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俺はダンジョン管理所のオフィスで、家長と向かい合って座っていた。
「これで指名依頼二つ目完了ですよね」
これはロレーヌのダンジョンの事を含めて言っている訳ではない
俺が言っているのは、それ以降の話だ。
竹村からの指名依頼であった新人研修の講師と先日の水没ダンジョンの調査依頼。
竹村はあの不良崩れのような風貌に似合わず面倒見が良く、新人の育成に熱心な男である。
「そうですね、あと一つです」
家長は手元のパソコンから顔を上げずにそう答えた。
Aランクダンジョンへの挑戦権は、そう易々と手に入るものではない。
高階位の探索者にとって、未知のダンジョンに潜ることは金や名誉を積まれることよりも重要だ。
死にに行きたいわけではない。
だが、誰しもが自分ならばと攻略を目指す。
そこにあるのは純粋な探究心であり、挑戦への渇望だ。
それは俺も例外ではない。
次のAランクダンジョン挑戦にあたって、最低でも三つは指名依頼を攻略してほしいと家長から言われていた。
――家長の昇進。俺はそれに協力している形だ。
「次の指名依頼はもう用意しています」
家長がパソコンの画面から目を離し、こちらを真っ直ぐに見た。
その表情がいつもの淡々としたものから、僅かに硬くなっている。
「最近国内でテロが起きたのをご存知ですか?」
俺は珍しく最近の情勢を聞いてきた家長に首を傾げた。
ダンジョンに潜っている間は、外の世界のニュースなどほとんど耳に入らないのもあり関心を向けていなかった。
「ダンジョンに潜ってばかりだと、取り残されてしまいますよ」
家長は苦笑しながらそう言うと、表情を引き締めて続けた。
「煌矢と呼ばれる団体が起こしたテロです。探索者を狙ったカルト組織で、今まで低階位の探索者を対象にした殺害事件に複数関与しています」
「……知らないですね」
「世に知られるようになったのはつい最近のことです。大規模に第五階位の探索者の殺害を計画して、失敗して捕まりました」
第五階位の殺害計画。
一般人が束になったところで傷一つつけられない相手を、組織的に殺そうとしていたということか。
捕まえたのであれば、それで良いのではないか。
俺はそう思ったが、わざわざ今この場で話題にするということは、別の理由があるのだろう。
「残党が見つかったとかですか?」
手元のパソコンから目線を上げた家長は、デスクの引き出しから数枚の紙をこちらへ差し出した。
「その通りです。ある確かな情報筋から、ダンジョンに潜伏していることが判明しています」
手元の紙に目を通す。
名簿がずらりと並んでいた。名前、年齢、階位。
それが何ページにもわたって続いている。
「多すぎでは?」
潜伏している人数が尋常ではない。
ざっと数えて二百人ほどは記載されている。
これだけの人数がダンジョン内に身を隠しているというのか。
「何らかの遺物を使って、遠方から特定のダンジョンへと行き来しているようです」
それを聞いて、俺はデラボネアを思い浮かべた。
あの半魚人もダンジョン間を自在に行き来している。
似たような転移系の遺物を組織的に運用すれば、ダンジョンを拠点にした潜伏は理論上可能だ。
しかし。
「人が相手なのはうーん、やる気が出ない。他の人に頼めませんか?」
正直な気持ちだった。
同じ命を張るなら、俺は魔物に張りたい。
人間相手の戦闘は、どうしても気分が乗らない。
「そう言うとは思っていました」
家長は予想通りだと言わんばかりに頷いた。
「ですのでアキさんに頼むのは、そのダンジョンの攻略のみです。管理所の『対人』に特化した人員を最奥まで連れて行ってもらうのが今回の依頼になります」
護衛依頼のようなもの。
受けたことはないが、それならば気持ちも多少変わってくる。
人間との戦闘が全く起きないわけではないだろう。
だが、気の持ちようが全然違う。
「それなら、まぁ……わかりました、受けます」
俺がそう返事をすると、家長は一度席を立って部屋を出た。
すぐに戻ってくる。
「一般には公になっていない管理所の戦力ですので、大っぴらには言えませんからね」
そう言いながら扉を開け、もう一人の男性を連れて入ってきた。
黒いスーツに身を包んだ男。
俺と同じくらいの背丈で、やや筋肉質な体つき。
顔を見た瞬間、俺はそいつが誰なのかすぐにわかった。
だが、その後に目に入ったのは頭だった。
坊主頭。
前回会った時には髪があったはずだが、今は見事なまでに剃り上げられている。
「……」
俺はそいつの坊主頭を指差して、大声で笑った。
「お前……もしかして反省で丸めてきたのか!」
近づいてその肩を勢いよく叩く。
目の前に立つ坊主頭の男からはあの時のような殺気の欠片はなく、むしろ居心地悪そうに肩を縮めている。
笑って肩を叩く俺に対して、男は何も言わず顔を赤くして下を向いていた。
この男は、俺が過去に襲撃されゴアデビルの杖を叩き折られた時の襲撃者、その張本人だ。
俺があの後、管理所に対して厳罰を求めなかったため、家長がこの男の身柄を引き取ったのだろう。
管理所の対人戦力として、再雇用したということか。
「――すまない」
笑い続ける俺に、男がぽつりとそう言った。
声は小さかったが、その一言に込められた感情は重い。
「いやぁ、別に何とも思ってないよ」
本当に、心の底から何とも思っていなかった。
杖は結果的に戻ってきたし、ヒヨリに作り直してもらってバルガロンに進化している。
家長は男の反対側の肩に手を置くと、穏やかに言った。
「ね? 彼は気にしてないのだよ。殺そうとした相手だろうと」
そして俺の方を見て、呆れたように首を振る。
「高階位の方は何を考えているかわかりませんね」
家長はデスクに戻ると、姿勢を正して俺たち二人に向き直った。
「とにかく、この青木をダンジョンの最奥までよろしく頼みます」
青木。
それがこの坊主頭の名前だった。
あの襲撃の時は名乗りもしなかったが、今こうして正式に紹介されると、妙な感覚がある。
殺し合いをした相手と、これから組んでダンジョンに潜る。
俺は青木の顔を改めて見た。
坊主頭は似合っていないが、目つきはあの時と変わっていない。
鋭く、冷たく、しかし今はその鋭さの奥に覚悟があった。
「んじゃよろしく、青木」
俺が手を差し出すと、青木は一瞬躊躇してから、その手を握り返した。
カルト団体、煌矢が潜伏するダンジョンへ。
三つ目の指名依頼が、これで決まった。
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