第三章:網の目のある高級マスクメロン
ゆりも私も、相変わらずの仲良し。
ある日、ゆりが
「今度、私の家で誕生日会があるの。よかったら、一緒にお祝いして」と、
もちろん私は、快諾であったが、どんな子が来るのかな? みんな、お金持ちで綺麗な洋服で来るんだろうな?、
一抹の不安はあったが、それ以上に、きっとすごいんだろうな、あんな立派な御屋敷で。の興味のほうが、不安より勝っていた。
ゆりの家の前まで行くと、以前に逢ったあの上品そうな家政婦さんが、門の辺りに居た。
「高橋月子様ですね?、お待ちしておりました。小百合お嬢様が月子様の来るのを、それはそれは楽しみに待っておられます、どうぞ、こちらへ」と、家の玄関のほうへ案内してくれた。
(生まれてこのかた、高橋月子『様』などと呼ばれた事は無かった様な気がする)
そして案の定、ゆりの家に入ると、うちの全部の部屋よりも大っきな茶の間、
(というより、今風でいえば、リビングルーム?)
でも大きなデーブルに用意されていたのは2席分だけ。
2階からトントントンと足早に降りて来たゆりが、
「ちょっと遅刻!、うっもう!」などと言っていた。実のところは、たった2、3分の遅刻だったのだが。
「ツッキーはこっちの席ね」とリビングの奥の席を指差していた。
「えっ、今日は、お誕生日会でしょう? 他のみんなは?、2人だけなの?」
「ツッキーだけだよ、他の人は呼んでないし、ダメ……? かな」
「うぅん、そんなの全然平気」
「なら、よかった、ところでイチゴのケーキは食べられるよね?」と、
もちろん大好物である。
そんな会話の中、家政婦さんが入って来て、それはそれは大っきな、イチゴいっぱいのホールのケーキを持ってきた。
ゆりが、
「じゃぁ、半分ずつ」と。
(半分の量であっても我が家全員で食べる量よりも多いし、乗っているイチゴの数にも圧倒された。)
今までに味わったことの無いような、それはおいしい生クリームとイチゴの味。私は、そのおいしさにつられ、ほとんど、食べ尽くしていた。
(ゆりは?、と見てみると、まだ、イチゴを2,3個と、ほんの一部、少しの部分のケーキしか食べていなかった)
すると、また家政婦さんが入って来て、
「次は、……」と、
(私は、正直、失敗したと思った、まだ何か準備をしていた様子だったが、すでにおなかは、満腹状態である)
「えっ、もうお腹一杯です。美味しく頂きました」
「では、お紅茶でも入れましょうか? ご用意致しますが、レモンティーに? それともミルクティー? に、あるいは……になさいますか?」と、今まで聞いた事のない、洋風の紅茶の名前を。
(我が家では、紅茶の牛乳割り、これがミルクティー? であるが)、
「では、ミルクティーを」と言うと
「はい、かしこまりました」と、
程なくして、紅茶が運ばれて来た
「では、お紅茶とミルク、お砂糖はこちらでございます、お好みに合わせ入れて下さい」
「小百合お嬢様は、いつものレモンティーでよろしかったでしょうか?」と。
「では、またお紅茶をお飲み終わった頃、何かお持ちしましょう」とキッチン?の方へ下がって行った。私は、目玉、まるまる状態であった。
ゆりとは、学校の事、今食べたすっごく美味しかったケーキの事など、話は、盛り上がっていた。そんな中、ゆりが、
「ねぇ、ここでは、あまり落ち着かないし、私の部屋に来る?」と誘ってくれた。ゆりの部屋か?、興味津々でもあったし、すぐに
「うん、見せて貰えるの?」
2人でゆりの部屋へ向かった。
入ってみると、ここでも、案の定ではあったが、10畳以上であろうか広々とした部屋、綺麗なベット、書籍棚。
そしてその書棚には、ゆりの両親が買ったのであろうか、 ナザレ幼稚園合格ノウハウ集、ナザレ幼稚園入園合格面接問題集、・・・問題集、・・・参考書、早明高校入試問題集、たくさんの本が整然と並んでいた。
でも勉強机? なるものが2つ?、
「あれ、ゆりって、一人っ子って言ってなかったっけ、なんで机が2つなの?」
「うん、姉妹は誰もいないよ、こっちの机は、家庭教師さん用なの」と、……。
我が家では考えられない、6畳よりちっちゃな、ただでさえ狭い部屋で、姉さんと一緒、とりあえずの2段ベットと、姉さん用には机があるが、私には、カラーボックスとちゃぶ台? だけ、育ちの違いを改めて、感じてしまった。
私とゆりは、それからも、話に盛り上がっていた。話題の中でお互いの趣味の事が出た時、
「ツッキーは何が趣味なの?」と尋ねて来た。
私は、
「あそこの河原で、気に入った石を拾って、集めるのが趣味かな……。ところで、ゆりは?」
「う~ん……、勉強? そんな趣味はないか!!。そうそう、お気に入りの砂があるんだ、石と砂か……、ある意味、似てるね」と、
そして、机の一番下の引き出しから、大事そうに綺麗な箱を取り出し、蓋を開け、その砂を私に見せた。
「ねぇ綺麗でしょう、この砂は、以前に家族で行った、ある島の砂浜で集めたの。きれいな砂浜で、きらきら光っていた粒だけ集めたの、懐かしいな~……」
それは、確かに綺麗な透き通るような砂粒だった。
話は尽きる事はなかったが、いつもの5時半を知らせる村内アナウンスが、流れて来た。私は、えっ、もうそんな時間、帰らなくちゃと思い、
「ごめん、今日はありがとう。もう帰らなくちゃ、門限6時だし」
「え~、もう帰るの」
「今度また来るし、今度は、母さんにも言ってから来るから」と。
ゆりは、しぶしぶOKし1階に向かい、玄関へ。私はゆりと家政婦さんに挨拶し、
すると、
「たいしたおもてなしも出来なくて、是非また来て下さいね。帰り道、気をつけて下さいね。たいした物でも無いですが、これ、皆さんで食べて下さい、ちょっと重かったら御免なさいね」と、お土産まで用意してくれていた。
1つは、洋菓子の詰め合わせ? もうひとつは、あきらかにメロンだった。
私は、そのメロンに既に心を惹かれ、重くったって、毎日だって来たいよ。などとも。そこは、おし堪えて、
「ありがとうございました、はい、ここからは家も近いで、で、ですし、また是非、お邪魔させて頂きます」と、普段使い慣れていない、目一杯の言葉を繋げた。もう私の心は、このメロンに奪われていた。ゆりの家の門あたりかな、ゆりが、
「また、必ず来てね!」と手を振っていた。私は、手を振って応え、門を出ると、私の姿が見えなくなる位の場所? から、ころばないように、かつ、猛ダッシュで家路を急いだ。
家に着くと、既に母さんは、パートの仕事から帰って来ていた。
「ただいま~」と言うと、
「また川に行っていたの?」と、
母さんに今日の事を話していると、4つ年上の姉さんも帰って来た。私も含めてだが、3人は、私の話よりメロンに注目していた。
(たまにではあるが、我が家でもメロンは食べる。ただ、スーパーの見切り品の小さなメロンとは違い、あきらかに、高級果物店の奥のほうの棚の一番上にある、網の目のあるマスクメロンである。)
姉さんが、
「早く食べようよ、早く切ってよ!」とメロンに手を伸ばすと、バシッ! っと、母さんの手が。そして、
「もう少し、熟してから」と。
( そう、スーパーの見切り品ではない高級メロンは、すこし常温で寝かせてからのほうが、いいらしい)
とりあえず、メロンを諦めた我々は、次のターゲットとして、あのチェックの柄の紙に包まれた洋菓子の方に目が行っており、そして、皆、暗黙の内に感じ取っていた。
すると母さんが、
「夕ご飯前だけど、父さんの帰りを待たずに、ちょっと食べようか」と、
もちろん、皆、賛成即決である。開けてみると、これも高価そうな果物を散りばめた、スコッチケーキの詰め合わせだった。
結局、父さんには、1つだけしか残らなかった。
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**予告**
第4章:校庭の隅の花束
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