外伝
第二階位探索者である俺、リョウマは管理所が主催したダンジョン研修へと参加していた。
研修とは名ばかりで、第二階位ともなればその生死にしっかりと責任がつく。
初心者とは言い難い階位であり、参加しない者の方が多い。
俺は昔から運動神経が良く、体格にも恵まれていた。
幼少期から習っていた空手もあり、探索者になってからも順調にダンジョンを攻略していた。
自分で言うのもなんだが、第二階位の中では上澄みに入る自覚がある。
問題が起きたのは先月の事だった。
あるダンジョンの二層で、逃げ込んできた魔物をそのまま討伐した。
俺たちの持ち場に入ってきた以上、殺すのは当然の判断だ。
だが、その魔物を追いかけてきた別のパーティーが、横取りされたと騒ぎ出した。
そちらが望むなら、その程度の魔物ぐらいそのまま譲っても良かった。
魔石一つ分の話だ。
だが、向こうの言い方が癪に触った。
「人の獲物に手ぇ出してんじゃねえよ」
最初の一言がこれだった。
こちらが冷静さを保てるはずもない。
売り言葉に買い言葉。
俺の仲間が言い返し、向こうの仲間が突き飛ばし、気がつけば殴り合いに発展していた。
俺自身も冷静じゃなくなっていた。構えを取った時点で、完全に頭に血が上っていたのだろう。
結果、双方ともにダンジョン管理所からペナルティを食らった。
管理所主催のダンジョン研修への参加が義務付けられたのだ。
研修といっても、内容はダンジョン攻略に先輩探索者が力を貸すというもので、表向きは新人支援だ。
だが俺たちにしてみれば、「監視をつけるぞ」という意思表示でしかなかった。
俺たちのチームは嫌々ながらも参加した。
ペナルティを無視すれば管理証の停止もあり得る。渋々ではあるが、選択肢はなかった。
今回の講師役として割り当てられたのは、春花アキという無名の第五階位の探索者だった。
第五階位。
階位だけで言えば、俺から見て遥か上の存在だ。
だが、その見た目は俺の想像する「第五階位」とは程遠かった。
ヒョロい。
体つきが細く、筋肉の厚みが感じられない。
いかにも「遺物任せで戦ってきました」という風貌で、腕輪や指輪などの装飾品がやたらと多い。
首元にはネックレス、左耳にはイヤーカフまでつけている。
探索者と言うよりアクセサリーショップの店員みたいだなと、正直思った。
「初めまして、力を貸すのでこのまま踏破してみましょう」
ダンジョンの入り口に集合した俺たちに、アキ講師はあっさりとそう言った。
俺たちを含め、五組のパーティーが今回の研修に参加している。
通常、講師一人につき一パーティーが担当されるはずだ。
それを五組まとめて一人で見るというのは、聞いたことがない。
今回の講師役の中で一番高い階位だから任されたのか、それとも単に人手が足りなかっただけなのか。
「どういう事だ? 付いてこないのか?」
俺がそう聞くと、アキ講師は返事の代わりに魔法を行使した。
虚空から光の粒子が集まり、魔物が実体化していく。
「あんたらは特に良く見といてって言われてるからなぁ、オマケもつけとくよ」
その一言と共に現れたのは、やけに体が大きく筋骨隆々のゴブリンと、背の高い黒い鎧を纏った騎士だった。
騎士の鎧には薔薇のような装飾が施されており、手には長剣と盾、背中には身の丈ほどの大剣を背負っている。
「ダンジョンの目的は踏破だろう? このダンジョンの知識は頭に入ってるか?」
アキ講師は淡々と続けた。
「ここは解放型で分岐型だ。踏破へのゴールは複数存在する珍しいものになる。自信を持って攻略すると良い。負傷したり、危なくなれば遠慮なくその召喚獣に頼れば良い」
各パーティーに一体ずつ、黒い鎧の騎士が配置された。
俺たちともう一つのパーティーには、追加でゴブリンも配置される。
明らかに強そうな騎士はまだわかる。
だが、追加がゴブリンというのは、舐められているとしか思えなかった。
ペナルティ組だけに余計な召喚獣がつく。わかりやすい差別だ。
気分は良くなかったが、さっさと終わらせて帰ろうと割り切って、ダンジョンへ踏み込んだ。
攻略が始まっても、騎士もゴブリンも一切手を出さなかった。
俺たちの後ろを黙ってついてくるだけだ。
魔物と遭遇しても、微動だにしない。
本当に死にかけた時だけ動く保険なのかもしれない。
俺たちは遠慮なく進んでいった。
講師の言う通り、ダンジョンは森林の解放地形で、視界は広く見通しが良い。
出現する魔物も第二階位相当がほとんどで、俺たちの実力なら問題なく処理できる範囲だ。
ただ、講師は「踏破」と軽々しく言っていたが、俺たちはダンジョンを踏破した経験がない。
常に安全マージンを取って攻略し、危険を感じたら撤退する。
それが俺たちのスタイルだった。
だから今回のダンジョンでも、ある程度進んだところで帰ろうとしていた。
その矢先だった。
仲間の一人が転移の罠を踏んだ。
足元の地面が一瞬光り、周囲の景色が歪む。
視界が白く塗りつぶされ、体の感覚が消えた。
気がつけば、先ほどまでの森林はどこにもなかった。
俺たちが立っていたのは、見知らぬ山岳地帯だった。
冷たい風が肌を叩く。
足元は岩だらけの斜面で、見上げれば険しい山の稜線が空を切っている。
森林地形の穏やかさとは次元の違う、荒々しい地形だった。
すぐに周囲を確認する。
パーティーの全員がいる。怪我人はいない。
そして幸いだったのは、アキ講師がつけた召喚獣が二体とも一緒に飛ばされて付いてきていたことだった。
ゴブリンは相変わらず無表情で、騎士は微動だにせず直立している。
――転移罠。
他の罠に比べても奇襲性が高く、その後の致死率も極めて高い。
見知らぬ地形に放り込まれ、帰路も分からず、出現する魔物の種類も予測できない。
探索者が最も恐れる罠の一つだ。
召喚獣に目を向けるが、特に動き出す気配はなかった。
俺たちだけでなんとかしろということか。
身を寄せて状況を整理する。
現在地不明。帰還ルート不明。
わかっているのは、転移罠に飛ばされた場合、元の地点へ戻る手段はまずないということ。
「進むしかない」
それが俺たちの出した結論だった。
進む。魔物を殺す。進む。殺す。
山岳地帯の魔物は森林のそれより明らかに攻撃的で、地形を利用した奇襲が多かった。
崖の上から飛びかかってくる獣型の魔物。岩陰に潜んで足を狙う蛇型の魔物。
一戦ごとに消耗が蓄積されていく。
それでも俺たちは登り続けた。
ボスは山の頂上にいるはずだ。そう信じて。
山の頂上に着いた。
だが、何も起きなかった。ボスは現れない。
辺りを探索しても、ゲートの気配すらない。
ただ風が吹いているだけの、何もない頂上だった。
仕方なく、その日は頂上付近で野営をした。
持ち込んだ食料と水を分け合い、交代で見張りを立てる。
召喚獣の二体は相変わらず微動だにせず、俺たちの近くに立っているだけだった。
翌朝になっても、何も起きなかった。
「下りだったんじゃねえの」
誰かがそう言った。
山の頂上ではなく、下った先にボスがいるのではないかと。
俺は登りを選択した。
その判断が間違っていたと、遠回しに責められているように聞こえた。
疲労と不安が重なり、チーム内の空気が重くなっていく。
口には出さないが、全員の目に苛立ちと焦りが滲んでいた。
限界が近い。
このまま仲間同士でいがみ合えば、チームは内側から崩壊する。
以前のように売り言葉に買い言葉で殴り合いになれば、今度は管理所の外ではなくダンジョンの中だ。
下手をすれば全員死ぬ。
俺は決定的な亀裂が起きる前に、全員を集めて頭を下げた。
「判断を間違えた。すまなかった」
そして、講師の召喚獣に助けを求めた。
俺の言葉を理解しているのかどうかはわからない。
だが、ゴブリンが一歩前に出て、山を下る方向へ歩き始めた。
騎士がその後ろに続く。
俺たちはその背中について行った。
やけに筋骨隆々のゴブリンだが、装備はたった一本の小さなナイフだけだ。
そんな貧弱な武装で何ができるのかと思っていたが、その考えはすぐに覆された。
下山の途中で襲いかかってきた獣型の魔物を、ゴブリンは拳一発で殴り殺した。
岩陰から飛び出してきた蛇型の魔物は、ナイフ一振りで腹を掻っ捌いた。
その動きに無駄がない。
見た目はゴブリンだが、戦い方はまるで熟練の戦士だった。
その強さでようやく俺たちは理解した。
このゴブリンに見える魔物は、世間一般のゴブリンとは全くの別物だ。
あの講師のユニーク遺物による召喚獣。
ゴブリンなどではなく、もっと上の何かだ。
神経を尖らせて登った行きとは違い、帰りはあっさりと進んでいく。
ゴブリンが先頭を切って道を開き、俺たちはその安全地帯を歩くだけだった。
自分たちの無力さを突きつけられているようで、複雑な気分だった。
だが、同時に純粋な感嘆もあった。
召喚獣一体でここまでの戦力になるのかと。
山の中腹まで下った所で、地面が震えた。
木々の隙間から、巨大な影が現れる。
腕象。
太い四本の脚で地面を踏み鳴らしながら、木々の間から巨体を押し出してくる。最も異様なのは鼻だった。
象の鼻が根元から二股に裂けるようにして分かれており、その二本がそれぞれ独立した腕のように動いている。
先端には人間の拳を思わせる瘤があり、片方の鼻腕が地面の岩を掴み上げ、もう片方が威嚇するように振り回している。
あれに捕まれば、人間の体など雑巾のように絞られて終わりだ。
第二階位の探索者が正面からぶつかれば苦戦は必至。
ここでようやく、ゴブリンが一歩下がった。
代わりに、黒い鎧の騎士が前に出る。
騎士は手にしていた盾と長剣を静かに地面へ下ろした。
そして背中から、身の丈ほどの大剣を抜き放つ。
腕象が突進してくる。
地面を割るような足音が迫る中、騎士は一歩も退かなかった。
振り下ろされた大剣が、突進してきた腕象を正面から両断した。
一太刀。
たった一太刀で、あの巨体が左右に割れて地面に崩れ落ちた。
俺たちはただ見ていることしかできなかった。
声も出なかった。
騎士は大剣を背中に戻し、何事もなかったかのように再び歩き出した。
腕象の死体の奥に、帰還用のゲートが開いていた。
俺たちは無言でゲートに飛び込んだ。
管理所に戻ると、ダンジョン管理所の職員が出迎えていた。
竹村。
チンピラ崩れのような見た目だが、元々探索者をしていた男らしい。
ボロボロの俺たちの姿を一通り見回した竹村は、腕を組んだまま口を開いた。
「冷静に皆を導いたのは成長の証だな。そして弱さを認識するのも大事な事だ」
その言葉に、反論する気力は残っていなかった。
事実、俺は弱かった。
だが、不思議と悔しさだけではなかった。
ゴブリンの戦い方、騎士の一太刀。
自分がまだ見たことのない世界が、その先にあるのだと知れた。
あの装飾品だらけの講師。
あの男が従えている召喚獣の強さは本物だった。
俺たちは皆、その日はぐっすりと眠った。
まだまだ俺たちはこれからなのだ。
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