尊い犠牲
「……」
私はずっと考えていた。これから始まる壮絶な戦。その犠牲がどのくらいに及ぶのかを。戦にとって大事なことは三つ。相手の策略を読むこととそれに対する臨機応変、そして重要なのが閃きである。これさえ間違わなければ
大抵の戦は落とすことはなかろう。
「……長、時間でございまする」
「指示を……!」
我が右腕と左腕。こやつらは実に私に仕えてくれた。もはや一心同体。盃を交わした仲という表現ですら生温い。
「……分かった」
私の眼下に広がる多くの兵たち。今回の戦はより厳しくなることが予想された。ゆえに精鋭を集い、度重なる修練を積ませた。その滾る闘志や烈火のごとし。その漲る活力や泉のごとし。
数多の死線を乗り越えし兵たちの前に立ち上がる。
「皆の者! よくぞ私のためにここまで来てくれた! この度の戦ぞ、厳しくなろう! だが、私は皆を信じ、皆で戦おうぞ!」
地震のごとき歓声。私の両脚に震えを来すほどに、喜びと憂いを感ず。
私は陣に戻った。
「開戦の合図を」
「はっ」
遠くに狼煙を上げた。……開戦のだ。
直後、地響きを起こす大行進を感ずる。まずは定石通り、右辺から攻める。
「長、我々は策の通り、長より数里をお守りすると?」
右腕左腕とは違う者二人。こやつらは双子の兄弟で、その連携たるや阿吽のごとし。
「そうだ」
「なぜです? 我々の本来の役目は先陣を切る兵の後押し! 長の護衛も大変重要でありまするが、兵たちだけでは……」
「信じよっ! 貴様、我が兵を疑るかっ!」
「……仰せのままに……」
その心は分かる。だが犠牲なくして勝利はありえない。こやつはまだ青い。もし、私が百人いるならば、喜んでこの身を差し出す。しかしそれがあり得ぬ今、致し方ないのだ……。
一人の兵が来た。
「報告! 現在、右辺にて優勢! しかし、左辺にて敵の攻撃が激化しておりまする!」
「まさか、一点集中で攻めてきたというのか……!」
短期戦にて勝負を決する気かっ?
「……左腕」
「はっ」
「そなたを左辺へ回す」
「! 長、いくらなんでもそれは、」
「分かっておる! しかし、我が左辺が瓦解し始めた今、任せられるのは左腕、お主しかおらん! 右腕よ、辛抱せよ」
「……」
歯ぎしりする思いで左腕を見送った。
「私たちは右辺へ陣地を移動する。奴の奮闘を無駄にするでないぞっ!」
許せ左腕。……私も断腸の思いだ。しかし、そなたの尽力が流れを制する……!
「双子よ!」
「はっ」
「ご指示をっ」
「……遂に機は熟した。右辺から内を抉り、彼奴を討ち取れぃっ!」
「はっ」
「はっ」
双子も走っていった。
「長、私めはまだなのですかっ?」
「まだだ! 辛抱せよっ」
「……しかし……」
「私の策では、彼奴は兵を残して独りにて逃走するはず。彼奴は足が速い。お主の獅子のごとき俊足でしか捕らえられぬ。その時を待て」
「はっ、……!」
傷だらけの兵が帰ってきた。
「何があった!」
「……我が軍の……左腕が……」
「どうした!」
「てきぐんに、ねっがえり……」
力尽きる。右腕は開いたままの目をそっと閉じてあげた。
「……まさか、あの左腕が敵に寝返るなど……ありえませぬっ! 長! 私めはもう我慢なりませぬ!」
「ま、待たれ! ならぬっ!」
右腕は馬に乗り、去ってしまった。
私の目は疑った。
「……」
修羅のごとき我が精鋭が柳のように倒されていく。相手は我が軍の左腕! その姿たるや鬼神のごとし。
「左腕!」
私は叫んだ。左腕は私に気付き、矛を向ける。
「なぜだっ! なぜ裏切ったっ!」
「……人質に取られている……我が妻と娘のためなのだっ!」
私の槍を薙ぎ払い、撃ち落とそうと攻める。
「やめろ! お主を殺したくはない!」
「ならばそなたの命、貰い受けるまで!」
その岩石のごとき意志と広範囲で俊敏なる攻め。呑まれればこちらも無事では済まない!
「!」
上から矛を叩きつけ、そのまま胸を突く。しかし、左腕は身を翻して避け、間を空けた。
「さすがは右腕。変幻自在の戦術に反し、鉄を射抜く突き。宿敵として夢見た以上の強者よ」
「待て、……くっ!」
左腕の攻めはさらに激化する。疾風たる攻めに守りで手一杯だ。なんと強い……しかし、
「ふふ……」
なんだこの、血湧き肉躍る昂りは……!
「お主は私に比べ優しすぎた。しかし、やはり強者よ。極限の戦いにて、本能に目覚めたか!」
「!」
僅かな隙。そこに、
「がっ!」
渾身の突きを入れた。左腕の左腹部を貫通した。
「ごふっ」
吐血した。
「……ふっ、やはりお主に勝つのは夢の中でのみ、か……」
「左腕!」
「たのむ……敵の長を、たおし……我が妻とむすめ……を……」
私の手を力強く握り……そして儚く散った。
「……ひだ、りうで……うわぁぁぁぁぁっ!」
「はぁっはぁっ! はぁひっ?」
「貴様が敵軍の長か?」
「お、おたすけおぉ!」
「左腕を卑劣な手段で弄んだこの愚行、救いがたしっ……!」
「よっよはただただ、」
「何も聞きたくないわ。左腕の悲願! ここで成就してやる……!」
「やっやめやめやめあおあおあおああぁぁぁぁぁぁっ!」
「王手」
「……参りました」
相手が投了した。これで僕が優勝だ。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
今回は相手が王者だったから、ものすごく疲れた……。まさか角落ちするとは思わなかった。
「ふぅ……」
僕は将棋の駒を片付け、トイレに向かった。