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Beautiful Life  作者: 水霧
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エンピツ

 私たちのいる世界はみにくい。とてつもなく醜いです。おぞましい事件、目を覆いたくなるような事故、胸が締め付けられる戦争や紛争、いきどおりたくなる汚職事件……。しかし、そんな醜い世界と対を成すものがあります。それは幸福や恋愛ではありません。実は思わず笑ってしまうような〝非日常〟なのです。なぜなら幸福は他人から奪うものであり、恋愛は他人より先に奪い取るものだからです。さらに言えば、幸福を奪えば不幸になり、恋愛を奪い取られれば憎悪や嫉妬になります。

 そこでこの小説では、ギスギスした世界から少し離れて、皆さんにクスっと笑っていただきたいと思います。通勤中や授業中の方は心の中で笑ってみてください。筆者はコーヒーブレイクにちらっと見ていただくくらいを目指しています。そこまで深い話ではないはずですので。

 〝非日常〟とは〝日常〟がベースであり、度が過ぎた〝非日常〟は妄想やファンタジーの世界になってしまいます。なので、コンセプトは〝少し変わった非日常〟です。なお、登場人物や内容は完全フィクション、一話完結です。また、不定期に投稿していく予定です。もちろん、〝アレ〟も用意しておきますのでお楽しみに。




「ほら~! もう始めるから教科書ノート全部しまえ~! 川口、今さらカンペ作ったって遅いんだから大人しく赤点になりなさい」

「今度赤点取ったらかあちゃんに怒られちまうよお!」

 一時間目の授業を告げるチャイムとともに慌てふためる生徒たち。そして笑いが起こった。学生カバンやリュックサック、エナメルの肩掛けカバンに教科書やノートを入れていく。

 ×月×日、〇〇高等学校にて行われるテスト。それは〝期末テスト〟。皆さんはどのように勉強しただろう? あるいは学生時代ではどのように勉強した? テストの一ヶ月前からこつこつと? 半月でせっせと? 一週間でみっちりと? 三日でがっつりと? あるいは精神統一からの一夜漬け? どのようにされていても馬鹿にしたりけなしたり、さげすんだりすることはない。いろんな方がいるから、自分のペースで勉強するのがベストだ。ただし、一夜漬けはやめておいた方がいい。

 さて、今日はテスト最終日。一時間目で終了だ。長らく勉強縛りつけで心身ともにくたくただ。しかも、最後の最後で科目が〝数学〟なのだ。家に帰ったら十二時間は寝てやる。覚悟しろよ、私の体よ。

 数学教師が前々からテスト用紙を配る。前の席はこういう時だけ得をする。使用されるのは藁半紙わらばんしだから、裏のまま渡しても微妙に問題が見えるのだ。問題をオフィシャルでより長く読むことができるわけだ。しかもこういう時に限ってテスト用紙の過不足が発生する。さらに長く問題を透視できる。ただし、筆記用具は先生の許可なしには使用できないので、頭の中での計算が重要となるが。

 念のために筆記用具のチェックをしておこう。机には消しゴムが二つ、シャープペンシルが二本、シャー芯が二個だ。ちなみにシャーしんはHBを愛用している。

 ここで先生がトイレに駆け込んで行ったので、なぜHBなのか説明しよう。大丈夫だ。制限時間は五十分間であり、授業は六十分間なのだ。芯の濃さは一般的に6Bから9Hまであるとされる。中にはFや10B、10Hなどもあるようだ。Bは柔らかく色が強い特徴があり、わずかな力で書くことができる。逆にHは硬く色が弱い。これらは一長一短があり、Bは芯の減りが早いが、消しゴムで消えやすい。そのためにデッサンでの描き始めに用いることが多い。一方のHは書くのに力が必要で色が弱いために見えづらいが、消えたりにじんだりが少ない。この特徴は製図などで力を発揮する。私の場合、少ない力でかつ消しゴムが消えやすく、さらに減りを考慮した上でHBが最適だと考えた。もちろん好みの問題で、試行錯誤をかれこれ五回はした。ちなみにHBはFと2Bの間に位置しており、FはHとBの境界線とされている。あと、HはHard、BはBlack、FはFirmしっかりしたの略である。それと、

 おっと、ようやく先生が来た。

「それでは始め!」

 来たと同時に宣言した。一斉に、用紙をめくる音がした。……なるほど、第一問は最初だけあって簡単な計算問題だ。全部で四問あるようだが、読むのは後にしよう。第一問の計算くらいささっとできる。ただし、計算途中を記入しなくてはならないのでロスをどこまで減らせるかが勝負だ。

 第二問、ここから少しクセのある計算が必要になる。だが、あくまでも計算問題の範疇はんちゅうだ。問題数が少ないだけにここはありがた、……ん? どうした? …………どういうことだ? なぜ、なぜ……ノックできないっ?

 芯が出ないのであれば追加すればいいだけだ。しかし、芯を押し出すことができないのは大問題! シャーペンの故障が考えられる! が! 私はそんなに甘くはない。手持ちにもう一本のシャーペンがあるからだ! このシャーペンを戦線復帰させるより、新たに部隊を投入した方が早い! 武士が刀を二本持っているがごとし! まさに命がけの真剣勝負である今、躊躇ためらうことは……死に直結する! ……ここは休むんだ、戦友よ!

 すぐに新人を投入した。さすがは期待の新人、フットワークが軽い! 芯が切れていたことなど、初参戦する新人にとってはお茶目なミスだ。しっかりと弾を補充してやる……覚悟しておけよ。

 すぐさま続行した。少し扱いづらいが書く分には問題はない。……いける!

 ハプニングを何とか対処し、第三問。ここからは定番の文章問題が登場する。文章を理解したり説明したりする分、国語力も同時に試される。カキカキカキカキ……ぽきんっ。

「あ……」

 思わず声が出てしまった。まったく、新人はいさみ足が多いな。だがそれは勇気の証でもある。私の場合はむしろ称賛に値する。……きちんと芯が出るならな。

「……」

 この新人は初めての戦場でどうやら緊張しすぎたようだ。ノックが完璧にイカれてやがる! 急いで分解してみると、

「……っ」

 先っぽで芯が詰まっている! しかも、なぜか短く折られたのがぎゅうぎゅうに押し込められていた! まさか……ジャム(弾詰まり)かっ? たっぷりと弾を補充したことによって、逆にジャムを引き起こしたというのかっ? ……まさか……。

 私は戦友も分解してみた。……なるほどな。お前もか! ブルー○ス! 我が戦友もジャムだったのかっ!

 これを直すのはもちろん簡単だ。芯を逆方向から挿入して押し出したり、息を吹いて吐き出したりすればいい。だが、ここで問題が生じる。鉛筆を走らせる音だけの無機質な空間の中で、そんな不審な行為が許されるのか? この高校の規則ではカンニング行為だけでなく、怪しい行動までもカンニング扱いにされてしまう。ジャムを直す行為はその怪しい行動と見なされてしまうのか……? 問題ないと断言できないところが悔しい……。

「……!」

 絶望で頭を抱えたところで、ふと目に何かが入った。……エンピツだ……! 一体誰のかは分からないが、こんな状況でのエンピツはかなり助かる! 私は即座に手をげ、

「すみません、ちょっと落としてしまいました……」

 先生にエンピツを拾わせた。パンパンと気付けに肩を叩いてくれた。……後でセクハラで訴えてやる……冗談だ。

 戦友と新人が倒れて戦闘不能、そして戦場は圧倒的不利! こんな時に助けに来てくれたというのかっ! これら二つが自動式拳銃ならば、エンピツはリボルバー! 手入れに手間がかかるがジャムの心配は全くないっ! なんという信頼性であろうかっ! ……ん?

 エンピツの端っこを見ると、

「……え?」

 そこには〝4H〟ときざまれていた。

 なん……だと? 4Hだとっ? 恐ろしく硬い芯を使うなんて、どこの筋肉バカだよっ! っと隣を見てみると……、

「ん~……」

 高校生とは思えない立派に鍛え上げられた腕。まるで大木のように太く、はがねのように硬そうな筋肉! ……そう、彼は川口君。アームレスリング部の副部長だっ!

「……わからん……」

 彼はうなっていた。なるほど、赤点と問題の恐怖からエンピツを落としたことにも気付かなかったわけだ。彼なら金属でもコスってんのか? と思うほどに硬い4Hを扱えるはずだ。……しかし、私に扱えるのか? 彼ほどの筋肉でジャストフィットするこの硬さを……。私なんかカトンボのようにひょろっこい。性別からして仕方のないことだが、非力な自分がこの上なく悔しい……!

「!」

 まずい。もう時間がないっ! ある程度書いてあったおかげで第三問は大丈夫だ。でも、第四問は超絶応用問題で配点が高いっ! とても残り時間で制圧できる敵じゃないっ! しかも武器は素人には扱えないリボルバー! 私には早すぎるっ! でも……うおおおおおおおぉぉぉっ!

 虚しくも、

「はいやめっ! すぎに筆記用具を置きなさい! 後ろからすぐに回収っ!」

 チャイムが鳴ってしまった……。



「坂下、どうだった?」

「あたし? 全然ダメだったぁ。あんたは、村中?」

「私もダメだったよ」

 テストが返却されて三日後。ほとんどの教科は勉強しただけに見合った点数だった。……数学を除いては。

「あたし数学八十九点だったわ」

「めずらしい~! いつもは赤点なのにね」

「うっさいな! 村中はどうせオール九十五点以上でしょ?」

「……」

「? どうしたの?」

「それがね……七十八点だったの」

「えぇぇっ? どうしたのさっ? なんかあった? イジメっ? 家庭内暴力っ?」

「いや、なんにもないよ」

「本当かっ? 今話題になってるからさ、心配しちまうよっ」

「ありがと。でも私は大丈夫だよ」

「……それならよかった」

 まさか〝エンピツのせいで〟とは言えなかった。言い訳がましいにもほどがあるからだ。

「ねぇ、これ終わったらさ、ファミレスで食べない?」

「いいね。沢田も一緒に連れてこっ」

「あいつ、死んでんだろうな~。あぁたのしみたのしみっ」

「ひっどい」

 私の手には3Bのエンピツが握られていた。目の前にあるリンゴを、スケッチブックに描くために。




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