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只人の『召喚魔法』運用法  作者: 上昇線


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87

冷たい水が全身を包む。


大扉の向こうは、予想通りの水没空間だった。

だが、ただの水没した部屋ではない。

神殿の回廊とは比較にならないほど広大な空間が、透明な水で満たされている。


沈んでいく俺の体を、背後から墨帝蛸の触腕が引き寄せた。

青と黄色の危険色の体表は水中でもよく目立つ。

その色彩が頼もしく感じるのは、もうすっかり慣れた証拠だろう。


俺たちの脇を、宝食ワニが黒い体躯を滑らせるようにして泳ぎ抜けていく。

背中のクリスタルは先ほどまでの捕食で深く色づいたままだ。


周囲を見渡す。

天井は遥か上方にあり、左右の壁も視界の端で霞んでいる。

神殿の最奥に位置する、巨大な広間だった。


水中の奥から、弱い水流がこちらへ向かって流れてきていた。

引き寄せられるような、緩やかだが確実な流れ。


その水流の源へ目を凝らすと、広間の最奥に巨大な玉座が鎮座していた。

人が座るには明らかに大きすぎる石の玉座だ。


そして、その玉座に巻き付くようにして蛇がいた。


巨大な海蛇。

長い胴体が玉座の脚から背もたれまで何重にも巻き付いており、とぐろを巻いた全長は正確に測れない。

鱗は深い藍色で、水中に差し込む薄い光を受けて鈍く輝いている。


海蛇が守っているのは、玉座に座った一体の屍だった。

人と同じような骨格と肉体を持つが、途方もなく巨大な屍。

朽ちかけた体を玉座に預けるようにして座り、動く気配はない。

だが、その存在感だけで空間の水圧が変わるような威圧がある。


海蛇はデカい。

墨帝蛸よりも更に大きく、手持ちで最も体躯の大きな蝕燐竜や赫竜と比較しても全長は遥かに長い。


デカいが。


「お前よりもっとデカい奴を知ってるんでな」


所詮は海蛇だ。

ロレーヌのダンジョンで水龍が見せた龍の姿に比べれば、この程度の巨体は驚くに値しない。


俺は腕を突き出し、傍の宝食ワニに命じた。

今まで食べた分の力を解放しろ。


そう命令したが俺はてっきり特大のブレスでも吐くのかと思っていた。

だが、宝食ワニの変化はそんな単純なものではなかった。


黒い体躯の背中に並んだクリスタルが一斉に明滅を始める。

様々な色の光がリズムを刻むように交互に点滅し、その光が体表全体に伝播していく。


背中が裂けるように隆起した。

割れた背中の内側から、宝石のクリスタルで構成された丸い尾鰭が押し出されてくる。

同時に四本の脚が伸長し、水掻きのついた手足が形成されていく。


体躯が膨張する。

墨帝蛸よりも一回り以上大きくなり、頭部は鰐の面影を残しつつも頭頂部にクリスタルの突起が並び、背中には宝石の棘が帆のように立ち上がった。


さながら古代の恐竜を思わせる巨大な姿。

黒い体表に宝石の輝きを散りばめた、異形の竜がそこにいた。


宝食ワニが変化している間に、海蛇も動いていた。

玉座から胴体を解き放ち、長い体をうねらせて戦闘態勢を取る。

その周囲に、大量の魚型の魔物が展開していた。

大小様々な種類が入り混じり、海蛇を守るように陣形を組んでいる。

その中には跳び毒ピラニアの群れも含まれていた。


数で攻められることには慣れている。


俺は変貌を終えた宝食を海蛇へ向かわせた。


宝食は水掻きのついた前脚で一度だけ水を掻いた。

たったの一掻き。

それだけで以前のワニとは比較にならない速度で水中を射抜くように突進し、海蛇の胴体に噛みついた。


噛みついた直後、宝食の口腔内が赤と青に激しく明滅する、直後に爆発。

海蛇の肉が大きく抉れ、藍色の鱗が砕けて水中に散った。


海蛇が苦悶するように体をくねらせるが、宝食は既に離脱して距離を取っている。

噛みつき、爆破し、即座に離れる。

一撃離脱の戦法が、あの巨体から繰り出されていた。


俺は宝食と海蛇の戦いを一瞥し、墨帝蛸に命じて大量の猛毒を含んだ黒い墨を前方へ向けて噴出させる。

意志を持つかのように広がっていく墨の雲が、海蛇を守る魚型の魔物の群れを飲み込んでいった。


だが、海蛇と宝食がもつれ合いながら俺たちのすぐ脇を通過した。

二体の巨躯がぶつかり合う衝撃で生まれた水流が、墨ごと俺たちを吹き飛ばす。


墨帝蛸が俺を庇うように触腕で包み込んだ。

それでも体が揺さぶられ、方向感覚が一瞬消える。


周囲に散らばった魔物が近づいてくるが、水流で墨自体が拡散してしまっている。

毒の濃度が薄まり、一網打尽にはできていなかった。


墨帝蛸は近づいてきた魚型の魔物に対して追加で墨を吐いているが、そもそもの水流が強すぎて墨が上手く広がっていかない。

触腕で直接掴んで絞め殺している個体もいるが、数が多い。


俺は海蛇の方へ目を向けた。


速度で宝食が勝っている。

攻撃は一方的だ。噛みつき、爆破し、離脱する。そのたびに海蛇の体に新しい傷が刻まれていく。


海蛇は水流を操作する魔法を使っているようだが、宝食の動きを止められていない。

水掻きの回数に比べて移動速度が異常に速い。

物理的に泳いでいるのではなく、魔法による移動だろう。

水流操作は直接的な移動を阻害できていないように見えた。


加勢するなら宝食の方だ。


「ありったけ出せ、墨帝蛸!」


俺の号令に応えて、墨帝蛸が墨を放った。

前方だけではなく、全方位に向けて。


一斉に噴出した黒い猛毒の墨が球状に広がり、俺を中心とした巨大な黒い球体状の領域を作り出す。


視界が完全に消えた。

墨を通しては何も見えない。それは俺も例外ではない。


だが、目が見えなくても問題はない。

俺は自らが召喚した召喚獣の位置を、おおよそではあるが把握できる。

()()()()で良いのだ。


水中に浮かんだ黒い円形の煙幕。

外からは中が見えず、中からも外が見えない。


その墨の煙幕を切り裂くようにして、一条の光が走った。


二対の龍を模した炎。

その存在感は以前の龍光とは比較にならないほど激烈に膨れ上がっていた。


――強化された龍光。


バルガロンの両手から放たれた二体の炎龍が、黒い墨を蒸発させながら真っ直ぐに海蛇へと突き進む。

龍は海蛇に噛みついた。

炎が鱗を焼き、肉を抉り、それでも消滅せずに海蛇の体に食い込んだまま引きずるように進んでいく。


海蛇が暴れた。

水流操作で龍を引き剥がそうとするが、噛みついた炎の龍は離れない。

抵抗も、水流操作も、全ての行動が意味を成さなかった。


やがて二体の龍がそれぞれ別方向へ分かれるようにして海蛇の胴体を左右に引き裂いた。


藍色の鱗と肉が水中に散り、巨大な体が二つに千切れて沈んでいく。


猛毒の墨が時間経過と共に消えていくと、広間の全景が再び見えるようになった。

両手を突き出したままのバルガロンが、水中に漂うようにして浮かんでいる。

翼は畳まれ、水中では身動きが鈍いが、それでも仕事は果たした。


水中での召喚ができない制約はない。ただ長期運用には向かないだけだ。



俺は墨帝蛸に運ばれながらバルガロンに近づき、労うように肩を叩いた。

そのまま光の粒子に返す。

あとは殲滅戦だった。


守るべきを失った魚型の魔物たちは、統率を失って散り散りに泳ぎ回っている。

だが逃げる素振りはなく、本能のままに俺たちへ向かってくる。


近くに戻ってきた宝食が、口腔内を赤青に明滅させた。

爆発と共に、口から宝石の欠片が弾丸のように四方へ射出される。

大小様々な魚型の魔物が、その弾幕に身を引き裂かれていく。


墨帝蛸も毒墨を出して、近づいてくる個体を一匹ずつ仕留めていた。

触腕で掴んだ魔物が痙攣し、動かなくなる。


やがて宝食が元のワニの姿に戻る頃には、辺りの魔物は全て片付いていた。


すっかり背中のクリスタルの色が抜けたワニが、こちらを振り返る。

大きな目玉が、無言で何かを訴えていた。


「いいぞ」


許可を出すと、ワニは嬉々として周囲に漂う魔物の死体を食べ始めた。

海蛇の巨大な死体にも顎を突っ込み、魔石のある部位を探り当てて貪っている。


俺は墨帝蛸の触腕に運ばれながら、玉座へと向かった。


巨大な石の玉座に座ったままの屍を、水中で間近に確認する。

人と同じような骨格を持っているが、その大きさは人間の倍以上。身長四メートルはあるだろう。

朽ちかけてはいるが、完全には崩れていない。

筋肉の繊維や皮膚の残滓が残っており、今にも動き出しそうな威圧感がある。


だが、動き出す事はなかった。

本当にただの屍なのだろう。

生前は相当な存在だったことだけが、その体躯から伝わってくる。


海蛇を倒しても、帰還のゲートは開いていなかった。

あの海蛇がこの広間のボスだったとしても、ゲートが出現しないということは、まだ条件が足りていない。


俺は玉座から少し離れた位置でバルガロンを再召喚した。


長い腕を突き出し、玉座へ向けて龍光を放つ。

二対の炎龍が水中を走り、玉座と屍を同時に飲み込んだ。


炎が過ぎ去った後には、何も残っていなかった。

玉座の石も、屍の残骸も、全てが水中に溶けるように消え去っている。


異変はすぐに訪れた。


轟音と共に、水が引き始める。

広間を満たしていた大量の水が、床の隙間から吸い込まれるように急速に減っていく。

地響きのような振動が、神殿全体を揺らしていた。


尋常ではない規模の変動だ。

玉座と屍が、この神殿の水没状態を維持する核のようなものだったのか。


俺は干上がっていく水面に顔を出した。

空気を吸い込み、バルガロンに体を空中へ投げ上げてもらう。

落下する前に他の召喚獣を回収し、赫竜を召喚して背中に乗り込んだ。


大扉のあった方向へ向けて赫竜を飛ばす。

背後では広間の壁が崩れ始めており、瓦礫が干上がった床に次々と落下している。



神殿全体が軋みを上げ、天井に亀裂が走り、壁面が剥がれ落ちていく。水が抜ければ、この神殿は自重で崩れる。


下へ下へと潜ってきた道を、今度は上へ上へと目指していく。

分厚い壁に大きな亀裂が走り、その隙間から外が見えた。


神殿の外は、既に水がなくなっていた。

あのマングローブの密林も、透明な水路も、全てが干上がっている。


俺は迷わず赫竜を壁の亀裂から外へと飛び出させた。

崩れ落ちる巨大な神殿を背にして、赫竜が翼を広げて上昇する。


振り返れば、白い石造りの神殿が音を立てて崩壊していくのが見えた。

柱が折れ、壁が崩れ、水に支えられていた構造物が自らの重みで潰れていく。


上空にゲートが浮かんでいた。

干上がったダンジョンの遥か上空、赫竜でなければ届かない高さに、帰還用の空間の歪みが光っている。


「やけに意地悪だな」


俺は呆れ半分にそう言いながら、赫竜を上昇させてゲートへと向かった。


ゲートを潜り抜けると、名古屋港のダンジョン管理所へと繋がっていた。



指名依頼はこれで完了。

管理所への報告では、神殿内の玉座と屍がダンジョン変容の原因であった可能性が高いと伝えた。


水が完全に抜けた以上、元の水没林型に戻るか、あるいは全く別の地形に再構成されるかは管理所が経過を観察するだろう。


後日、いつの間にか宝食ワニが食い漁っていた遺物を吐き出してきた。

魔石だけでなく、遺物まで飲み込んでいたらしい。

手当たり次第食っていたからだろう。


吐き出された遺物の数は、合わせて八つ。

売り払う分と吸収する分で半分に分けた。

特に欲しいものはなかった。








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お読み頂きありがとうございます。


ブクマや星も本当にありがとうございます!

更新の励みとなっております。

感想もありがとうございます!!!


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― 新着の感想 ―
フィールドは水中行動できるのが必須で帰還ゲートは空の上だから飛行必須 普通の奴ならくたばってのおかしくない二重の罠ですね
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