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「ダンジョンの内容は頭に入ってるか?」
目当てのダンジョン管理所まで車を出してもらい、建物の前に到着したところで、運転席の青木に尋ねた。
「まぁ、大体は」
「大体ぃ〜?」
俺は後部座席から身を乗り出した。
「変異もしてない既知のダンジョンの資料はしっかり目を通しておいてくれよな〜」
まったく、これだから元探索者は。
俺が愚痴を零すと、青木が言い返してきた。
「あんたもそのいかにも探索者って感じの丸見えの遺物、何とかした方がいいぜ。弱点丸出しだ」
それに、と更に続ける。
「護衛依頼ではあるが、自分の身は自分で守れるさ。それはあんたも分かってるはずだろ」
こちらが何かを言い返す前に、青木はさっさと車を駐車して外へ出てしまった。
俺もそれを追うように後部座席のドアを開けて外に立つ。
浜松ダンジョン。
家長の指名依頼で、カルト団体「煌矢」が潜伏していると目されるダンジョンだ。
ここを管理している管理所は、家長の調べでは白。
まさか自分たちのダンジョンが寝床に利用されているとは気づいていないはずだ。
「作戦は覚えてるか?」
青木からの言葉を、俺はその場で軽く返す。
「普段通りだろ?」
そのまま管理所の中へと入っていく。
ロビーに足を踏み入れると、数人がこちらを見た。
一瞬の注目。だがすぐに興味が失せたように目を伏せる。
探索者が管理所に来るのは日常だ。いちいち気にする人間はいない。
ロビーは広く、市役所のような造りだった。
椅子に腰掛けて順番を待っている人間が何人かいる。
管理所はダンジョンに関すること全てを統括しているので、事業所の必要書類提出やパーティー申請、遺物の買取など様々な業務を行っている。
よほどの過疎ダンジョンでなければ人が絶えることはない。
俺はさっさと受付へ向かった。
「ここのダンジョンに入りたいのだけど」
そう言って管理証を提示する。
第五階位であることが確認されると、特に質問もなくダンジョンの入り口であるゲート前まで通された。
俺はそのまま迷いなくゲートを潜った。
浜松ダンジョンは、よくある解放型だ。
しかし森林型や草原型とは異なり、その内部は壊れた建造物が乱立するダンジョンだった。
崩れかけたビルのような構造物、割れた舗装、倒壊した壁。
まるで廃墟と化した都市がそのままダンジョンになったかのような景観だ。
通称「暗黒街」。とにかく広い。
俺は入り口付近の崩れた建造物に腰掛け、張り切り妖精の収納から取り出したチョコバーの包装を破いた。
家長から貰った資料を膝の上に広げ、目を通しながらチョコを齧る。
このダンジョンの階層構造、出現魔物の傾向、過去の踏破記録。
既知のダンジョンであり変異もしていないため、情報は豊富だ。
問題は魔物ではなく、この中に潜んでいる人間の方だろう。
十分ほど経って、ゲートから青木が姿を現した。
一人ではない。もう一人、中年ほどの男性を連れている。
「あぁ、申し訳ございません! お帰りになっていたとは煌鬼様!」
中年の男が俺に向かって慌てた様子でそう言った。
先ほど管理所のロビーにいた人間だ。
椅子に座って順番待ちをしているように見えたが、待っていたのは手続きの順番ではなかったらしい。
煌鬼。
俺のことをそう呼んでいる。
俺は後ろの青木に目を合わせた。
青木は小さく頷くと一歩前に出て、中年に向けて声を張った。
「ほら、煌鬼様にご報告を!」
中年は慌てて口を開いた。
「申し訳ございません! 先ほど第五階位の探索者がこのダンジョンに一人で入って来まして、本部へご報告を! 隣の青山に行ってもらいました」
青山と呼ばれた青木も、中年と同様にその場に形だけの膝をついた。
「ご苦労様、奥へ向かう遺物は所持してないのか?」
俺がそう問いかけると、中年は「私では恐れ多く!」と言って顔を伏せた。
転移用の遺物は末端の監視員には持たせていないということか。
立ち上がり近づいてきた青木の耳元に口を寄せる。
「で、こいつはもう用無しか?」
「まぁ、発覚が遅れるのと、移動の遺物は幹部付近しか持ってない事がわかれば十分じゃないか?」
青木はそう言うと、膝をついて顔を伏せている中年に向けて、容赦なく足を振り抜いた。
鈍い衝撃音。
頭から血を流した中年が、その場で崩れ落ちて気絶する。
「こいつらはどいつも人殺しに関与してる。一線越えた奴ばかりさ」
青木の声に感情の揺れはなかった。
対人の仕事に慣れている人間の、淡々とした処理だ。
俺は召喚したゴブリンに中年の体を物陰へ移動させた。
放っておくわけにはいかないが、今は先を急ぐ方が優先だ。
管理所は今回の煌矢の件に関与していない。
だが、煌矢は表の入り口である管理所に必ず監視を置いているだろう。
だからまず俺だけが単独で入場した。
青木曰く、ここまであからさまに遺物で身を固めた人間が堂々と一人で入場するのだ。
監視者からすると、まず遺物の総量から「高階位か、頭のおかしい奴」の二択。
そして受付が何の説明もなくスムーズに終わるなら、高階位と判断できる。
高階位の探索者が一人で入ってきた。
その情報は監視者から組織の上層へと伝達される。
伝達のために監視者は何らかの動きを見せる。
その動きを、青木が捉えていた。
青木の所持していた遺物は幻覚を見せる効果を持つ。
管理所のロビーで監視者に接触し、幻覚で意識を掌握した上でダンジョン内まで連れ込んだ。
組織内部の人物を装い、監視者から情報を引き出す。
"本物"の青山はどこかで気絶して寝てるだろう。
俺が入り口でチョコバーを食べながら待っていたのは、青木がこの工作を完了するのを待つためだった。
「ここはもう奴らの領域だぞ、無防備すぎやしないか」
青木が眉を顰めながら言った。
俺がチョコバーを食いながら資料を広げて座っていたことを指しているのだろう。
「油断してサボっていたわけじゃないぞ」
俺がそう言った直後、青木のすぐ近くで重い物が落ちるような音がした。
青木の体が反射的に構える。
俺は顎でその音の方向をしゃくった。
青木がゆっくりと振り返る。
地面に血塗れの男が二人、折り重なるようにして倒れていた。
上から落ちてきたのだ。
その上方、崩れかけた建造物の縁に、一体の悪魔が立っていた。
二本の捻じれた角。長い腕。猫背の体躯。
黒い体表から漂う、周囲の空気を焦がすような威圧感。
「元、あんたが壊した遺物だよ」
青木は建物の上に立つバルガロンを見上げたまま、固まっていた。
この入り口を張っていた煌矢のメンバーだろう。
俺が座って待っている間に、バルガロンが処理していた。
「……なんだこの魔物は、見たことも聞いたこともない」
青木の声が掠れていた。
「俺も知らない、多分ユニークだと思う」
「そういうことを言ってるんじゃ……」
青木が何かを言いかけたが、俺はバルガロンに目を向けてそのまま回収した。
黒い粒子となって消えていくバルガロンの残滓を、青木は呆然と見つめている。
「アレが、最高戦力か?」
並んで歩き始めた青木がそう聞いてきた。
俺は考えるように首を振る。
「何をもって最高とするかは状況によりけりだからなぁー」
俺は崩れた建物の隙間から覗く暗い空を仰ぎ見て、思いついたように言った。
「まぁ、最高の相棒ではあるな」
青木はため息を一つ吐いた。
「俺も第四階位まで来たが、上には上がいるのか……」
その呟きに、俺は何も返さなかった。
代わりに新しいチョコバーの包装を破きながら、暗黒街の奥へと歩き出す。
青木が黙ってその後ろについてきた。
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