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俺はヒヨリのダンジョンから出て、帰ってきたそのままの足でDCBへ向かった。
探索者向けの遺物や装備を取り扱う、この業界では最大手の商業施設だ。
以前は太陽の圧力によって入館を拒否された場所でもある。
あの時は探索者向けフロアへの立ち入りを完全に遮断された。
だが今回は、受付で管理証を提示するとすんなり通ることができた。
家長が手を回してくれたようで、現在は特に問題ないとのことだ。
このDCB自体は国や管理所が一切関与していない民間企業であるため、個人を出禁にしたところで何ら法に問われることはない。
太陽もそれは承知の上だったろう。
ほんの一日出禁にすれば、あの時点での目的は十分に果たせたのだ。
エスカレーターを上がり、探索者向けのフロアに足を踏み入れる。
そもそもここの従業員は、俺が出禁にされていたことなど知らないはずだ。
本社が東京にある以上、システム上でロックをかけてしまえば現場の人間にはただ「管理証が通らなかった客」としか映らない。
フロアに並ぶ遺物を眺めて回る。
どれも魔法や身体能力強化を中心としたものばかりだ。
探索者の大多数が自己強化で戦うスタイルである以上、品揃えがそちらに偏るのは当然ではある。
ネックレスや指輪などの装飾品型の媒体は、武器型に比べて金額が跳ね上がる。
以前来た時は指輪型のドラゴンの召喚遺物が億超えの価格で目玉商品のように展示されていたが、現在はそのショーケースは空になっていた。
売れたのだろう。
あのドラゴンも当時なら相当な戦力になったはずだが、今手に入れたとしても蝕燐竜や赫竜に比べれば数段格落ちする。
もし残っていたら買っていただろうか。
いや、今の手持ちを考えると優先順位は低い。
とはいえ、こうやって色々と考えながら見て回るのは純粋に楽しかった。
しかし第五階位まで来てしまった現状、店売りの遺物にそこまでの魅力を感じていないのも事実だった。
序盤の頃はショーケースの中の遺物一つ一つに胸が躍ったものだが、今はどれを見ても「手持ちの方が強いな」という感想が先に来てしまう。
贅沢な悩みだと自分でも思う。
棚に並んだ武器型の遺物をぼんやり眺めていると、唐突に背後から声をかけられた。
「お客様、何かお気に召しましたでしょうか?」
振り向くと、身綺麗に整えられた初老の男性が丁寧な姿勢で立っていた。
仕立ての良いスーツに、控えめだが品のある革靴。
一般客に声をかけるフロアスタッフとは明らかに格が違う。
これが噂に聞いていた、高階位やVIP顧客への対応か。
「いやー、あまり強い遺物がないようで今日は帰ろうかと思っておりました」
俺が正直にそう言うと、男性は表情を崩さず穏やかに微笑んだ。
「そうですか、そうですか。では、良ければより希少な遺物がある場所へお連れいたします」
「お願いします」
男性に案内されるまま、一般客には開放されていないエレベーターに乗り込む。
更に上の階へ。
高階位やVIPが立ち入るエリアだ。
存在は知っていたが実際に足を踏み入れるのは初めてだった。
エレベーターの扉が開いた瞬間に、空気が変わった。
黒を基調とした内装に、差し色として金が入っている。
照明は抑えられており、ショーケースの中の遺物だけが柔らかい光に照らされている。
下のフロアの賑やかさとは対照的な、静かで重厚な空間だった。
立っている警備員がどれも屈強だ。
純粋な探索者上がりではなく、元々格闘技をやっていた人間が階位を上げた体つきだ。
対人を想定した警備。
ここに並ぶ遺物の価値が、そのまま警備の質に反映されている。
ショーケースに大切に収められた遺物は、下の階層で見るものとは桁が違う。
下のフロアには主に第三階位以下への遺物が多いが、ここにはそれ以上の遺物が数は少ないながらも展示されている。
一つ一つの遺物から漂う気配の密度が、明らかに異なっていた。
「お気に召しましたか?」
しばらく見て回っていると、先ほどの男性が控えめに声をかけてきた。
「いや〜、色々な効果の物がありますね」
俺は素直に感嘆した。
事実、ここには単純な攻撃魔法の遺物だけではなく、珍しい変身魔法が付与されたものまで存在している。
鞭の媒体に魅了魔法が付いているものなど、俺では到底使いこなせなそうなものも多い。
だが、見ているだけで想像が広がる。
「召喚魔法とかないですか」
俺がそう尋ねると、男性は申し訳なさそうに首を僅かに傾けた。
召喚魔法は決して希少な魔法ではない。
ダンジョン内で寝泊まりするなら必須とも言える実用的な魔法だが、特性との相性が良くない限り、メインの戦力として据えられることは基本ない。
召喚獣は他の遺物で強化できないが、本人なら遺物で強化できる。
だから大多数の探索者は自己強化を選ぶ。
召喚魔法の遺物が商品として回転しにくいのは、需要の問題だ。
「あまり、実用的なものはないかと。今ならそちらにあります遺物だけですかな」
男性に案内されたのは、フロアの奥まった一角にあるショーケースだった。
中に鎮座していたのは、青く輝くアクセサリだ。
「いやー、ピアスかー、うーん」
俺は声に出して悩んだ。
効果が良いならピアスだろうがなんだろうが付けるつもりではいるが、今までピアスホールを開けたことがない。
二十四年間穴を開けずに生きてきた耳に、いきなりぶっ刺すのかという抵抗感がある。
悩んでいると、男性が丁寧に補足した。
「こちらピアスではなく、イヤーカフになりますのでどなたでもおつけ出来ますよ」
そう言って白い手袋をはめた手で展示品を取り出し、俺へと渡した。
手に触れた瞬間、情報が流れ込んでくる。
【媒体:イヤーカフ】
効果:墨帝蛸を召喚する。
水棲の召喚魔法。
墨帝蛸という名前は聞いたことがないが、蛸型の魔物であることは字面から理解できる。
そして値札に目をやり、俺は内心で絶句した。
お値段、十一億円。
十一億。
ゴアデビルの杖を七千万で買った時も清水の舞台から飛び降りる気持ちだったが、その約十六倍だ。
欲しい。
喉から手が出るほど欲しいが、無い袖は振れない。
俺は至って冷静を装いながら「いい遺物ですね」と呟き、イヤーカフを男性へ返した。
指先が少しだけ名残惜しそうに離れたのは、見なかったことにしてほしい。
どうしたものかと悶々としていると、男性に他のスタッフから耳打ちが入った。
何やら小声でやり取りをしている。
少し間があった後、男性がおずおずと俺の方を向いた。
「お客様、春花アキ様でお間違いございませんでしょうか?」
「そうですが? ……管理証を見たのでは?」
特に毒気なく聞き返した。
もしかしてまだ出禁が解除されていなかったのかと一瞬身構えたが、男性は深く頭を下げて大きく謝罪した。
「先日は大変申し訳ございません。――旭技巧から春花アキ様への言伝がございまして、当館の遺物であれば何か一つ贈答させて頂ければと思います」
旭技巧から。
なぜ、と一瞬疑問が浮かんだ。
だがすぐに思い当たった。
ロレーヌのダンジョンで命を落とした旭技巧連の三人。
彼らが遺した人造遺物、記録のピアスと転移の腕時計は、俺たちの勝利に決定的な貢献を果たした。
ダンジョン踏破後、それらの遺物は旭技巧へ返却していた。
このDCBはダンジョンに関連する大企業から出資を受けている。
旭技巧もその一社だ。
贈答の指示は、旭技巧から店舗へ直接降りてきたのだろう。
「何でもですか?」
「何でもでございます」
俺は迷わなかった。
先ほどのショーケースを指差す。
「なら、これ下さい」
青く輝くイヤーカフ。
十一億円の墨帝蛸。
男性は恭しく頷いた。
「かしこまりました」
正直なところ、旭技巧の意図が全て善意かどうかはわからない。
企業が億単位の贈答をする以上、何かしらの思惑はあるだろう。だが、貰えるものは貰う。
遠慮して機会を逃すほど、俺は上品な人間ではない。
受け取った青いイヤーカフを、その場で左耳に装着した。
耳の縁に沿うように収まる金属の感触。
軽い。これなら激しく動いても外れる心配はなさそうだ。
首元のバルガロンのネックレスに、左耳の墨帝蛸のイヤーカフ。
以前は背嚢からはみ出す大剣や杖を担いで歩いていたのに、装飾品ばかりが増えていく。
探索者というよりアクセサリーショップの常連のようだなと、自分でも少し可笑しくなった。
俺はホクホク顔でDCBを後にし、ホテルへと帰還した。
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