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第一話(作者:からすみそ)


 広がるのは、濃厚な負の臭い。

 異物が混ざり合い腐りきった刺激臭と、振るう度に舞い上がる砂埃がこの空間全てを包み込み、ただでさえ太陽も射す事がない薄暗いこの場所を、より一層陰鬱で濃密な負の臭いへと掻き立てていた。

 誰も何も喋りはしない。ただ希望も絶望も何も写し出さない能面のような表情で、黙々と仕事をし続けるだけ。

 木の板で洞窟を撫でる様に掘り進む音だけが、消える様に静かに響いていく。

 剥き出しの土壁には人間の頭程の大きさの穴が無数に存在し、鋭く突きだした岩壁には誰かがぶつかった跡なのか、彼方此方に乾ききった血がこびりついていた。地面には皮も身も食いちぎられ骨だけになり果てた人間の死体が転がっている。

 その亡骸を踏みつけながら、集められた子供達は何も写し出さない瞳で、壁を掘り進んでいく。

 蛇精の洞窟と呼ばれたこの場所に広がるのは、煮詰め焦げ付いた様な負の臭いだけであった。

 掘り進めている子供たちは親に売られた子供か、それとも誘拐された子供か。どちらにしても、望んでこの場所にやってきた者はおらず、ただ僅かな食糧と飲み水の為だけに、洞窟をひり進み『蛇精の結晶』と呼ばれる薄紫色の魔法具の材料を発掘し続ける。

 この中で働く誰もが、最早いつからこの作業を続けているのかすら覚えていない。申し訳程度につけられたランプの明かり以外届かないこんな場所で暮らしているのだ。既に時間感覚も麻痺しているのだろう。

 それほどまでの過酷で凄惨な何処にでも存在する、ありふれた地獄の中で、潰れた血マメで赤く染まった木の板を使い、子供は黙々と静かに土の壁を削っていた。

 静かに、大きな音を発ててはいけない。

 この土壁の穴の奥には、『蛇精の使い』と呼ばれる大型の蛇が今も眠っている。蛇精の使いは目が潰れているが、その代わりに耳が敏い。少しでも大きな音を発てれば、すぐにでも穴から飛び出し、襲いかかり、その毒牙で獲物を喰らいつくすだろう。

 気性は荒く、獰猛。更には集団で襲いかかる魔物だ。並みの人間では太刀打ちする事など不可能。断末魔を絞り出す暇もなく、貪り喰われてしまう。それ程に厄介な生き物なのだ。好き好んで、こんな場所にやってきたい人間などいはしない。

 しかし、それ故に洞窟から掘り出される『蛇精の結晶』はその利便性と希少性から、高級な魔法具材料として重宝されていた。時には一攫千金を狙い、名も知らぬ輩が採掘にくるのだが、彼らの成れの果ては子供たちの足元に転がっている。

 小さめのモノを一つ売るだけで、一ヶ月は暮らす事が出来る程だ。そういった輩は後を絶つことはなく、いつの間にか『一度踏み入れば、帰る事が出来ない危険地帯』の一つに数えられるようになっていた。

 そんな凶悪な蛇が住む蛇精の洞窟に目を付けたのが、悪名高き『蝙蝠傘』の集団であった。

 元々、盗賊から成り上がった彼らは、その手腕を生かし、発掘させるために誘拐した人間を使用し始めた。何十人もの人間を洞窟に詰め込み、必要最低限の食糧だけを定期的に放り投げ、発掘させていた。

 まるで蠱毒の様な手法で始め、現在まで続けられている発掘作業。その末に生き残ったのが、ここにいる子供たちだったのだ。

 彼らはかりかりと静かに土壁をひっかき、崩していく。その音は幾重にも重なり、言葉にならない不快な不協和音へと変わっていく。穴の奥深くでは、その音を子守唄に、獰猛な蛇が眠っている。

 大声を出してはいけない、気配を消し、最低限の動きだけで土壁を血に染まった木片で崩していく。

 ──かりかり、かりかりかりと、

 十重二十重に重なり合う背筋が凍るような消音。それが鳴り響くこの場所から、この物語は始まっていく。

 希望を映さず、絶望すら写す事やめてしまったその瞳を浮かべ続ける彼らは、まだ何も知らない。ただゆっくりと壁を崩していくだけであった。

 ──かりかり、かりかりかりと、

 



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