マシュマロ令嬢が幸せすぎて、周囲が勝手にざまぁされます
「見て、あの肉の塊。ドレスが”今にも裂けそうです”と悲鳴を上げているわ」
「まるで冬眠前の熊ですわね」
きらびやかな王城の夜会。
扇の影から投げかけられる棘のある言葉を、私ことロテスラ伯爵令嬢ミレイユは、ふくふくとした頬を緩めて受け流す。
私の前世は、現代日本で「デブ」といじめられ、コンビニスイーツと大袋のポテチが親友だった女。
令嬢転生を果たしたものの、このミレイユという伯爵令嬢もマシュマロボディだったため最初は絶望したけれど…
世界はなんと素晴らしい。
お父様もお母様も「ミレイユは今日も可愛いね、もっとお食べ」と私を可愛がり、栄養たっぷりの食事と菓子を思う存分与えてくれた。
前世の両親のように「みっともない。なんで私からあんたみたいな子が生まれたんだか」「ちょっとは痩せないと、女として見てもらえないぞ」なんて、絶対言わない。
それに加えて…
「ミレイユが食べているのを見ると、僕まで幸せ」
正面から、いかにも嬉しそうな声がする。
国王陛下の甥であり、私の婚約者であり、その麗しいお姿から「男のニンフ」とも「神のいとし子」とも評される、フィリップ様。
彼は「僕の大好物はミレイユのほっぺと二の腕」という性癖…いや美的感覚の持ち主であり、あまたいる「フィリップ様の婚約者になりたい令嬢たち」の中から、迷うことなく私を選んだ。
「クリームチーズタルトは四つ目だね?」
私はもぐもぐを一時中断して、すっと肉付きのいい手でフィリップ様を制する。
「フィリップ様。このクリームチーズタルトと、先ほどまでのクリームチーズタルトは、まるで違うのですわ。こちらははちみつを混ぜたものですが、先ほどのものは胡椒やドライフルーツやオレンジピールが入っているものでしたの。食べ比べないのは、食に対する反逆ですわ」
「しかしクリームチーズタルトだけでお腹がいっぱいになって、あの宝石のようなゼリーを賞味しないのもまた、罪深いのではないかな?」
「まあ、新作ですわね!なんて美しいのでしょう!大丈夫ですわ、フィリップ様。私のお腹はこれくらいでは音を上げないとご存じでしょう…?」
「ああ、もちろんだよ」
優しく相槌を打ちながらも、フィリップ様は私にしかわからない表情で「我慢できない」というようにそわそわしている。そして目の前に差し出された私の左の手のひらを、そうっと自分の頬に寄せた。
公爵令息としての絶え間ない表情管理の訓練によって上品極まりない微笑を浮かべているが、私にはわかる。
(ああっ…白くてすべすべで柔らかくて、それでいて焼きたてのパンのように湿度をもって吸い付いてくる…っ!なんたる至福…っ!手だけでは我慢できない…今すぐ二の腕を…っ)
彼がそう頭の中で繰り返しているのが、手に取るようにわかってしまうのだ。
そろそろやめさせないと、フィリップ様の評判に関わる。
「フィリップ様、人前ですのよ」
「意地悪言わないでよ、ミレイユ」
◆
フィリップ様が私のそばを離れようとしないので、周囲の令嬢たちが顔をひきつらせる。そしてその中からひとりの令嬢が進み出た。
「フィリップ様…! あなたともあろうお方が、目を覚ましてください!」
侯爵令嬢のセシリア様。フィリップ様に「痩せすぎ」と振られてしまった令嬢のうちのひとりだ。
彼女は針のように細い指で私を指差す。
「この動く肉布団は、王家の血を引くフィリップ様に相応しくありません!でぶでぶ太って、意地汚くお菓子ばかり食べて…っ!私はフィリップ様のために倒れそうになりながら体型を維持しているのに、どうして私ではなくこんな肉の塊と…っ」
フィリップ様が美しい目に殺気を宿らせるので、私は彼のほっぺを指で揉んで落ち着かせてあげる。
そして右手に持っていたフォークを静かに置く。罵倒されて言い返すべき場面ではあるけれど、まずは至福を与えてくれるタルトに敬意を表すため、きちんと飲み込んでからお話ししなければ。欠片一つでも口から吐き出すなど、万死に値する。
「セシリア様。あなた様のご指摘には、ひとつ間違いがございますわ」
「な、なによ…」
「私は意地汚く食べているつもりはございません。すべてのお菓子に敬意を込めて、心を整え、丁寧に食べさせていただいておりますの。誤解されるのは心外ですわ」
前世の私は、そうではなかった。ストレスのはけ口としてお菓子を食べていた。
けれど、今は違う。彼らは私に幸せを与えてくれ、私を私たらしめてくれる、何よりも大切な存在なのだと気づいたのだ。
だから彼らに、限りない感謝を。
「反論するところ…そこなの…!?ば、馬鹿にしてるでしょうっ!!」
甲高い声が会場に響いて、「なんだなんだ」と人が集まってくる。セシリア様ははっと我に返った。「やりすぎた」と思ったのだろう。
「馬鹿にはしておりませんわ。ところでダイエットのしすぎで脳に糖が足りていないと、イライラしてしまうこともありますわよね」
前世で経験があるから、よくわかる。私はセシリア様のように徹底もうまくもできなかったけれど、辛いことにはかわりなかった。
お腹が空いてイライラして。
変わらない体型に、鏡を見てまたイライラして。
途中で諦めてしまう自分を嫌いになって。
けれどここへ来て気づいたのだ。そうやってイライラしている自分が、一番醜かったのだと。
体型がどうあれ、大切な人に愛され、自分を愛することをも覚えた私は、私基準で美しくなれた。
「一緒に召しあがりません?」
フィリップ様が「ミレイユみたいに丸くて可愛いから」と山盛りにしたマカロンの皿を差し出すと、「だめだよ、それはミレイユのために取って来たのに」と制される。
その会話にセシリア様がたじろいで、一歩引く。
「あ、危ないっ…!」
私はよろめいたセシリア様の腕をとっさに掴んで引っ張り、彼女の言う「肉布団」に着地させる。セシリア様の身体が、私の上でぽよんと柔らかく跳ねた。
「大丈夫ですか、セシリア様?」
「え、ええ…あ、ありがとうございます、ミレイユ様…」
「セシリア嬢、わかっただろう?」と、フィリップ様がこれ以上ないくらいに冷たい声をかけた。
「君はミレイユのような柔らかさをもっていない。身体はもちろん、心もね。私が思うに、君がミレイユに敵うはずなんてないんだよ」
セシリアの目に、涙が浮かんでくる。
「ええ…よくわかりましたわ…」
「わかったら、ミレイユの上からさっさとどいてくれるかな?私の大事な婚約者に触れられるのは、不快だよ」
セシリア様は護衛の手を借りて立ち上がる。
「マカロンをどうぞ」
「あ…」
小さな口でマカロンをほんの少しだけかじったセシリア様は、目を潤ませた。
「おいし…」
「でしょう?たまには召し上がってくださいませ。お菓子は心の栄養ですわ」
フィリップ様が拗ねたように言う。
「ミレイユは誰にでも優しすぎるんだよ」
「フィリップ様は私以外の方にも優しくなってくださいませ」
◆
フィリップ様が私に手を差しだした。ダンスの時間なのだ。
私は唇についたゼリーをそっと拭いてから彼の手をとる。
前世では「食べ応えがない」という理由であまりゼリーを食してこなかったが、異世界に来てからというもの、焼き菓子に吸い取られる水分を補充してくれるゼリーの美味しさを、嫌というほど教えられている気がする。前世のゼリーたち、ごめんなさい。
そしてフィリップ様は普通にエスコートしているようでいて、指で私の腕をフニフニと楽しんでいる。ニコニコとニマニマの差があまりないので周りには気づかれていないが、彼は今明らかにニマニマしている。
オーケストラが演奏を始め、私はフィリップ様とフロアの中央へ。
「あのデブは、どんなダンスをするのかしら」「フィリップ様にとんでもないご負担を強いるのでは」と馬鹿にする気満々だったギャラリーの目が、驚愕に満ちていく。
「なに、あのダンス…!?」
「まるで風船人形が飛ぶように軽やか…」
私は誰よりも軽やかに、誰よりも高く、そして誰よりも力強く舞う。ドレスの裾が、遠心力で美しく円を描く。
生まれたときからビッグベビー、よちよち歩きすら加重トレーニング並みだった私の脚力は、並の騎士を凌駕する。
そして私を愛おしそうに見つめながら、しっかりリードしてくださるフィリップ様。細身だが、私を持ち上げたり引っ張ったりするために日夜筋トレに励んでおられる。
「ミレイユは本当に楽しそうに踊るね。僕まで楽しくなるよ」
「フィリップ様のおかげですわ。私をリードできるのは、フィリップ様だけでございましょう」
フィリップ様がゾクゾクとした快感を顔に出す。
「今の言葉、もっと言って?」
「私をリードできるのは、フィリップ様だけですわ」
「ああ、ミレイユ…!愛してるよ…!」
――これぞ、幸福の暴力。
悪口にまみれていた令嬢たちは、私のあずかり知らぬところで、己の心の貧しさとダイエットが引き起こす低血糖の虚無感に打ちひしがれたのだった。




