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俺は以前にも訪れた、桜の花びらが舞い散るダンジョンを訪れていた。
季節など関係なく、ここでは常に薄桃色の花弁が宙を漂っている。
足元の土は柔らかく、踏むたびに微かな花の香りが立ち上る。
前回来た時と何一つ変わらない、穏やかで、どこか現実感の薄い空間だった。
茅葺き屋根のある小屋に近づくと、中からひょこひょこと小さな影が飛び出してきた。
ヒヨコ頭の少女、ヒヨリだ。
「久しぶりー! ニンゲン!」
そう言って両手を広げてこちらへ駆けてくる。
着物の胸元からふわふわの羽毛が見え隠れしており、短い足を忙しなく動かす姿は愛嬌がある。
しかし、手や足は人間と遜色がつかない。
「誰か来たのか?」
奥の小屋からこちらを覗くのは、鶏の頭を持つ背の高い男性、トリノである。
前回と同じく、穏やかな佇まいで入口の柱に寄りかかっていた。
「お久しぶりです」
俺はそう挨拶すると、持ってきたものを差し出した。
ロレーヌの黒く大きな魔石だ。
ポケットから取り出した瞬間、ヒヨリの目の色が変わった。
「おぉ!! 良いの持っとるね!」
いつの間にかヒヨリは俺の手から魔石をひったくっていた。
両手で抱えるにはやや大きい魔石を、小さな体で器用に持ち上げ、嘴を近づけて品定めをしている。
「前みたいにユニーク遺物なら強化できる?」
俺はそのまま問いかけた。
前回ここを訪れた時は、黒薔薇の指輪と腕輪を強化してもらい、黒兵士から騎士団へ、黒石の巨人から守護者へとそれぞれ上位の召喚獣を引き出せるようになった。
「……この密度なら――まずは遺物をもっかい見せてみぃ」
ヒヨリは魔石を脇に抱えたまま、空いた片手を差し出す。
俺はそこに指輪や腕輪、杖など所持している遺物を一つずつ並べるようにして渡していった。
ヒヨリは一つ一つを短い指で摘み上げ、嘴を近づけては匂いを嗅ぐように確認していく。
その仕草は前回と全く同じだった。
やがて全ての遺物を確認し終えたヒヨリが、顔を上げた。
「黒薔薇の遺物と……追加で遺物を一個作り直せるぞ」
作り直せる。
初めて聞いた概念を前に、俺は首を傾げた。
「強化とは違うのか?」
「違う」
ヒヨリは即座に否定する。
「媒体の形から作り替える。元になった遺物の効果はおおよそ残すよ」
強化が既存の遺物の性能を引き上げるものだとすれば、作り直しは遺物そのものを別物に再構築するということか。
媒体が変わるということは、物理的な形状から変わる。
効果も「おおよそ」残すということは、完全に同じではないのだろう。
「どれにする?」
ヒヨリが首を傾げてこちらを見上げる。
「とりあえず黒薔薇の遺物はよろしく頼む。作り直すのはユニーク遺物とかの縛りはないのか?」
そう聞くと縛りは無いようだ。
つまり、手持ちのどの遺物でも一つだけ作り直せる。
一つだけ。
蝕燐竜、森林狼、泥人形、ゴブリン、そしてゴアデビル。
どれを選んでも後悔しないような気がする。
蝕燐竜の黒炎は唯一無二の殲滅力を持つし、泥人形の汎用性は数え切れないほど俺を助けてきた。
だが、俺の指は迷わず黒い杖を指していた。
「――このゴアデビルでお願いしたい」
一度は破損して失い、骨鹿の時間逆転によって奇跡的に取り戻した遺物。
こいつには、まだ先がある気がしていた。
「あい、分かった」
ヒヨリはそう言うと、遺物と魔石を両腕に抱えて茅葺き屋根の建物へと走っていった。
短い足が地面を蹴る度に、周囲の桜の花びらが舞い上がる。
残された俺とトリノは、再び小屋の前に置かれた椅子に腰を下ろして待つことにした。
「団子食べるか?」
トリノが奥から木の皿に載った団子を持ってきた。
前回もそうだったが、この二人は来客をもてなす事に関しては妙に律儀だ。
「ありがたくいただきます」
俺は団子を受け取りながら、張り切り妖精を召喚した。
妖精の持ついくつかの紙袋からトリノへ渡す。
「粗品ですが、一緒に食べましょうよ」
中に入っているのは日本の生菓子だ。
練り切りと、上質な抹茶の粉末。
前回は何も持ってこなかったので、今回はそれなりに気を遣って用意してきた。
トリノは鶏の頭を僅かに傾けて紙袋の中を覗き込むと、静かに頷いた。
「気が利くな」
俺はヒヨリが帰ってくるまで、トリノと桜の下で雑談をしながら過ごした。
団子と生菓子を交互につまみ、抹茶を啜る。
ダンジョンの中だということを忘れそうになるほど、穏やかな時間だった。
やがて、小屋の奥から足音が聞こえた。
ヒヨリが両手に遺物を抱えて戻ってくる。
その顔は満足げだった。
「成功だったぞ!」
差し出された遺物を、俺は一つずつ受け取っていく。
触れた瞬間に、情報が頭へ流れ込んでくる。
【媒体:指輪】
効果:黒薔薇の騎士団を召喚する。
【媒体:腕輪】
効果:黒薔薇の守護者を召喚する。
時間制限が撤廃されている。
以前は666秒という制約の中で運用するしかなかった騎士団と守護者が、通常の召喚獣と同じように扱える。
代償として、黒兵士や黒石の巨人を個別に召喚する機能は失われていた。
だが、それよりも時間制限がなくなり、回収から再召喚を多用できるようになる利点の方が遥かに大きい。
戦術の幅が、根本から変わる。
「この腕輪はまだだめじゃった」
ヒヨリがそう言って、赫竜の腕輪を返してきた。
その言い方は素材が足りないとか、条件が合わないとか、そういう響きではなかった。
聞き分けのない子供を叱った後のような、呆れ混じりの言い草に聞こえる。
赫竜の腕輪は現状維持。
簒奪者を含むこの遺物には、まだ何か強化を受け入れる準備ができていないということだろうか。
「こっちは成功じゃな」
ヒヨリがもう片方の手から、見覚えのない遺物を差し出した。
黒いネックレスだった。
細い鎖に、黒い翡翠のような宝石があしらわれている。
その宝石の表面は滑らかで、覗き込むと自分の顔が映るのではなく、奥へ奥へと吸い込まれていくような錯覚に陥った。
杖が、これに変わったのか。
手に取る。
情報が流れ込んでくる。
【媒体:ネックレス】
効果:バルガロンを召喚する。
「バルガロン? ゴアデビルは何になったんだ?」
俺が聞くと、ヒヨリは小さな首を傾げた。
「大悪魔の魔物である事は分かるが知らん!」
そう言って屈託なく笑う。
名前も知らない上位種に生まれ変わったのか。
媒体が杖からネックレスに変わった。
これは大きい。
杖は片手を塞ぐ上に嵩張り、戦闘中の取り回しが悪かった。
ネックレスなら首にかけておくだけで済む。
騎乗戦闘が基本の俺にとって、両手が完全に空く恩恵は大きい。
バルガロン。
大悪魔の上位種。
どんな姿で、どんな力を持っているのかはまだわからない。
だが、ゴアデビルの効果を「おおよそ」残しているなら、火魔法は使えるはずだ。
龍光に匹敵する、あるいはそれ以上の何かがあるのかもしれない。
試すのが楽しみだった。
とりあえず、ここでの強化は全て終わった。
俺はネックレスを首にかけ、騎士団の指輪と守護者の腕輪を装備し直す。
ヒヨリも交えて残りの生菓子を食べ、抹茶を分け合った。
ヒヨリは練り切りの形を興味深そうに眺めてから丸ごと口に放り込み、目を丸くしていた。
トリノは静かに抹茶を啜り、こくりと一つ頷いた。
俺は二人に礼を言い、桜が舞い散るダンジョンを後にした。
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