第五章:ナザレ幼稚園合格ノウハウ集
ゆりが、学校を休むようになってから、もう5日。
さすがに、ただの夏風邪ではないだろうし、心配になった私は、ゆりの家に行こうと思った。
少ないお小遣いから、なけなしのお金で村に1軒しかないお花屋さんへ。3輪のバラとかすみ草で、ほんとに小っちゃな花束を作ってもらい、お見舞いに向かった。
ゆりの家の門からインターホンで、
「こんにちわ」と言うと、何故か怪訝そうに、
「はい、どちら様ですか?」の声、私にはすぐに、あの家政婦さんだと解ったが、ちょっとご機嫌ななめ? なのかなと思いながら、
「高橋月子です」と答えると、急にインターフォン越しからではあるが、さっきとはまるで違うトーンで、
「小百合お嬢様、月子さんですよ!」と呼ぶ声が、そしてすぐさま家政婦さんが、門まで出迎えに来てくれた。
「今日は、どうなされたのですか?、わざわざ、お越し頂いて? 」
「ご迷惑でしたか?、小百合さんが、ここのところずっと学校を休んでいるので、ちょっと心配で」
「迷惑なんてとんでもない。小百合お嬢様も、逢いたいな、逢いたいな~って、言っておられました。さぁ早く、小百合お嬢様に逢って下さい」と玄関まで、連れて行ってくれたが、その時の物言いに、ちょっとした違和感を感じていた。
玄関に通され、いつものようにリビングルームに行くのかな? と思っていたが、
「今、小百合お嬢様は体調を崩されておりまして、2階の寝室のほうへ」と、
言い終わるか終わらないかのうちに、ゆりが自分の寝室のドワを開け、家政婦さんに、
「私が、リビングに降りていくから!」と、怒ったような口調で……、初めて聞いた。
「でも、お嬢様……」、
「私は平気、大丈夫だから」とゆりは言っていたが、さすがに私も、
「具合、悪いんでしょう? 私が行くから! ゆりは、そこに居て!」
ゆりと出会ってから初めてだった。
ゆりが、怒っているのを聞いた事も、そして、私がゆりを怒った事も。
家政婦さんに、
「ごめんなさい。ゆりの部屋に行きます」と言いながら、足早に向かった。
ゆりの顔色は、正直悪かった。
「夏風邪? だって!、ゆりが学校に来てくれないと、こそっと教えてくれないと、私、大変なんだからね!」と、無理に元気を装った。
(あのガンバリ屋さんのゆりが、1週間も学校を休み、ただの夏風邪じゃないって事は解っていた)
ゆりは、
「うん、ごめんね」と、伏し目がちに、そして、
「実は私、……」と言いかけ、口を噤んだ。
「はい、これお見舞い? の花!、来週からは、ちゃんと学校来るんだよ」
「うん、…… わかった、花束ありがとう」と、少しではあるが、にこっとしてくれた。
そして、ゆりは何故か、
「こんな事信じる?」と切り出してきた、以前から書棚にあった1冊の本『ナザレ幼稚園合格ノウハウ集』を手に取り、私に。
今更、有名幼稚園への合格指南?、そんな事は、あり得ないし……。
実は、その本は、ブックカバーだけの『ナザレ幼稚園合格ノウハウ集』であって、小学校入学後に、親に内緒で中身だけは違う本にしていた様だった。
内表紙をみると、
題名が『死、そして救われることのない宿命』
そして、目次には、私が考えた事も無いような文字列が並んでいた。
第一章:生まれた時からすでに決まってしまっている『現世のローソク』
第二章:『6』それは、呪われた数字
:
第六章:ある小さな村で起こった『死』の連鎖
:
第九章:・・・・・・・・・・・・・・・
と、記されていた。
内容など読みたくもない。
私は、口にこそ出さなかったが、正直ぞっとした。『ゆり』あんた、何でこんな本読んでるの!、と言ってやりたかった。
お見舞いが1番の目的であったが、ゆりが元気だったら、しゅう君の話もしたかった、でもこんな本を見せられては、しゅう君の事など何も言うことは既に出来なかった。
私とゆりの間で、社交辞令的な会話など嫌だったが、元気を振り絞り
「ゆり、ちゃんと身体を治して、来週からは学校来るんだよ!、ゆりがいないと私、数学大変なんだから」
「うん、ごめんね……、がんばる」とだけ答えてくれた。
帰り際、家政婦さんが門まで送ってくれた。そしてそっと、
「小百合お嬢様が誰よりも好きになった方、親友って、いつもこの私に言っていた月子様だから……、これから話す事は、誰にも言わないで下さいね」と念を押すと、涙を浮かべながら、
「小百合お嬢様は、重い心臓病に罹っていて、ご主人様も奥様も、海外にまで手を伸ばし、治療しようとしているのですが、なかなか治療の方法も難しく、そして、近頃は元気も無くなりかけています。
恐らくお嬢様は、既にご自分のご病気に感ずかれているのかとも思います。
これから、少ない月日となってしまうかもしれませんが、本当に、お嬢様が大好きな月子様、時間の空いている時に顔を出してあげて下さい」と。
私は、涙が込み上げ、家に着いてからも母さんに知られないように、泣いていた。
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**予告**
第6章:その始まりは、1通の手紙から
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