第七章:【 3 】 & 【 6 】
私は、寂しさのどん底にいたが、ある事が気になっていた。
私に届いた変な手紙、
耕介がいなくなった時、足にまとわり付いてきた『2』と書かれた紙、
私の心はどんどん落ち込み、悪い方へ悪い方へと考えが進んでいった。
もし、転校していったあの「しゅう君」に、『1』と書かれた数字が届いていたのなら、
そしてあの『2』と書かれた紙が、耕介に届いていたのなら、
次の、つまり『3』、3番目が私?…… って事。
でも、そんな事ってないよね? と寂しさと怖さに落ち込む心を、自分自身で慰め、私はやっぱり、元気っ子なんだからと。
そして、ゆりの確認も取らずに、母さんに、
「明日は遅くなるかもしれないから。ゆりのところ行ってくる、いいよね?」
「いいよ、でもあまり遅くならないように、小百合さんのお宅にも迷惑をかけてしまうから、遅くなるようなら、帰る時必ず電話をするんだよ」と。
とりあえず、母さんには承諾をもらった。
でもまだ、ゆりには連絡していない。
携帯電話などまだ持っていない私、我が家の家電から声をひそめ、ゆりの携帯に電話をかけた。
携帯への呼び出し音が聴こえる。ばれないようにと細心の注意を払い、早く出て! と思いながら、
そして、ゆりと繋がった。
私は単刀直入に
「月子だけど突然でごめん、明日、遊びに行ってもいいかな? 特別に何でもないけど」と言葉をごまかした。
「ちょっと待って」と、電話越しからではあるが、
「明日のピアノのレッスン休んでもいい? ツッキーが、一緒に勉強しよう! って言うから」
「月子さんね、えぇ、いいわよ。明日は、月子さんと目一杯過ごしなさい。ただし、月子さんのご両親が許して下さればだけど、ご迷惑にならないようにね」
そして、ゆりが、
「明日は何時でもいいよ! お母さんにも今伝えたし、何時ごろから来る?」
既にお母さんに承諾を得た事は、さっきの電話越しの会話から解っていた。
本当なら、朝9時と言いたかったが、おそらく昼ご飯なども用意してくれるのは、いままでの流れで解る、
「じゃぁ、午後の1時に行くから」と答えると、
いつもの案の定ではあるが、
「もっと、早く来てよ!、お昼ごはん、うちで食べればいいじゃない、ねぇ」と、
でも明日は、私のこの悩みを聞いて欲しくて行くんだから、と思い、全く用事など無かったが、つい嘘をついてしまった。
「解った……、けど午前中はちょっと用事があるんだ、ごめんね。
やっぱり午後1時頃に行くから、私も母さんに言ってあるし、遅くなったら連絡する約束になっているから、明日は、門限無視で一杯楽しもう」と言い、電話を切った。
私は、ゆりの心臓病の事は知ってるし、何て言おうかな?、負担にならないようにしないとな……。
でも、このもやもやとした変な心境は、ゆりにしか話せないしな……、と思っていた。
そして、例の変な手紙を用意しようと探してみたが……、
私宛の手紙はあったが、
クリップで一緒に止めていたはずの耕介の事故の時の紙が、どこを見つけても見当たらなかった。
クリップは付いているのに。
私は、何て言って相談に乗ってもらおうかな……、と思いながら床に着いた。
次の朝、母さんが、
「月子、いつまで寝てるの。耕介君の事故の事は、もう、忘れなさい。
母さんは、パートに行っちゃうからね」と、
母さんも、耕介の事で落ち込んでいる私を感じていたのだろう、いつもより優しい口調だった。
「うん、わかった……。そう、今日はゆりの所に行ってくるからね」とだけ、答えた。
午前中、ずっと悩んでいたが、ゆりに心配させてもいけないし……。
とりあえず、まだ残っている超難題の数学の問題、英語、……の宿題を持って、
そして、例の手紙を用意し、ゆりの家に向かった。
ゆりは、いつものように、首をなが~くして待っていてくれたようで、部屋に入ると、すぐに、
「昼間見ても、綺麗だよね!」と、この前、一緒に作った共同作品を指差した。その作品は、部屋の一番目立つ所に飾ってあった。
そして、タイトルまで決めていた。
『満月に包まれ、光輝き集まる星々達 by ツッキー&ゆり』と、
私は、その満月の石をみて、あの石は、あの河原で……、思わず涙ぐんだ。
そんないつもと違う私を見てなのか、
「勝手にタイトル決めちゃって、気に入らなかった?、ごめん、何か違うタイトルにする?……」
「うぅん、違うの、……」としか言えなかった。
脳裏に残るあの日の情景を、思い出してしまっていた、だけだった。
私は、ゆりに心を鬼にして、耕介の事、しゅう君の事、例の手紙の事を話し始めようとした。
その時、階下から家政婦さんが階段を登ってくる足音。
そして、部屋の前に立ち止まると、
「小百合お嬢様、お嬢様宛に奇妙なお手紙が届いておりますが、いかがいたしましょうか?、月子様がお帰りになってからにしますか?」
するとゆりは、
「どうせどこかの高校入学案内か、何かのダイレクトメールでしょう? ツッキーが帰ってから見るから」と、
私は家政婦さんの言った奇妙な手紙? という表現が気にかかり、
「今、見てみようよ」と、ゆりよりも先に席を立ち、部屋のドワを開け、
「今、見ます」と、手渡してもらった。
私は封筒の表書きを見て、ハッとした。
「どうしたの急に、手紙頂戴」
私は、ちょっとためらったが、ゆり宛の手紙なんだから、渡さないという選択肢はない。
ゆりは、封筒を見て、何? これっ、と怪訝そうな顔をしながらも、ペーパーナイフで開封し、中に入っている便箋を確認していた。
3枚の便箋だった。
私は、私のところに来た奇妙な内容の物とは違うよね、と願っていた。
ゆりは、
「えっ!」っと、何故か、ちょっとだけしか驚いていなかった。
「見せてもらっていい?」と聞くと、
「ツッキーには関係ないし、ただの入学案内のダイレクトメールだから」
ゆりの態度は、明らかに変だった。
「嘘でしょう!」と強く言ったが、その時は、その手紙を見せてくれなかった。私は、心の中で確信を持った。
それ以上追及するのも変だし、さっき話そうとしていた続きを話始めた。
耕介の事、しゅう君の事、そして、私に届いた手紙の事を話始めた途端、
さっき届いた奇妙な手紙の時とは、比べ物にならないほど驚き、
「えっ!、ツッキーにも!!」と、落胆の表情を顕わにしていた。
私は、私の推測を、そして、私に来た手紙の内容をみせると、
ゆりは、さっき届いたばかりの手紙を見せてくれた。
封筒には、『ご当選おめでとうございます』の文字、『高橋小百合様』とだけ記されていて、住所も切手も差出人の名前も無かった。
封筒の中には、
1枚目には、『死』という文字が、
2枚目には、『6』と書かれた数字、
3枚目には、貴女の順番がもうすぐ……。
私へ届いた内容と一緒だった。
そして、ゆりは、落ち着いた表情で、
「ねぇ、いい、これから話す事は信じられないかも知れないけど」と、席を立ち、書棚に行き1冊の本を持ってきた。
それは、以前にもあった『ナザレ幼稚園合格ノウハウ集』だった。
中をパラパラパラとめくると、あるページを開き、
「死という字は、全部で6画の文字。
ツッキーに来た手紙の1枚目、訳の解らない文字は、『死』という漢字の3画目までが書かれていて、それを意味するのが、この2枚目、3と書かれた数字。
しゅう君と耕介君には、おそらく、1画目と2画目までが書かれていたと思う。
そして、1画づつ、順番に実行していくと封筒も便箋も自然に消滅するの。
つまり、耕介君の時、ゆりが拾った便箋が消えたって事は、そういう意味。
私に来たのは6画目までが完成した文字。
死界よりの使者は、6画までを完成すると、自分の任務を終える。
順序は決められてしまっている。
だから、ツッキーには、辛くきつい言い方になってしまうけど、2より3が先に死んではいけないの、だから……。
もし、その決まった順序が途中で狂えば、任務遂行はできなくなってしまうの。
そして、その運命から逃れられれば、届いていた手紙もその時点で消滅する。
ツッキーに届いたその手紙を、私に頂戴。
できるかどうか解らないけど、順番を入れ替えればいいんだから」
私には、意味が良く解らなかったが、これだけは解った。
「私の順番を変えるって事なの!、ゆりが変えるの? ゆりが3番目になるつもりなの? そんな事許さない!!」
ゆりは強い口調で、
「そんなんじゃないから、このままだとみんな順番通りに、ツッキーも、きっとクラスの友達も……。いいから、とにかく頂戴!。
それに、もうツッキーも知ってるんでしょう」と、
俯きながら席を立ち、また、書棚から1冊の本を持ってきた。
『ナザレ幼稚園入園合格面接問題集』と書かれていたが、内容は、心臓病に関する医学書だった。
「心臓ってねぇ、ここに書かれているように……、
そして、私は、特異体質で、いつ、この心臓が爆発しても不思議じゃない疾患に侵されてるの。
だから、それまでは、みんなで幸せで居たいの。
順番を変えるなんて、出来るかどうかは、解らない。
でも、それ頂戴!」と強引に私に届いていた手紙を奪い取った。
私は、
「順番を変えて、この連鎖を止めるってだけで、ゆりが、私の替わりになるって事じゃないんだよね」と念を押すと、ゆりは、さっき開いていたページに目をやり、
「できるかどうか自信は無いけど、やるだけやってみる。連鎖を止めるだけだから、私もツッキーも死なない」と。
*
私は、震える足で、家路に向かっていた。
家に着くと、既に母さんは帰宅していた。
元気を振り絞り、
「ただいま~、母さん、今帰って来たよ」
すると母さんが、奥の方の洗濯場から、
「今日は、ゆりさんの所へ行ったのに早かったね、どうかしたの?」
「うん、数学の宿題の中で難しい問題があって、ゆりの説明でも良く解らなかったから、ちょっと参考書、買いに行きたいんだ。
お小遣いで少しずつ返すから、5000円くらい貸して。
あと、町の本屋さんまで行くから、自転車で行ってくるね」
「学校の参考書なら、しょうがないね、そこの棚の上にバックがあるでしょう?
その中に財布が入っているから、そこから、持っていって。
マンガ本なんか、一緒に買っちゃだめだよ。町は車も多いから気を付けるんだよ」
「わかった、じゃぁ、行ってくるね」と、
自転車のサドルをカシャンと跳ね上げた。
その瞬間から後戻りのできない3番目の道を、町への道を、下って行ってしまった。
さっきの会話が、月子と母さんとの最後の会話となる事を、二人は当然知らなかった。
本屋さんの前に自転車を止め、
題名 『死、そして救われることのない宿命』
店の隅々まで探し、見つけた。急いで会計を済ませ、本を前篭に入れ、家に帰ろうと、自転車のサドルをカシャンと跳ね上げた、……。
その瞬間、月子は暴走してきた車に跳ね飛ばされた。
本も宙を舞い、書店横の小さな水路に落ちていった。
*
一方、そのころゆりは、本を読み返し、月子を助ける方法を読み直していた。
(たとえ自分が犠牲になってもいいと思っていた)
その方法とは、その決められた人間が順番を迎える前に、その順番以降の誰かが、先の順番の番号を握りしめ、身代わりになる。
ただし、誰にでも起こりえる方法を選択(普通に、簡単に出来るであろう、リストカット、投身自殺、首吊り、睡眠薬の多量摂取……等々)をすれば、身代わりになろうとした順番以前の人間は、その身代わりの死より先に死を迎える事になる。
今のゆりには、『誰にでも起こりえる方法』を回避する事は、さほど難しいことではなかった。
部屋のカーテンを閉め、電気を消し、月子と共同で作った自由課題の作品、
『満月に包まれ、光輝き集まる星々達 by ツッキー&ゆり』を見ながら、
そして節目節目で撮られた集合写真、ツッキーが笑い、ゆりがほほ笑んでいるスナップ写真……を、共同作品の月明かりの下で見ながら、走馬灯のように、ツッキーとの小学1年生からのいろんな出来事を思い返していた。
ゆりは覚悟を決めていた。
小学生時代からいつも飲んでいた、自分の、この特異な心臓の発作止めのためにだけ調合されている、通常の人には、決して手に入らない特殊な薬。
1回に服用していい量も、致死量までも、知っていた。
そして、致死量以上の薬を飲み、薄らぐ意識の中、ゆりは、
「ツッキー、いままでありがとう。これできっと死の連鎖は、終わるわ。
ツッキーはこれからも、この月明かりのように、私達を照らしてね」
手には、ツッキーに届いていた『3』と書かれていた便箋を握りしめ、
しかし、既にふたりで作った共同作品の、その月明かりの光さえも見えなくなってきていた。
何か様子がおかしい、と感じた家政婦さんは階段を駆け上がり、
「小百合お嬢様! お嬢様!」、返事がない。
「小百合お嬢様入りますよ」とドワを開けてみると、締め切ったカーテン。電気の消された部屋。目に入ったのは、共同作品の月明かりの下で、横たわっている小百合お嬢様の姿。
「奥さま、小百合お嬢様が大変です。奥さま!、奥さま!」と叫ぶ家政婦さんの声、階段を駆け上がって来るゆりのお母さん、部屋に入ると、すぐさま部屋の明かりを点け、その様を見ると
「早く、救急車を呼んで、早く! 早く!」と。
*
月子の家の前を救急車の音が通り過ぎる。
小百合さんの家の方へ向かって行った。
過去にもそんな事があったので、月子の母さんは、
「あら、何かあったのかしら、心配ね」と、思っていた。
ふと、時計を見ると6時半を既に回っており、
「いくら、門限を7時にしたからって、ちょっと遅いわねぇ、電話くらいすればいいのに」と、思っていたそんな矢先、電話のベルが鳴り響く。
やっと、電話してきたのね、まったく、と思い電話へ、
「月子? 遅いんだから」と。
受話器の向こうからは男性の声で、
「南町警察署の者ですが、高橋月子さんのお宅ですか?」と、
「はい?」
「実は、月子さんが、交通事故に遭われまして、今、南町総合病院のほうに搬送されています。直ぐに、来てください」との内容だった。
「容態は? 命に別条はないんですか?……なんでもいいですから、処置をお願いします。命だけは救ってください」
「現在のところ、命には……」と、返答があったが、頭の中が混乱していた月子の母さんは、直ぐに父さんに連絡を取り、内容を片言で説明し、病院へ向かった。
その総合病院とは、最近建てらればかりの最新鋭の設備が整った、新都市計画の中の1つの病院であった。
病院に着くと、月子は、既に緊急手術中であった。
すぐに、父さんも、姉さんも、病院に駆け着けた。
1時間以上経ってからであろうか、赤々と点灯していた『手術中』のランプが消灯し、執刀医の先生が手術室から出て来た。
そして、月子の家族に状況を話始めた。
家族にとって、それは、残酷とも取れる内容だった。
「一命は取り留めましたが、これから、意識を取り戻すことは無いでしょう」
脳死状態であるという宣告だった。
月子の母さんは、
「お願いですから、意識が戻るように、治療してやって下さい。お金の方はなんとかしますから……」泣きながら、しがみつき、崩れ落ちていた。
「もうこれ以上の処置は不可能でしょう。今回、月子さんの身元が直ぐに解ったのは、このおかげです」と、提示されたのは、いつも財布の中に入れていた『健康保険証』だった。
*
一方、ゆりもまた重篤な状況だった。皮肉な事に、その総合病院のヘリポートから、罹り付けだった東京の有名大学病院へ移送されていた。
*
月子はそれから1週間近く経っても、容態が変化することは無かった。
人工呼吸器、その他の器材を着けられていても、でも顔つきは、いつもの見なれていた幸せそうなものだった。
それが、家族には、一層の悲しみを増し、また、それが、ある決断をするきっかけにもなったのかもしれない。
月子が持っていた『健康保険証』の裏面に記された『臓器提供の意思表示』の欄である。
以前、家族4人で小さなバースディケーキを買って、月子の誕生日を祝っていた時、
「ねぇ、人間って、突然いつ死ぬかわからないよね。
この前、『健康保険証』の裏側に、『臓器提供の意思表示』っていうのを見て、これって、死んでからでも人様のお役に立てる? って事だよね。
ある意味でのボランティアかな?。それで、誰かの中で生き続けられるって事だもんね。
なら、私はこれに○するよ。まっ、月子は人様が使え無くなる程、ボロボロになるまで生きちゃうだろうけどね!、ほら、ここに母さんもサインして!」と言っていた事を思い出していた。
月子の家族は、翌日、いつものように、月子の顔を見に総合病院へ向かった。
しかし、それは、最期の別れの顔を見るためだった。
母さんも、父さんも、姉さんも、堪えられない気持ちを。
そして、抑え切れない涙は頬を伝い、溢れていた。
でも、月子の顔つきだけは、いつもの幸せそうなものだった。
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**予告**
第8章:ふたりは、いつまでも仲良し
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