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只人の『召喚魔法』運用法  作者: 上昇線


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俺たちも扉を抜けてその先へと進む。


教会の裏手から続く通路は短かった。

数十メートルほど歩くと、空気が一変した。

整備された白い壁面が途切れ、岩肌がむき出しになった広い空間へと出る。


天井は高い。

ダンジョンの天然の地形を利用した、巨大な地下空洞だった。

照明はなく、ダンジョン特有の燐光が光源になっている。



そして、その中央に赤い液体で満たされた小さな池があった。


この空間に足を踏み入れた瞬間、匂いで分かった。

鉄錆のような、濃厚な匂い。

一度嗅げば忘れられない匂いだ。

あの池を満たしているのは水ではない。


「趣味が悪いな」


俺はぼそりと口を開いた。


その一言に反応したのは、爺さんの護衛の一人だった。

腰に差していた刀を抜き放つ。

鞘から離れた瞬間、銀色だった刀身が根元から切っ先にかけて黒く染まっていった。

ただの刀ではない。遺物だ。


「侮辱するなよ」


男性は怒りで歯を食いしばり、今にも襲いかかってきそうな殺気を纏っている。

刀を握る手が白くなるほど力が入っていた。


「遺物なんか出して教義に反するんじゃねーの?」


俺はわざと逆撫でするように言い返した。


「これは遺物じゃ――」


真っ赤になって反論しようとした男性を、爺さんが片手で制した。


「こやつは、時間稼ぎで喋っているだけじゃ」

爺さんは俺のことを真っ直ぐに見つめて続ける。


「さっさと、殺さんか」


爺さんのその一言は、護衛に向けたものだった。


だが、動いたのは護衛ではなかった。


刀を持った男性とは別のもう一人の護衛、その首が突然ちぎれ飛んだ。


切断面から血が噴き出し、頭部が地面に転がる。

胴体が一拍遅れて崩れ落ちた。


「なんじゃッ」


爺さんが初めて声を荒げた。


黒い刀を握り締めた護衛が、即座に爺さんを庇うように前に出て距離を取る。


「光印ッ」


男性が左手の指輪に意識を込めると、指輪から白い光が前方へ放射された。

光が空間を薙ぐように広がり、何もないはずの空間に人影が浮かび上がる。


透明化が解除された。

手に血塗れの長剣を握り、飄々とした表情で立っているのは青木だった。


「光印を照射する遺物なんて、良いもの持ってるじゃないか」


青木は口元に薄い笑みを浮かべながらそう言った。


「これで三対二だけど、どうする? 今投降するなら生かしてやるよ」


俺は横のバルガロンも含めて、爺さんに改めて問いかけた。


この爺さんは、できる限り生きたまま捕らえたい。

煌矢の組織構造、資金源、他の拠点の情報。

全てを握っている地位にいる人間だ。

殺してしまえば、それらの情報も一緒に消える。



背後から蹄の音が響いてきた。

振り返ると、五体の冥馬に騎乗した黒薔薇の騎士団が、通路の奥から姿を現すところだった。

鎧の至る所に返り血がこびりついている。


俺は再び爺さんに向き直った。


「表も全部制圧されたってよ。これで八対二だな」


一気に追い込むのではなく、順を追って追い詰めた方が諦めがつくだろう。

二人が三人になり、三人が八人になった。

もう覆せないと理解させることが、投降への最短距離だ。


青木の登場は俺にとっても予想外ではあったが、結果的にうまく活用できたと思う。


爺さんは膝をついた。

両手を地面につき、深くこうべを垂れる。

先ほどまでの威厳も、ギラついた瞳の輝きも消え失せていた。


「あぁ、もう終わりだ」


絞り出すような声だった。

もう気力が残っていないように見える。


俺と青木は目を合わせた。

これで終わりだ。そう思った。


刀を握った護衛の男性が動いたのは、その直後だった。


黒い刀身が、爺さんの首に向かって一直線に振り下ろされる。


一瞬の出来事だった。

俺の召喚獣はどれもあの距離にいない。

反応できたとしても、あの凶行を防ぐことはできなかった。


首が胴体から離れ、地面に落ちる。

鈍い音。転がる頭部。噴き出す血。


青木がすぐに反応して掴みかかった。

だが護衛はそれを紙一重で避けると、転がった首の髪を掴み上げ、背後の赤い池へと走りそのまま、飛び込んだ。


赤い液体が大きく跳ね上がり、波紋が広がる。

護衛の体が池の中へ沈んでいく。爺さんの首を抱えたまま。


「何だあいつ!? ややこしくしやがって!」


俺はすぐに駆け寄り、池の縁から中を覗き込んだ。

赤い液体の下は底が見えない。

波紋だけが、何かが起きようとしていることを告げている。


やがて池の表面が泡立ち始めた。

赤い液体が煮えたぎるように沸騰し、中央が盛り上がってくる。

地面が揺れた。池の周囲にひび割れが走る。


青木に腕を掴まれ、後方へ引っ張られた。


赤い池から、それは出てきた。


巨人だった。

全身が赤い液体で構成された、巨大な人型の魔物。

天井に頭が届きそうなほどの体躯で、腕の太さだけで俺の胴回りの数倍はある。

表面は常に流動しており、赤い液体が絶えず滴り落ちては本体に吸収されていく。


そしてその足元に、一人の人間が立っていた。


先ほどの護衛だった。

だがその姿は一変している。

全身の至る所から血管が浮かび上がり、皮膚の下で脈打つように蠢いている。

瞳は血走り、口元は歪んだ笑みを浮かべていた。


「不完全だが、ようやく終わったんだ」


護衛は高揚した声で叫んだ。


「我が煌鬼の名前が、世界に刻まれるのだ!」


――煌鬼。

てっきり爺さんの名前かと思っていたが……。

この護衛、ただの護衛ではなかったのか。


「アキはどちらを相手したい?」


隣の青木が聞いてきた。

そんなもの、決まりきっている。


「あのでかい魔物かな」


「そりゃそうだよな」


青木は笑うと、煌鬼の方へ向き直った。

俺は赤い巨人を見上げる。


巨人が腕を振り上げ、俺に向かって掴みかかってきた。

岩壁のような巨大な手が迫る。


その手がバルガロンの剛腕で横から弾き飛ばされた。

体格差は歴然だが、バルガロンの一撃は巨人の腕の軌道を完全にずらしている。

掌が空を切り、巨人の体勢が崩れた。


その隙に、後方の冥馬たちから紫電が降りかかった。

五体の冥馬から同時に放たれた雷撃が、巨人の体に殺到する。


目を覆うような閃光が空洞を満たした。


だが、光が収まった後も、巨人は無傷だった。

赤い液体の表面を雷撃が滑るように流れ、地面へと逃げていく。

効いていない。電撃が巨人の体に浸透しなかった。


騎士団のイバラが巨人の腕に巻き付く。

黒薔薇の棘が赤い液体の表面に食い込むが、液体がイバラを飲み込むようにして吸収していく。

――拘束も効かない。


バルガロンが黒い矢を連射する。

何十もの針が巨人の胴体に突き刺さるが、着弾した箇所から赤い液体が溢れ出してすぐに穴を塞いでしまい、気にした様子もない。


膂力そのものはそれほどでもない。

バルガロンが弾き返せる程度だ。

問題は、あの異常な耐久力だった。

何を撃ち込んでも効いている気配がない。


煌鬼は俺には目もくれず、別の虚空に向かって飛びかかっていった。


「ハハハハハ! 俺は第五階位の壁を超えたぞ! 第六階位の力だ!」


そう叫びながら、何もない空間に向けて刀と拳を振るっている。

振るうたびに外れた余波で地面が放射状に抉れていく

言っていることはあながち間違いではないのかもしれない。


――幻覚にかかっていなければ、の話だが。


青木の遺物の効果は規格外だ。

人間が相手であれば、一方的にハメ殺せる性能を十分に持っている。

煌鬼は今、存在しない敵と戦い続けている。自分が無敵だと信じ込みながら。


俺は自分の受け持った魔物に視線を戻した。


赤い巨人は、騎士団のイバラを引きちぎりながら再び腕を振り上げていた。

バルガロンが迎撃の姿勢を取り、冥馬が距離を取って雷撃を溜め始める。


通常の攻撃が効かない相手。

だが、無敵な存在などこの世にはいない。

ロレーヌで学んだことだ。


「おーい、こっちはできたぞ」


青木の声にちらりと振り返ると、煌鬼は地面に伏していた。

縄で縛られてもいないのに、まるで全身を拘束されているかのように身動きが取れなくなっている。

幻覚で「縛られている」と思い込んでいるのだ。


「馬鹿が、無敵の魔物に勝てるものか!」


煌鬼は未だ口だけは動いており、叫び続けている。

青木はいちいちそれに返事をしていた。

会話を続けることで遺物の効果を維持し、強め続けているのだろう。


「あの魔物に弱点はあるのか?」


青木が煌鬼にそう聞いた。


「そんなものない! 無敵が故に全てを破壊し尽くすのだ!」


弱点は教えてもらえないか。

だが、あの巨人が本当に無敵かどうかは別の話だ。

通常の攻撃が効かないなら、通常ではない攻撃を使えばいい。


「青木、余波に備えろ」


俺がそう言うと、青木は即座に煌鬼の首根っこを掴んでこちらへ走ってきた。


俺は騎士団と冥馬を回収した。

バルガロンも回収する。

赤い巨人の前から、全ての召喚獣が消える。


代わりに、別の遺物に意識を向けた。


黒薔薇の名を冠した竜。


腕輪に込めた意志が応え、虚空が裂ける。

黒い薔薇の花びらが渦を巻くように舞い上がり、その中心から巨大な影が顕現した。


黒薔薇の簒奪者。


黒い鎧を全身に纏った赫い竜が、地下空洞に降り立つ。

着地の衝撃だけで地面が放射状にひび割れ、周囲の岩壁が震えた。


天に伸びる角は捻じ曲がり、禍々しさが滲み出ている。

赤い巨人が大きいと思っていたが、簒奪者の体躯はそれと比べても遜色がない。

そしてこの竜が持つ力は、体躯の大きさなどとは次元の違う場所にある。


戦闘能力の総合力で言えば、第五階位のパーティーを踏み潰したあのロレーヌと真正面から渡り合った存在だ。


「なんだよ、その魔物は……」


青木がぽつりと言葉を漏らした。

煌鬼は簒奪者を見た瞬間、声を失って押し黙る。


お前(煌鬼)だけじゃないのさ。魔物を操る点で言えばな」


俺は簒奪者に命令した。


「殺せ」


その一言で、簒奪者の捻じ曲がった角の先端に黒い光が集束し始めた。

空気が歪む。光が圧縮されると黒い球体が形成された。


簒奪者はその球体を、斜め上に向けて撃ち出した。


赤い巨人に直撃する。

だが、直撃して止まらなかった。

巨人の体を貫通し、なお威力が衰えることなく、そのまま巨人の体ごと引きずっていく。

赤い液体が周囲に飛散し、巨人の巨体が浮き上がった。


巨人の足が地面から離れ、斜め上方の天井へと押し込まれていく。

分厚い岩盤に巨体が叩きつけられ、それでも黒い球体の推進力は止まらなかった。

天井が砕ける。岩が弾け飛ぶ。


巨人ごと、天井をぶち抜いた。


瓦礫と赤い液体が降り注ぐ中、頭上に外の光が差し込んできた。

暗黒街の空だ。地下から地上まで、一撃で貫通している。


簒奪者は翼を広げ、巨人の後を追うように穴の中を上昇していった。

黒い薔薇の花びらが、上昇気流に乗って舞い上がる。


俺と青木は煌鬼を連れて、崩壊した天井の穴から外へ向かった。

冥馬を再召喚し、騎乗して瓦礫の斜面を駆け上がる。


地上に出る。

暗黒街の廃墟の間に、赤い巨人が倒れていた。

体の一部を大きく失い、赤い液体が地面に広がっている。

それでもまだ動いていた。残った腕で地面を掴み、上半身を起こそうとしている。


その上空に、簒奪者が浮かんでいた。


先ほどよりも更に巨大な黒い球体を、角の先に溜めている。

地下では天井があったために規模を抑えていたのだと、今になって理解した。


俺たちが近くにいなくなり、全力が出せる。


「無敵なんて、存在しないんだよ」


俺は傍らの煌鬼に、諭すように言った。

煌鬼は何も答えなかった。

血管が浮き出た顔で、上空の簒奪者を見上げている。


やがて、その破滅は降りかかった。


黒い球体が解き放たれる。

落下しながら球体は拡散し、雨のように広がって辺り一面を覆い尽くした。


赤い巨人の断末魔は聞こえなかった。

断末魔を上げる間もなく、存在ごと消し飛んだのだ。


黒い雨が止んだ後、そこにあったのは何もない更地だった。

赤い巨人も、周囲の廃墟も、全てが消えている。


簒奪者。

その力は全てを奪うように、後に残された破壊痕には何一つ残っていなかった。


ただ、その黒い薔薇の花びらだけが舞っていた。












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お読み頂きありがとうございます。


ブクマや星も本当にありがとうございます!

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感想もありがとうございます!!!


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― 新着の感想 ―
前後と話が噛み合ってない気がするんだけど? 通してやれと言ってこっちでは「表も全部制圧されたってよ。」 通った後どうなったわけ?? 信者?は表の数にカウントされてない感じ?
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