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まずは奥を目指す。
俺たちの襲撃が露呈するのは遅れているが、必ずどこかでバレる。
その前にできるだけ深くまで潜り込みたい。
奴らのアジトは入り口付近にはない。
かといって、他の探索者が向かうような最奥にもないだろう。
一般の探索者と動線が重なる場所は拠点に適さない。
人が来ない脇道の奥に隠れているはずだ。
まだバレていない以上、目立った行動は避けた方がいい。
青木が隣を歩きながら問いかけてきた。
「さっきのやつ、遺物を持っていたか?」
「持っていない」
バルガロンが処理した二人の体を確認済みだったので即答する。
遺物を一切身につけていなかった。
俺はてっきり、遺物を末端まで行き渡らせる余裕がないのだと思っていた。
組織の規模に対して遺物の数が足りないのだろう、と。
だが青木の話ではそういうことではないらしい。
煌矢の教義によるものだ。
探索者を襲うのも、遺物を持ち歩かないのも、全てが教義に基づいている。
一体何を目指しているのか。
家長から貰った資料にも、煌矢の最終目的までは記載されていなかった。
「不気味な奴らだよな。しかし幹部や第五階位の襲撃時には遺物を使ってると思われるんだよな?」
青木は頷き、言葉を続けた。
「結局は一貫してないのさ」
相手が遺物を持っていれば宝食ワニを出すだけで場所が特定できる。
だが持っていない以上は、地道に探すしかなかった。
「道中の敵は無視でいいんだよな?」
青木が頷くのを確認して、俺は冥馬を召喚した。
漆黒の巨体に飛び乗り、続けて森林狼も呼び出す。
問題は青木だ。
冥馬の速度に徒歩でついて来られるとは思えない。
だが青木は何も言わず、懐から小さな遺物を取り出した。
次の瞬間、その体が黒い毛並みの豹に変わっていた。
変身の遺物。
俺は冥馬の首筋を撫でて駆け出した。
入り口の監視者は処理したが、バレるのは時間の問題だ。
先ほど倒した監視者の服の切れ端を、森林狼に投げ渡して匂いを記憶させてある。
同じ匂いがする場所、つまり煌矢の構成員が集まっている場所へ最短で向かわせる。
暗黒街の廃墟の間を、冥馬が駆け抜けていく。
崩れた壁の隙間を縫い、倒壊したビルの残骸を跳び越え、黒い豹がその後ろを影のように追従する。
十分以上走ると前方を走る森林狼がこちらへ振り返り、近いことを伝えてきた。
構わず進む。
「おい、ここは今俺たちの狩場だぞ」
前方から声がかかった。
崩れた壁の陰から数人の男が現れ、馬上の俺の前に立ちはだかる。
装備から見て、一般の探索者パーティー――を装っている煌矢だろう。
いつの間にか変身を解除していた青木が、一歩前に出た。
男達に一人で近づき、離れた位置で話しかけ始める。
数秒もしないうちに、彼らの目から警戒心が消えていった。
瞳の焦点がわずかにぼやけ、表情が弛緩する。
俺は冥馬から降りて狼と共に召喚を解除し、静かに待った。
話が付いたのか、青木が手招きする。
「アジトまで案内してくれるそうだ。優しいな」
俺は素直に頷いた。
俺の手持ちでは、こんな芸当はできない。
適材適所だろう。
男性に案内された場所は、廃墟のビルの地下だった。
割れたコンクリートの床を降りていくと、地下道に繋がっている。
人工的に掘られた通路ではなく、ダンジョンの地形を利用した天然の地下空間のようだ。
「気をつけてな」
そう言って立ち止まる男性。
「あんたが案内役だろ? ついて来てよ」
「……あぁ、そうだったそうだった」
一度は別れようとした男性が、何の疑問も持たずに踵を返してまた先頭に立つ。
俺たちは男性の案内のもと、堂々と地下道を歩いた。
通路は思っていたよりも広かった。
天井は大人が二人分立てるほどの高さがあり、壁面は湿った岩肌がむき出しになっている。
所々に照明が埋め込まれており、光が通路を薄く照らしていた。
足元には砂利が敷かれているが、その上に無数の足跡が重なっている。
壁には擦れた痕が至る所に残り、僅かな生活臭が漂っていた。
相当な人数がこの地下を日常的に行き来している証拠だ。
空気が重い。
湿度が高く、深く進むほど息苦しさが増していく。
通路の分岐が何度もあり、そのたびに案内役の男性が迷いなく一方を選んで進んでいった。
この複雑な地下道を外部の人間が地図なしで踏破するのは不可能だろう。
青木が案内役を確保した判断は正しかった。
途中で通りかかる人間にはジロジロと見られたが、案内役の顔が広いのか何も言ってこない。
会釈だけして素通りしていく。
だが、すれ違うたびに相手の目がこちらの装飾品に一瞬だけ引っかかるのを感じていた。
指輪、腕輪、ネックレス、イヤーカフ。
遺物を持たないことを教義とする集団の中で、俺の身なりは明らかに浮いている。
いくつかの道を折れ曲がった先で、前方から髪の長い女性が一人で歩いてきた。
今までと同じように、軽く会釈して通り過ぎるだけだ。
そのはずだった。
次の瞬間、背中に衝撃が走った。
槍。
背後から突き刺され、体が前のめりに倒れる。
地面に張り倒されるようにして顔から突っ込んだ。
石畳の冷たさが頬を打つ。
「アキッ!」
青木が叫ぶように名前を呼ぶ。
その声に切迫した響きがあった。
かつて俺を殺そうとした男が、俺の名を叫んでいる。
不思議な巡り合わせだと、場違いな感想が頭を掠めた。
俺は地面に縫い付けられたまま、片手を上げた。
「大丈夫だ、反応できてる」
そのまま立ち上がり、膝の埃を払う。
背中に刺さっていた槍は、俺の体には届いておらず展開していた泥人形が、槍の穂先を受け止めて防いでいた。
俺が立ち上がるのと入れ替わるようにして、女性が地面に倒れた。
首が不自然な角度に折れ曲がっており、既に絶命していた。
仕留めたのは、女性の背後に立っていたバルガロンだ。
俺は泥人形を解除する。
なぜバレた。
その疑問に、青木がすぐに答えた。
「バレるのは時間の問題だったが、今回はその遺物じゃないか? 組織だっての攻撃じゃなくて、この女がその場の判断で攻撃したように見える」
教義で遺物を持たない組織の中を、遺物を身につけた人間が歩いている。
案内役の幻覚に騙されている人間には違和感がなくとも、そうでない人間の目には異物として映り凶行手段に出たのだ。この女の独自判断で。
しかし、遺物は外すつもりはなかった。
今更隠すつもりもない。
「もう喉元だろ? ここから開き直ってギア上げていこうぜ」
俺がそう言うと、青木は一瞬だけ俺の顔を見て、それからため息を吐くと続けた。
「なら折衷案だ。目立つあんたはいつも通りで良い。俺は別行動をする」
青木はそう言うと何かの遺物を発動させたのだろう、姿がその場から消えた。
透明化である。
俺の目からは完全に見えなくなっている。
気配すら感じ取れない。
ちらりとバルガロンに目を向けると、その視線は虚空の一点をしっかりと追っていた。
人間の視覚は騙せても、魔物である召喚獣の感覚には通用しないらしい。
青木がどこにいるかは、バルガロンの視線で把握できる。
「じゃあ、そうさせてもらうよ」
俺は返事をすると、その場で軽く体を解した。
首を回し、肩を鳴らし、指先まで血を巡らせる。
襲撃が露呈していないからといって、大人しくやり過ぎていたのだ。
ここから先は俺のやり方でいく。
騎士団を五体、全員を乗馬状態で顕現させる。
狭い地下通路に五頭の冥馬が並び、黒い鎧の騎士たちが大剣を抜き放った。
薄暗い地下道が、黒薔薇の存在感で塗り替えられていく。
俺は騎士団を見渡し、両手を広げた。
――全て、破壊してこい。
騎士団が散開した。
五体の騎士がそれぞれ異なる通路へと冥馬を駆り、地下道の奥へ消えていく。
蹄が石畳を蹴る音が幾重にも反響し、地下全体に轟いた。
煌矢のアジト、その中枢に向けて。
黒薔薇の騎士団が放たれた。
破壊は、劇的だった。
最初に通路の奥から悲鳴が聞こえた。
続いて、金属が壁に叩きつけられる音。体が吹き飛ぶ音。何かが崩れ落ちる音。
それが四方から同時に響き始め、やがて地下道全体が悲鳴と破壊音で満たされた。
煌矢の戦闘員と思われる人間たちは、騎士団の前にまるで歯が立たなかった。
遺物を持たない生身の人間が、黒薔薇の騎士に勝てるはずがない。
一太刀で叩き伏せられ、冥馬に蹴り飛ばされ、イバラに絡め取られて動けなくなっていく。
たった五分で、地下施設はパニックに陥った。
俺はバルガロンを伴い、血が点々と続く通路を歩いている。
急ぐ必要はない。騎士団が先に道を切り開いている。
俺は後から悠然と進めばいいだけだ。
物陰から魔法が飛んできた。
スロットに装備した魔法だろう。遺物は持っていないが、スロットの魔法は体に刻まれているため教義には抵触しないのか。
だが、俺が指示を出すよりも早く、バルガロンの長い腕が振るわれた。
飛来した魔法ごと、壁の一部を剛腕で消し飛ばす。
奥から、複数の人間が通路を塞ぐように立ちはだかった。
三人。いずれも空手のような構えを取っている。
第三階位程度の身体能力はあるのだろう。
遺物なしでも、鍛え上げた肉体と階位による強化だけで一般人を遥かに凌ぐ戦闘力にはなる。
バルガロンはそれらの敵を見てすらいなかった。
しかし、いつの間にか放たれた黒い矢は正確に三人の胴体に突き刺さり、内側からぐずぐずに崩れ落ちていった。
立ちはだかってから倒れるまで、二秒もかからなかった。
俺は先ほど宝食ワニを一瞬だけ召喚して、付近の遺物の反応を探っている。
末端の構成員は遺物を持っていないが、幹部は持っている可能性が高いと青木が言っていた。
宝食ワニの感覚が捉えた遺物の反応は、この通路の奥、一番深い場所から感じ取れた。
他の地点には騎士団を分けて向かわせている。
俺が直接向かうのは、遺物の反応が最も強い場所だ。
通路の突き当たりに、重い金属の扉があった。
バルガロンが片手で扉を掴み、蝶番ごと引き剥がす。
中は実験室のようになっていた。
壁面に薬品棚が並び、中央に大きなデスクが置かれている。
ガラス器具や書類が雑然と広がる部屋の奥、デスクの前に座っている人間が一人いた。
白衣の男性。
外の騒乱を他人事のように、手元の資料に目を落としている。
「外が騒がしいと思っていれば、どこの差金だ?」
男性は資料から顔を上げ、俺とバルガロンを値踏みするように眺めた。
パニックに陥っている外の人間たちとは明らかに温度が違う。
余裕がある。
「殺せ」
俺は間髪入れずにバルガロンに命じた。
バルガロンが腕を突き出し、黒い矢を大量に射出する。
何十もの矢が男性へ向かって殺到した。
だが、全てが到達する前に止まった。
男性の手前、空間に見えない膜のようなものが存在していた。
黒い矢がその膜に触れた瞬間、火花を散らして弾かれる。
一本も通っていない。
「無駄だよ、この結界はね、第五階位以上のどんな魔物の攻撃だって防ぐのさ」
男性は椅子の背もたれに体を預けたまま、講釈でも垂れるような口調で言った。
俺はその言葉を無視して、右手の指を握り込んだ。
男性は俺の反応を見て、勝ち誇ったように続ける。
「ははは、無駄だよ。ここから先は通れない。誰も邪魔はできない」
俺は握った指輪に意識を向けた。
蝕燐竜を呼び出す。
バルガロンの隣に、背中の棘から毒々しい燐光を放つ漆黒の竜が顕現した。
狭い通路の中では体躯が窮屈そうだが、構わない。
「無駄だよ! 図体でかい魔物を出したところでねぇ!」
男性の声に余裕が残っている。
あの結界の強度に絶対の自信があるのだろう。
蝕燐竜が顎を開いた。
口腔の奥から、漆黒の炎が溢れ出す。
吐き出された黒炎が、結界に着弾した。
炎は止まらなかった。
弾かれもしない。
蝕燐竜の黒炎は物理的な熱で燃やすのではなく、存在そのものを侵蝕して崩壊させる。
どんな魔物の攻撃も防ぐと豪語した結界が、黒炎に触れた箇所から罅割れ、内側へと蝕まれ、易々と、燃やした。
男性の顔から、初めて余裕が消えた。
俺とバルガロンは、崩れた結界の残骸を悠然と跨いで中に入った。
蝕燐竜の黒炎がまだ結界の破片に燃え移り、黒い火花を散らしている。
「食っていいぞ」
俺は傍らの蝕燐竜に指示を出した。
蝕燐竜は長い首を結界の内側へ伸ばすと、椅子から腰を浮かせかけた男性をそのまま顎で捕らえた。
俺はその脇を通り過ぎ、実験室の奥にあるもう一つの扉を開けて先へ進んだ。
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