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コズミック・ドリフター⑤奈落の監獄(監獄ユートピア “タルタロス・ピット”)  作者: naomikoryo


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第六話:暴動

赤い非常灯が、労働区画を血の色に染めた。

警告音が頭蓋の内側で反響し、鼓膜の裏を叩き続ける。

ドローンの単眼が一斉に点滅し、床に赤い照準が踊った。

その赤が、囚人たちの足元を走り、次の瞬間には人の胸へ移る。


悲鳴が上がった。

レーザーが撃たれたのか。

スタンが走ったのか。

区別がつかないほどの混乱。

ただ確かなのは、暴動が始まったという事実だけだった。


陸は走った。

首輪が熱を持つ。

反抗の意思に反応して、皮膚の内側を焼くように痛む。

それでも止まらない。

止まった瞬間、飲み込まれる。

この場所の暴力は“休む”を許さない。


前方で、ザインが囚人の波へ突っ込んでいく。

拳が振るわれ、金属工具が吹き飛び、誰かが壁へ叩きつけられる。

首輪が光る。

痛みが走る。

それでもザインは笑っていた。

笑っているのではない。

歯を剥き出しにして、痛みを噛み砕いている。


「来い!」


ザインの声が、怒号と警報の中でもはっきり響いた。

陸はその背中を追いながら、必死に周囲を見る。

監視塔。

通路の分岐。

看守の配置。

ドローンの巡回ルート。

リラに辿り着くための道。

そして、“封じ”の中心。


労働区画の奥。

巨大な配管が束になって伸びる方向。

そこに、他と違う空気がある。

熱。

振動。

低い唸り。

動力炉。


(あそこだ)


陸がそう確信した瞬間、右側の作業ラインが爆ぜた。

誰かが工具で制御盤を叩き割り、火花が噴き上がったのだ。

閃光に囚人が目を眩ませ、ドローンの照準が一瞬乱れる。

その隙を逃さず、数人が看守へ飛びかかった。

看守の装甲が軋み、スタンが走り、また別の囚人が痙攣して倒れる。


暴動は波だった。

一つの波が砕けても、次の波が押し寄せる。

怒りと飢えが、形を変えて襲う。


「どけ!」


陸は喉を裂くように叫んだ。

叫ぶつもりはなかった。

でも叫ばないと、誰かの肩にぶつかって転ぶ。

転んだら終わりだ。


首輪が熱くなる。

痛みで視界が滲む。

だが陸は歯を食いしばり、走る勢いだけを殺さない。


(リラ)


胸の奥で名前を呼ぶ。

声にしてはいけない。

この場所では名前すら弱点になる。


突然、正面から巨体がぶつかってきた。

囚人。

血走った目。

歯を剥き、工具を振り上げている。


「邪魔だァ!」


振り下ろされた工具を避けようとして、陸は反射で跳躍のイメージを描いた。

(横へ)

(一歩でいい)

(距離はいらない)


――反応はない。


代わりに首輪が眩しく光り、鋭い痛みが脳へ突き刺さった。

陸は呻き、膝が折れかける。


(くそっ……!)


その瞬間、横から赤い影が割り込んだ。

ザインの拳が囚人の顎を跳ね上げ、巨体が崩れる。

床に落ちる音が鈍く響いた。


「ぼさっとすんな!」


ザインが吐き捨てる。

声が怒っている。

でも怒りの向きは陸ではない。

この状況そのものだ。

この檻だ。


陸は息を整え、頷きかけて、頷かない。

頷く動作すら目立つ。

ただ、足を動かした。


二人は配管の森を抜け、奥へ突き進む。

周囲の熱が増す。

空気が乾き、鉄の匂いが濃くなる。

遠くで低い唸りが鳴っている。

巨大な獣が眠って呼吸しているような音。


動力炉室の手前には、金属格子のゲートがあった。

平時なら看守が常駐しているはずだ。

だが今は、暴動で人手が裂けている。

ただ、機械のロックだけが残っていた。


「……チッ」


ザインが舌打ちする。

拳を振り上げようとして、首輪が光る。

痛みが走る。

それでも彼は振り下ろした。

拳が格子に当たり、鈍い音。

格子は軋んだが、すぐには開かない。


「硬ぇな」


「……鍵がいる」


陸が呟く。

鍵。

それはこの章の言葉だ。

三本の矢。

束ねるもの。

でも今、ここにあるのは二本だけ。


その時、背後から声が飛んだ。


「どきな」


女の声。

低い。

乾いている。

だが、芯がある。


陸が振り返る。

そこに立っていたのは、細身の女だった。

年齢は分からない。

頬がこけ、唇が荒れている。

髪は短く切られ、色は煤けた銀。

目は黒い。

黒いのに、どこか光を宿している。


首輪がある。

それでも彼女は堂々としていた。

囚人たちの視線が彼女を避ける。

避けるというより、触れないようにしている。

危険物扱い。


「……誰だ」


陸が言うと、女は片方の口角だけを上げた。


「名前は捨てた」


「ここじゃ、名前は鎖になる」


その言葉の冷たさに、陸の背筋が震えた。

リラが言いそうな理屈。

でも、リラよりずっと荒れている。

擦り切れている。

それでも折れていない。


「情報屋」


ザインが短く言った。

確認するような声。


女が鼻で笑う。


「そう呼ぶ奴もいる」


彼女は膝をつき、格子のロック部へ手を伸ばした。

工具も何もない。

ただ指先だけが動く。

爪の間に隠した薄い金属片が、光を反射した。

即席のピック。


「おい」


陸が思わず言う。


「そんなので開くのか」


女は答えない。

指先が踊る。

金属片がカチリ、と小さく鳴る。

次の瞬間、ロックが外れた。


格子が、重い音を立てて滑った。


陸は目を見開く。

信じられない。

この監獄の扉が、こんな簡単に。


女は立ち上がり、二人を見る。


「動力炉へ行きたいんだろ」


陸は咄嗟に身構えた。

罠かもしれない。

ここは罠だらけだ。

助けは、毒かもしれない。


だがザインは一歩も引かずに言った。


「何が目的だ」


女は肩をすくめた。


「同じだよ」


「ここから出る」


短い答え。

それだけで、利害が一致するのが分かる。


陸が息を吸った。

そして、聞くべきことを聞いた。


「……抑制フィールド」


「どうにかできるのか」


女の目が、ほんの少しだけ細くなる。

笑っているようで、笑っていない。


「できる」


「ただし、秒だ」


「数秒だけ」


陸の心臓が跳ねた。

数秒でもいい。

その数秒があれば、跳べる。

跳べれば、道は作れる。


「動力炉の補助系統を落とす」


女は淡々と言う。


「主電源じゃない」

「主を落としたら、ここにいる全員が死ぬ」


「でも補助なら、磁場が揺れる」

「揺れた瞬間に、首輪の抑制が薄くなる」


ザインが低く笑った。


「面白え」


女は冷たい目で言う。


「面白がるな」

「生きるためだ」


その言い方が、陸の胸を刺す。

生きるため。

それは、この章の共通言語だ。


陸は頷きかけて、止めた。

頷くより先に、聞く。

最優先。


「……リラは」


口にした瞬間、女の目が一瞬だけ動いた。

ほんの僅か。

でも確かに、反応した。


陸の背中に冷たい汗が滲む。


「リラ?」


女が繰り返す。

その声に、かすかな棘が混じった。


「誰だ」


陸は唇を噛む。

名前は鎖。

でも、相棒の名を捨てられない。


「俺の……相棒だ」


陸が言うと、ザインが鼻で笑った。

笑っている暇じゃないのに、なぜか笑う。

この男の生き方だ。


女は視線を逸らし、吐き捨てるように言った。


「隔離区画だ」


陸の胸が締まる。


「やっぱり……!」


女は続ける。


「頭の切れる女は、みんなそこへ送られる」

「監獄は、知恵が一番嫌いだからな」


その言葉は、リラそのものだった。

陸は拳を握った。

爪が掌に食い込む。


(待ってろ)


今度こそ、行く。


女が前へ歩き出す。

動力炉室の奥へ続く通路。

赤い非常灯が、彼女の背中を切り取る。


「ついて来い」


女が言った。

命令みたいに。

でも、その口調には迷いがない。

迷えば死ぬ場所で生きてきた人間の口調。


ザインが陸を見る。

金色の瞳が、問いかける。

行くのか。

行けるのか。


陸は息を吸い、吐いた。


「行く」


声は小さい。

でも芯は折れない。


三人が揃った。

力。

知恵。

そして、封じられた跳躍。


矢は、束ねられるためにここへ集まった。

誰の計算でもなく。

誰の祈りでもなく。

ただ、生き残りたいという意志の一点で。


暴動の怒号が背後で膨れ上がる。

ドローンの照準が揺れ、看守の叫びが重なる。

タルタロス・ピットが、自分の腹を破ろうとしている。


陸はその音を背に、動力炉の闇へ足を踏み入れた。

胸の奥で、たった一つの祈りが燃える。


(数秒でいい)


(その数秒で)


(俺は跳ぶ)

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