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只人の『召喚魔法』運用法  作者: 上昇線


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そのまま墨帝蛸に支えられながら水中を進む。


出てくる魔物はどれも第四階位相当のものが多かった。

知識にない魚型の魔物が現れることもあるが、水棲魔物の知識は俺の中でも特に薄い分野だ。

変質したこのダンジョン特有の魔物なのか、単に俺が知らないだけなのか、その区別がつかず自信もない。


だが、全て宝食ワニと墨帝蛸で問題なく処理できる範囲だった。

墨帝蛸が毒墨で仕留め、毒が消えるのを待ち、宝食ワニが食う。

この循環はすでに安定して回っている。


宝食ワニは魔物の魔石部位を食い漁っているが、結構な量を平らげてもまだまだ食う。

底なしだ。

単純な食事という行為ではなく、おそらく魔法の一種なのだろう。

生物としての満腹がない。


食べるほどに背中の宝石のクリスタルの色味が濃くなっていく。


絶対に何かあるだろう。

あの結晶に溜め込んだエネルギーを放出する手段が。

そう思いながら、並走する大きな黒い体躯のワニに目を向ける。

ワニはギョロリとした目でこちらを一瞥し、特に何の感情も読み取れない顔のまま前を向いた。



やや進むと、水中の視界の奥に巨大な影が浮かび上がった。

マングローブの根の向こう側、薄い光に照らされた水中に、人工物の輪郭が見える。


神殿だった。

水中に沈んだ、白い石造りの巨大な建造物。

柱の一本一本が冥馬の全長を超える太さで、正面に並ぶ列柱が水中の闇の中へ奥深く続いている。


近づくにつれて、そのスケールに圧倒された。

俺が知るどのダンジョンの建造物よりも大きい。

正面の入り口だけで、中型のダンジョンの部屋一つ分はあるだろう。


神殿の下は底が見えなかった。

白い壁面が水の闇の中へどこまでも沈んでいる。

俺の生身の体では、これ以上深くは潜れない。

墨帝蛸の空気膜があるとはいえ、水圧の問題がある。只人の体には限界がある。


上の方の階層で入り口を探し、中が水没していない区画があればそこから調査する。

完全に水没していた場合は、今回は諦めて帰還する道を探すしかない。


ワニと蛸に命じて、神殿の外壁に沿って入り口を探らせた。

あっさりと見つかった。

正面の列柱の間を抜けた先、半分ほど崩れた壁の隙間に、人が一人通れるほどの穴が開いている。


中へ入る。

狭い通路を抜けた先で、水面が見えた。

顔を水面から出した瞬間、墨帝蛸の空気膜が弾けるように消えた。

代わりに、神殿内部の空気が肺に入ってくる。

やや湿っているが、呼吸に問題はない。


空気が逃げていないようだ。

天井が水面のすぐ上にあり、密閉された空間の中に空気が溜まっている。

神殿内部は徒歩での探索が可能だった。


俺はようやく地に足をつけた。

水から上がると全身がずぶ濡れで、服が体に張り付いて重い。

ある程度服を絞り、水を切る。

すぐにまた入水することになるだろうと思い、新しい服には着替えなかった。

張り切り妖精の収納に替えはあるが、ここで着替えても意味がない。


宝食ワニと墨帝蛸を一度回収する。

宝食ワニを再召喚して確認すると、背中のクリスタルはいまだに濃く色づいたままだった。

回収と再召喚を挟んでも蓄積は消えないらしい。

安心してもう一度回収し、騎士団を召喚した。


五体の騎士が神殿の石畳の上に顕現する。

ヒヨリの強化で時間制限が撤廃された騎士団は、ここからの地上探索で存分に使える。


神殿内部は不思議と明るかった。

ダンジョン特有の燐光現象よりもはっきりとした白い光が、壁面や天井から滲むように放たれている。

光源となる物体は見当たらない。神殿の石材そのものが発光しているようだった。


白い柱が等間隔に並ぶ回廊。

天井は高く、水が滲み出している箇所がいくつかあり、床に浅い水溜まりを作っている。

静かだ。水滴が落ちる音だけが、石壁に反響して遠くまで響いていた。


その静寂を破ったのは、柱の表面に張り付いた異物だった。


やけに大きな一つのフジツボ。

白い柱の表面に、握り拳ほどの大きさの殻がへばりついている。

見つけた瞬間、殻の合わせ目が割れるように開いた。


突き破るようにして、中から何かが産まれ落ちる。


最初は人型だと思った。

だが違う。

足が三本ある。妙に体表が滑っていて、粘液のような光沢を帯びている。

腕は五本あるように見えるが、うち二本は腕なのか触手なのか判然としない。

顔に当たる部分には目も口もなく、ただ滑らかな曲面があるだけだった。


「なんだあれ」


俺は思わず声に出した。

続く言葉は「気持ち悪い」以外にない。

今まで様々な魔物を見てきたが、これは生理的な嫌悪感が別格だった。


騎士団を二体向かわせる。

毒を警戒して、大剣ではなく盾と長剣の装備で接近させた。


先行した一体が長剣を横薙ぎに振るう。

しかし、フジツボの魔物は五本の腕のうち一本で、振るわれた長剣の刃を素手で受け止めた。


掴まれている。

滑る体表とは裏腹に、握力は尋常ではないらしい。


だが俺が指示を出すまでもなく、二体の騎士は即座に連携した。

両脇から同時に盾で殴りつけ、魔物の掴みを強引に引き剥がす。

長剣を取り戻した騎士が、返す刃で魔物の胴を切り裂いた。


浅い。

体表を切っただけで、緑色のテカテカとした血液が傷口から流れ出るが、致命傷には程遠い。

肉の密度が異様に高いのか、刃が奥まで入っていかない。


そうしている間に、柱のフジツボからもう一体が産まれ落ちた。

粘液にまみれた体が床に這い出し、三本の足でぬるりと立ち上がる。


「結構厄介だな」


単純に一体が強い。

騎士団の長剣で切れないわけではないが、一太刀では仕留められない相手が次々と湧いてくるのは消耗戦になる。


俺は騎士団を後退させると、首元の黒い宝石に指先を触れた。

バルガロンのネックレス。

ゴアデビルの杖をヒヨリが作り直した、新しい遺物。



「――こい、バルガロン」


俺の呼び声に反応して、黒い虚空が裂けた。

闇の中から、一体の悪魔が姿を現す。


二本の捻じれた角が頭部から天を突くように伸びている。

顔は元になったゴアデビルの面影を残しているが、表情の凶悪さは数段増していた。

猫背で腕が長いのは変わらないが、体躯は俺よりも少し大きい程度で、騎士団ほどの物理的な圧迫感はない。


だが、その身から漂う危険の気配は騎士団の比ではなかった。

空気が焦げるような、肌がひりつくような、ただ立っているだけで周囲の温度が変わる存在感。


「殺せ」


俺は口に出して指示を出した。


バルガロンは長い腕の先、やけに大きな手のひらをフジツボの魔物へ向けて突き出す。

以前のゴアデビルの龍光の構えに似ていたが、射出された魔法は龍を模した炎ではなかった。


黒い小さな矢。

手のひらの前の空間に、何十もの黒い針のような魔法が同時に出現する。

それが一斉にフジツボの魔物へ向かって放たれた。


着弾。

だが炎上しない。

黒い矢が突き刺さった箇所から、魔物の体が溶けるように崩れ落ちていく。

燃えるのではなく、内側から壊れていくような崩壊の仕方だった。


毒とは違う。蝕燐竜の黒炎とも違う。

ゴアデビルの火槍が、バルガロンへの進化によって質そのものが変わっていた。


凶悪性が、桁違いに増している。


二体目のフジツボの魔物も同様に崩れ落ち、フジツボ本体にも黒い矢が突き刺さると殻ごと溶解して消えた。


騎士団の長剣では浅い傷しかつけられなかった体表が、バルガロンの魔法の前では簡単に崩壊する。

火力の問題ではない。攻撃の性質が根本的に異なっていた。


俺は騎士団を自分の周囲に配置し直し、バルガロンを前衛に据えた。

騎士団には護衛を、バルガロンには殲滅を。

地上での役割分担が固まっていく。


先へ進む。


回廊の奥から、重い足音が響いてきた。

石畳を踏み鳴らす、規則正しい二足歩行の音。


壁の隙間から姿を現したのは、大きな甲羅を背負った亀の魔物だった。

四足ではなく二足で歩いており、前脚の形状が人間の腕に近く、その手には石で出来た棍棒を握っている。

甲羅の表面にもフジツボが複数張り付いており、その一つが既に割れかけている。

放っておけば、あの不快な魔物がまた産まれ落ちるだろう。


俺は傍のバルガロンに命じた。


バルガロンは今度は両手を突き出す。

片手の時とは密度が違う。

百にも届く数の黒い矢が瞬時に出現し、通路を一瞬で埋め尽くす。


亀の魔物が甲羅を前に向けて防御姿勢を取ったが、意味をなさなかった。

黒い矢は甲羅の表面に突き刺さると、その硬い殻を内側から崩壊させていきフジツボも、亀本体も、区別なく溶けるように崩れ落ちた。


通路の壁や床には、ほとんどダメージがない。

黒い矢は生体にのみ反応し、無機物への影響は極めて小さいようだ。

神殿内部での運用において、崩落の心配がないのは都合が良かった。


バルガロンは長い腕を下ろし、何事もなかったかのように俺の傍に立っている。

ゴアデビルの時には感じなかった、静かな威圧感がそこにあった。

暴れ回る凶暴さではなく、必要な分だけを正確に殺す、洗練された凶悪さ。


俺はバルガロンの肩を軽く叩いた。

悪魔は特に反応しなかったが、それでいい。


そのまま奥へ進む。












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