの世界は貴方のこれまで過ごしてきた世界とは異なる平行世界となっています。厳密に言えば多重世界。分かりやすく言えば異世界と捉えてください」
AIが話すこの世界の仕組みを自己流でまとめあげていく。
当初は遊び程度に考えていたが、生死が懸かっている。
適した世界かどうかは分からないが、見極めるまでは本気で取り組む。
それが俺の出した答えだった。
「次に事前に受けてもらった適性検査の結果です。貴方の一番適性のあった職業は召喚士でした」
「召喚士……ね。それで何が召喚できるんだ?」
「それは私からは説明できない規則となっていますので、自分の目でお確かめください。また、職業ごとに最初の装備が違います。これはRPGに転送された際に自動で変化します」
「変わるのは装備だけなのか? 正直言うと俺は戦闘なんてものをこれまでしたことがない。勿論そのための体力や肉体作りもしていない。そんな状態で放り出されても戦えるようになるまでで数年近くはかかり投げ出しそうなんだが?」
「はい、肉体的なものに関しては職業に対して、適性であろう初期のステータスに変化します。しかし、頭脳は今のままです」
「そうか、それなら安心した」
肉体的に必ず強化されるとは言っていないが、社会に疲れた人間に肉体派の人間が多いとは思えない。
下手したら戦士タイプの人間が全然いないなんてこともありえただけに、最初から詰むということはなさそうだ。
「チュートリアルはこれで終了です。後は自分の足で情報を集めて、自分の目で確かめて貰うことになります。質問がなければRPGへ転送しますがいかがですか?」
「この世界に俺以外の冒険者はどれくらいいるんだ?」
「はっきりとした数は分かりませんが、数万人程度はいると思います。毎日死者が出ますし、毎日全世界から新たなプレイヤーが参加しています。余談ですが言語は通じるようになっているのでご安心ください」
「そうか、それじゃ最後の質問だ。これまでに魔王を討伐したやつはいるのか?」
「いません。私たちはかれこれ数百年に渡り異世界から有能な人物を呼んでいますが、未だに討伐は達成されていません」
「そうか……それじゃ転送してくれ」
「かしこまりました」
その声と同時にまた視界が眩い光に包まれる。
光が消えた時、目の前に広がっていたのは塀に囲まれた城下町の光景だった。